第58話 初めての岩石魔獣

 まるでピラミッドかアンコールワットのような綺麗な升目を描いた石畳の上を踏む度に、コツコツと美しい足音がダンジョンの通路に響き渡る。尤も石畳を踏んでいるのはヤクトの足であり、私は何時も通りアクリルを乗せながらバブルホイールで進んでいるのだが。因みにダンジョン内という事もあって速度は徐行程度だ。

 それにしてもダンジョンとやらは不思議なものだ。等間隔で設けられたトーチが通路を照らしてくれるおかげで暗闇に困る心配も無いし、かと言ってソレの傍を通っても大して熱さを感じない。流石は異世界ダンジョン。前世の常識が全く通用しませんな。

 そんな風に考えながら石に囲まれた通路を進んでいると、何処からともなく魔獣達が現れた。ゴブリンぐらいの低い背丈で、手には石斧、顔には粗削りした岩のお面を被っている。


『鑑定!』


【種族】ガンメン

【レベル】8

【体力】650

【攻撃力】120

【防御力】150

【速度】115

【魔力】100

【スキル】応援

【攻撃技】石斧攻撃

【魔法】岩魔法


【ガンメン:岩石のお面を被ったゴブリン。下級の岩石系魔獣に属する。山岳地帯や洞窟等を生息地としており、常に数匹ほど纏まりながら集団で行動している。これは個々の戦闘力の低さを補う為の手段だと思われる】


 ほうほう、ガンメンと言う名前なのか。ステータス上の能力値を見ると、少し強い人間と然程変わらない数値であり、魔獣の中では確かに貧弱な方だ。だが、その弱さを補う為に集団行動を主としているので油断は出来ない。それにスキルの応援が気になる。頑張れーとか声援を送るのだろうか?

 さて、どうしましょうかとヤクトの方を見れば、彼は少しだけ苦笑いを浮かべながら自身の顎を指先で摩っていた。


「うーん、どないすっかなぁ」

「どうしたの? ヤー兄?」

「ガンメンは然程怖いモンスターやあらへん。無視しても構わん部類に入るんやけど……だからと言って、この状況やと無視して進む事も出来へん」

『ですね。行く手を阻んでますし』

「じゃあ、たおせばいいんじゃないの?」

「言うのは簡単やけど、事はそう単純やあらへん。俺っちの武器は使える回数が限られてるねん。せやから、少しでも戦闘を避けて弾数を節約したいのが本音なんや」


 ああ、確かにヤクトの武器は他の人達が使う剣やハンマーではなく、この世界では珍しい――魔力を原動力とした――銃火器だ。このダンジョンが何処まで続くのか分からない以上、無駄に弾薬を使う真似は極力避けたいと思うのは当然の事だ。と、そこまで話を聞いていたアクリルが「閃いた!」と言わんばかりの明るい声で提案した。


「だったら、まほうを使えば良いんだよ! こう手を出して火をブワァー!って出したり!」

「それが出来へんねん」

「『えっ?』」

「俺っち、実は先天性の魔力窮乏症と呼ばれる特異体質の持ち主でなぁ。分かり易く言うたら……人間ならば誰しもが宿る魔力が、俺っちにはあらへんねん」

「『えぇー!?』」


 こ、ここに来て突然の重大カミングアウトきたー!! この世界で生き抜くのに必要な魔力が使えない……いや、元々存在すらしていないって物凄い死活問題ではありませんか!? 


『……いや、ちょっと待って下さい。それじゃどうやってヤクトさんは銃を……その武器を動かしているんですか!? アレも魔力を使っている撃ち出してるじゃないですか!?』

「ヤー兄、ガーシェルちゃんが武器はどうやってうごかしているんですかって聞いてるよ?」

「ああ、これは魔石の魔力を利用しとるんや。俺っちに魔力がアレば必要あらへんのやけど、魔力そのものが無い俺っちにとってはコレが魔力代わりなんや」


 な、成る程。どうりでヤクトから預けられた荷物の多くに魔石が含まれていた筈だ。そんな衝撃の事実にドギマギが抜けないが、一応納得したところで現実に向き直るとしよう。

 目の前にはガンメンが3体。複数居るがレベルも能力も私よりも遥かに下だ。ならば、私だけでも頑張れば倒し切れるかもしれない。


『アクリルさん、私の上から降りてヤクトさんの傍に居て下さい。私が彼等を倒して道を作りますので』

「うん、分かった!」


 アクリルは私の言葉を素直に聞き、貝殻の上から降りるとヤクトの方へと駆け寄った。ヤクトも私の意図を理解し、万が一の事態が起こってもアクリルを守るべく銃を片手に握り締めた。それを確認したところで私はガンメン達と対峙し、そして先手必勝の攻撃を繰り出した。


『水魔法ウォーターカッター!』


 私の前に小振りの水球が三つ出現し、それらが丸鋸へと変化してガンメン達に襲い掛かる。

 一発目は右端に居たガンメンの胴体を真っ二つに切断し、二発目は石斧を振り下ろした真ん中のガンメンを石斧ごと切り裂かれた。そして最後の一発は左端のガンメンに向かったが、此方は咄嗟に身体を横へ投げ出して攻撃を躱そうと試みた。だが、完全に躱し切る事が出来なかったのか、左脇が微かに裂けて鮮血が噴出した。


「ギィィィ!!」


 攻撃を躱し切れなかったガンメンは痛々しい悲鳴を上げ、血を撒き散らしながらゴロゴロと激痛に悶え打つように転がり回った。このまま苦しませるのは可哀想だ。今すぐに楽にさせてやろうと考え、麻痺針を貝殻の隙間から覗かせようとした時だった。


「ギ……ギイイイイイイイイ!!!」


 負傷したガンメンが突然甲高い声を上げ、それが反響し合ってダンジョン中に響き渡る。悲鳴? 雄叫び? いや、これは……呼んでいるのか?


『もしかして……あの応援ってスキルは……』

「「「「イギイイイイイイイイ!!!」」」」


 ガンメンが持っていたスキルの正体に気付いた時、複数のガンメン達の雄叫びがダンジョンの奥からやって来た。目線を其方に飛ばせば、新たに5匹のガンメンが武器を片手に猛然と突進してくるではないか。


『やっぱり! あのスキルは仲間を呼ぶ意味での応援だったのか!!』


 これ以上仲間を呼ばれては厄介だと判断し、傷付いたガンメンに麻痺針を突き刺してサクッとトドメを刺すと、五匹のガンメン達と向かい合った。

 先程みたいに一体ずつ潰していたら、また最後に生き残ったガンメンが応援を呼ぶかもしれない。ならば、応援スキルを発動させる隙を与えないのが肝要だ。そう考えた上で私が選んだ技はコレだった。


『ウォーターマシンガン!!』


 二本の触手を貝殻の隙間から覗かせ、その先端から水の弾丸をバラ撒く。無数の弾丸はガンメン達の身体を瞬く間にハチの巣に変え、結局一匹たりとも応援を呼ぶどころか断末魔を上げる事も出来ずに息絶えた。

 こうして戦いを終えて、次は私にとって御楽しみな捕食ターイム! ここ数日はガダン村から頂いた野菜や、時々道端で出会った弱小魔獣などを捕食していたのでイマイチ胃袋が満たされない日々が続きましたので、このダンジョンで鱈腹食ってやるんだ!


 ……という訳で、イタダキマス。


 バクンッ バクンッ バクンッ


 そう言えば岩石魔獣を喰うのは初めてだな。今回はゴブリン寄りで血肉もあったから平然と食せたが、今後もっと岩々しい魔獣が登場したら食べれるのだろうか?


「ガーシェルちゃん、おつかれー」

『はい、お待たせし―――って、何してるのですか?』


 アクリルの言葉に釣られて振り返り、私は思わず疑問の声を漏らしてしまう。但し、その疑問の矛先は彼女に向けたものではなく、一緒に居るヤクトに向けたものだ。当初は銃を構えていた彼は、今や武器ではなくペンとノートを持って何かをバリバリと書き込んでいた。

「ヤー兄、ガーシェルちゃんが何してるんだーってさ」

「ん? ああ、今の戦いでインスピレーションが齎されそうな気がしたからメモしとるんや」

「『インスピレーション?』」


「せや、幾ら発明家のスキルを有しているからって、それだけで武器を作れる訳やあらへん。発想力が必要や。今のガーシェルの水の弾丸を無数に打ったり、丸鋸を飛ばしたりする技で新しい武器の発想が閃いたわ。おおきにな」


 そ、それはどうも……。ってか、発明家のスキルなんて持っていたのか? そういえばヤクトのステータスを確認してなかったから、これを機にちょこっと見てみようっと。


【名前】ヤクト

【種族】人間

【レベル】22

【体力】2500

【攻撃力】500(武器次第では+3000)

【防御力】180(衣服補正+30)

【速度】180

【魔力】0

【スキル】天才発明家・狙撃スナイプ・魔具作製・鍛冶職人・熟練の魔具使い

【攻撃技】銃火器

【魔法】無し


 ………武器補正が入っているとは言え、攻撃力が私の倍以上もあるじゃないですかー。これは魔獣の私もちょっぴりショックですわー。でも、これのおかげでヤクトに歯向かわない方が良いと学んだ私であった。

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