第四章 バートン山岳編
第52話 鉱山町ドルク
ガダン村を後にしてから早四日が過ぎ、現時点で問題らしい問題は起こっていない。強いて言えば田舎道を突っ走る
農民ならば皿のように丸くした目を向けられる程度で済むが、偶々通り掛かった護衛付きの商隊に出くわした時なんか危うく武器を突き付けられそうになった。幸い、貝殻の上に乗っている二人を見て従魔だと判断してくれたので誤解は解けたが。もし一匹だけで旅をしていたら、絶対に狩られてましたな。
あと他にもナイフや斧を手にした如何にも下衆そうな人間数名が前に立ちはだかっていたけど、こちらも急いでいたので無視して直進しました。
その際にドンッとかゴンッとか何かがぶつかったような気がしましたけど、気にしません。第一向こうが進路妨害してきたのですから、私に責任はありません。因みに、その時の光景は子供に悪影響を与えると思ったのか、ヤクトがアクリルの両眼に手を被せて隠してくれていました。グッジョブです。
「だんだん岩だらけになってきたねー」
「せやな、岩が多くなってきたってことは麓の街まで残り僅かっちゅー証拠や。この調子だと一日早く着きそうやな」
森を抜けた時には見渡す限りの草原が広がっていたが、旅を始めてから三日を過ぎた頃には草原はおろか植物の類は激減し、今ではペンペン草も生えないような荒地が広がり、植物の代わりに大小の無骨な岩石がゴロゴロと転がっているだけだ。
また道と呼べる物も何時しか無くなっており、現在は舗装されていない剥き出しの地面を走っている。だが、地面が乾燥しているせいで大量の粉塵が車輪に巻き上げられ、通り過ぎた後には煙幕のような朦々とした砂埃が残ってしまう。まるで某世紀末覇者伝説に登場するチンピラバイクだ。
しかし、ヤクトが言う様に、この風景こそが麓の村に近付いている証拠らしい。既に遠目からではあるが天高く聳える立派な山岳――バートン山岳を肉眼に捉えており、その山岳の麓に街があるのだから近いのは間違いないだろう。となれば、この悪路の旅路も一段落するだろう。
それから数時間かけて昼頃に差し掛かった時、漸く私達は麓にある鉱山町ドルクに到着した。薄灰色の玄武岩から削り取られた岩煉瓦で出来た塀が町をグルリと取り囲み、外敵の侵入を堅く阻んでいる。まるで古代の要塞か、中世の古城の防壁を彷彿させる。
唯一の正面門を潜って街に入ると、町を囲っていたのと同じ岩石で建築された長屋造りの居住区が道を挟む格好で連なっていた。外壁の塀が町中にまで続いているのかと勘違いしてしまいそうな程に長屋は巨大且つ長大だが、よくよく見るとちゃんと岩壁には窓や扉が設けられており、頭上を見上げると洗濯物を干す為の紐が建物同士を繋いでいる。
この町の石工技術の高さを物語るのと同時に、ちょっとした異世界の歴史を触れているかのようで胸をドキドキさせていたら、アクリルが何かに気付いたらしく「うーん?」と不思議そうに小首を傾げた。
『どうしました、アクリルさん?』
「なんか、ここの町……あんまり人が居ないねー」
そう言われて町並みではなく、そこに住む人々に着眼すると確かに規模の割には人通りを歩く人間の数は少ない。そして浮浪者のように希望も無く、今日生きていく事だけに一生懸命な思い詰めた顔をしている。
何故かと思っている私達の疑問に、ヤクトがあっさりと答えを齎してくれた。
「この町は鉱山町と呼ばれとるけど、肝心の鉱山業でぶいぶい言わせとったんは随分昔の話や。今は鉱山で働く人間は居らへん」
「どうしてー?」
「今から百年程前にバートン鉱山でドデカい地震が連発で発生してな、町は大損害を被り、おまけに当時の生業の元である鉱山も地形そのものもが大きく変わってしまったんや。中には丸々一つの山が地中に沈んだっちゅー突拍子もない噂もあるほどや。因みに、この町を覆ってた外壁や独特な町の構造は、そん時に受けた被害を教訓にして作られたもんや」
語り続けていた言葉をそこで一旦切り、ふう…と溜息を吐いて一息付いてから再びヤクトは語り始めた。
「せやけど、皮肉にも地震から立ち直った矢先に今度は鉱山から鉱物資源が取れへんようになってしもうたんや。当時の町民は彼是と奔走したようやけど、結局50年程前にバートン鉱山は閉鎖。その後、バートン山岳と名前を変えて観光地にしようと尽力したものの、結局そっち方面の事業も上手くいかへんかった。
こうして生業と魅力を失った町から大量の人口が流出していき、今じゃ町そのものがゴーストタウンの危機を迎えとるっちゅー訳や」
「へー、そうなんだー。……そう言えばヤー兄が言っていた“ぶいぶい”ってどういう意味なの?」
「あんだけの長い説明の中からチョイスした疑問がそこかいな……」
アクリルの質問にヤクト共々ガクリと(内心で)ズッコケながらも、私は町の中央に向かって進んで行った。行き交う人々の好奇な目線がちらほらと向けられるものの、それも直ぐに我関せずと言わんばかりに興味を失せて、現実へ向き合うように前へ向いてしまう。
その視線の大半が老い先の短そうな老人や、行き場を無くした浮浪者が占めており、どうやらヤクトが言っていた以上に町の過疎化は深刻のようだ。
やがて町の中間に差し掛かると、これまでの長屋式ではなく独立したビルのような縦長の建造物が目に入った。ここが町の市役所的存在だろうかと思っていたら、ヤクトが貝殻をポンポンと叩いて制止を求めた。
「ガーシェル、ストップ。ここでストップや」
ヤクトの求めに応じて車輪を止めると、彼は貝殻の上から飛び降りて私達の方ヘと振り返る。
「ほな、俺っちはコレから山岳を乗り越える為の許可を貰いに行ってくるわ」
「勝手にお山を登っちゃダメなの?」
「ああ、バートン山岳を超える為には許可証……と言うよりも通行料を払わにゃいかんのや。それに向こうの山にも魔獣が居ないとは限らへんからな。万が一に遭難した場合に備えて、必要な書類も揃えないあかんのや」
「ふーん、何だか大変だね」
「せやな。金も掛かるし面倒やけど、ちゃんとした手続きを踏んだ方が山へはスムーズに入れるからな。金を惜しんで無理に山岳へ忍び込んだ挙句、命を落とした輩も居るらしいからのう」
成程、確かに登山での遭難は怖い。私が居た前世でも準備不足や登山届の不備によって命を落とした人間は数多い。そしてヤクトはビルへ向かおうと振り向き掛けて、何かを思い出して中途半端な所で動きを止めた。
「せや、俺っちが手続きしとる間にガーシェルは水浴びしとき。あそこに井戸があるさかい」
ピッと指差す先を見遣れば、道を挟んでビルと向かい合う場所にはビルと同じ面積の空き地があり、そこに複数の滑車が備わった大き目の井戸が設けられていた。
そのすぐ脇にはデッキブラシみたいなものが立て掛けられており、恐らく馬車を始めとする使役動物や、私みたいな従魔契約を結んだ魔獣の身体を洗う為の道具なのだろう。
「ほな、またあとで」
「はーい!」
建物に入るヤクトを見送くると、早速私達は向かい側の井戸へと移動した。既に井戸の傍に居た商人達はギョッと目を丸くするも、私が幼女を乗せている姿を見て従魔だと認識したのか直ぐにホッと胸を撫で下ろしていた。それでも陸地に海産魔獣が居るのが珍しいのか、中々野次馬の視線は剥がれなかったが。
「じゃあ、アクリルが水をくみあげるねー」
『いやいや、アクリルさんの力じゃ無理ですって。第一に井戸の桶に手が届いていないじゃないですか』
石造りの井戸の縁に置かれたつるべ(縄の先に付けた桶)を手に取ろうとするも、大人が使う事を前提に設計されたらしくアクリルが必死に背伸びをしても届くどころか指先に掠りもしない。負けじとピョンピョンと跳ねて掴もうとするが、やはり届かない。
いっそのこと私がやれば早いのだが、必死に頑張る子供の自尊心をなるべく傷付けたくない。そこで私はアクリルのお腹に触手を回し、井戸の届く距離にまで彼女を軽く持ち上げるという方法で上手く折り合いを付けた。
漸く桶を手に取る事が叶ったアクリルはソレを井戸の中へポイッと投げ入れたところで、えへへと嬉しそうな笑顔を振り向けた。
「ありがとー! ガーシェルちゃん!」
『どういたしまして。ところでアクリルさん、私が井戸の水を汲み上げますので、アクリルさんは私の身体を洗って頂けますか? あそこのブラシで』
「分かったー!」
ここで肝心なのは何でもかんでも自分でやってしまわない事だ。後々自立の道を歩ませるのなら、少しでもお手伝いなりお願いなりして経験を積ませるのが大事だ……と前世の祖母が言っていたので、私もそれに倣う事にした。
地面に下りたアクリルが私を洗うブラシやバケツを準備しに向かっている間に、私はアクリルが放り投げた桶を井戸から引き上げた。滑車があるとは言え人間の肉体にとって重労働の筈なのだが、魔物の身体だと然程苦ではない。これもレベルアップに伴い強化されたおかげだろうか?
やがて水がたっぷしと入った桶が井戸から覗くと、ソレを触手で引き寄せて頭からザバリと被った。見た目とは裏腹に埃に塗れていたのか、被った水が貝殻の丸みに沿って流れ落ちるに連れて砂を吸着し、薄茶色の泥水へと変化していく。
『はぁー、生き返るぅー』
まるで湯船に浸かったオヤジのような口振りだが、現に気持ち良いのだ。貝殻越しでも水の冷たさを感じ、身体と心が歓喜に震えている。やっぱり自分は異世界の海産物なんだなぁ……とつくづく実感してしまう。
その後はアクリルと一緒に身体を隅々まで洗いましたよ。おかげでさっぱりしました。いやー、清潔感を保つって大事だね!……なんてしみじみと実感していたら、不意に人影が私とアクリルの間に滑り込んだ。
ヤクトが戻って来たのだろうかと振り返ると、某RPG
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