トリプルマジックストリート 第一部
霜月二十三
前編
序章 『彼』と新聖女と元聖女
第1話 聖女交代式
聖女、それはここモンス島に住む全ての人々の母であり娘であり姉妹である。
桜の花が咲き乱れる今日は十五年に一度の聖女交代式の日。
この日までに十五才の誕生日を迎えた新しい聖女を見に、誰もが集会所へ向かう。
喪服を着た彼もまた、その中の一人であった。
新しい聖女が生まれるという祝い事の日にも関わらず喪服を着ているのは彼だけではない。
彼らにとって、新しい聖女が生まれるということは前の聖女が死ぬのと同じである。
聖女が聖女でなくなれば、その聖女はただの女になり、全ての人々の聖女でなくなる。
前の聖女を慕ってきた彼らは、先代聖女の聖女としての死を偲んで喪服を着るのである。
もっとも、ほとんどの人々は祝い事にふさわしい平服で集会所へ向かっているのだが。
彼をはじめとした人々が向かう集会所は尖った屋根の白く横に大きな建物だ。
入り口のそばに「聖女交代式」と整った字で書かれた白い看板がたてられている。
大きく開放された両開きの木製の扉を通って集会所へ入る。
彼は左右十列に別れた長椅子のうち、左側の前から四番目の通路寄りに座る。
彼は成人男性ながら小柄なため後ろの方に座ると聖女の姿が見づらくなる。
彼自身、できることなら一番前に座りたいのだが、あいにく、一番前から三番目までは設営スタッフをはじめとした関係者席らしい。
少し遠くの舞台のそばで何かの紙の束を持った短い銀髪に橙色の瞳で黒い上縁眼鏡の少年と、肩にかかる長さの茶髪で緑色の瞳をした少女がなにやら話し込んでいる。
銀髪の少年をプリストラ・ストノスト、茶髪の少女をトロイノイ・ロクエという。
学校の制服とみられる紺色のブレザーを着た二人の左腕には「STAFF」と書かれた腕章がつけられている。また、プリストラの左手首には黒い王冠があしらわれた腕輪がある。
喪服の彼は自分が見えているかは分からないがプリストラたちに微笑みかけてみた。この遠距離のせいで自分が見えなかったのか二人とも微笑み返してくれない。
彼は静かにため息をつき、視線を戻した。
数分後、舞台に一番近い席や、舞台から二番目に近い席に、関係者が続々と座ってくる。
プリストラとトロイノイ、それと短い金髪で
金髪の美青年はウリッツァ、束ねられた銀髪の青年はマギヤと呼ばれている。
二人の青年らもプリストラと同じ制服を着ている。
ウリッツァが喪服の彼の前に座ろうとしたところトロイノイに声をかけられた。
「ちょっとウリッツァ、あんたはあたしたちの中で一番背が高いんだからあたしと代わりなさい!
後ろの人にヴィー……聖女様が見えないでしょ」
ウリッツァは喪服の彼にどうもすみません、と謝った。
喪服の彼は大丈夫ですよ、と優しく微笑んだ。
オルガンの音が響きだした。交代式が始まる。
まず向かって右から付き人の女性に連れられて現れたのは先代聖女マナだ。
生まれながら常人を大きく凌駕する
聖女の証たる純白のレースで作られたヴェールから深緑色の短い髪とガラス玉のように透き通った金色の瞳が、のぞく。
普段は死期を見てしまうから、という理由で隠しがちな右目も、この日はさらけ出されていた。
マナが舞台の中央にある椅子に座る。
付き人は一歩退き、マナの椅子の、観客から見て左側に立つ。
次に観客から見て左の方から現れたのは白いワンピースがよく似合う、
背中にかかる長さで桜色のウェーブがかった髪と、髪とお揃いの色の瞳と唇を持つ麗しの乙女、ヴィーシニャである。
ヴィーシニャがマナの前に跪くと、マナが立ち上がりヴィーシニャにヴェールをかぶせ、ヴィーシニャの手をとり、立ち上がらせる。
ヴィーシニャがまばたきもせずにマナの手を離さないでいると、付き人に声をかけられた。
ヴィーシニャが急いで観客に向き直ると一斉に拍手がわきあがった。
特に喪服の彼の前に座っていた四人は涙を流しながら拍手していた。
儀式が終わり、観客達が家に帰っていく。ふと喪服の彼が集会所に振り返った。
集会所の扉はきっちりと閉められていた。
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