ゴルトシティ・アップルズにまつわる短編集
真屋るみ
独自の視点
私の名前は、ウィリアム・スワンソン。大リーガーとして20年のキャリアを持っている。アップルズの、いや大リーグの誰よりもプレーについて言いたいことを持っているつもりだ。だから久しぶりの取材は嬉しかった。私の体面に座った黒縁眼鏡の男からはスポーツ記者らしからぬ知性を感じさせた。渡された名刺には見慣れない雑誌名が書かれていた。
「今度創刊する独自の視点でスポーツを読み解く雑誌です」
彼はスマートフォンの録音アプリをオンにすると取材を始めた。
「早速本題に入らせてもらいますが、敬遠省略についてどう思いますか」
やはりその質問かと思った。今季から監督がベンチから指示を出せば投手が4球投げずに打者に四球を出来るルールが大リーグに導入された。アップルズの属する東地区では、そのルールで初めて出塁したのが私だった。
「ドラマが減ってしまうからね。捕手としてはあっけなくて寂しい感じがするよ。でも試合時間短縮はリーグにとって至上命題だ。そのためには仕方ないのかもね」
私は自分が思った通りのことを素直に話した。黒縁眼鏡はあまり関心がなさそうだった。
「では”チャレンジ”はどう考えていますか」
続いて数年前に導入されたビデオ判定のシステムについてだった。
「反対する選手の気持ちはわかるけど、僕は何回かチャレンジに救われたから賛成派かな。去年の地区プレーオフだってそうだったじゃないか」
リーグ優勝決定戦進出を掛けた試合の7回、2塁に突っ込んできた走者が塁に触れていないことをビデオが証明した。相手の好機を摘み、流れをつかんだアップルズは裏に逆転し、大一番を制した。アップルズの一員として忘れがたいシーンの一つになったが、黒縁眼鏡は「なんのことです」という顔をしている。仕方なく「レデスマのヘッドスライディングがあっただろ」と入念に説明したが、特にリアクションも無く機械的に質問を続けてくる。
「レデスマといえばクオリファイングオファーを提示されましたが、どう思いましたか」
今度は契約ルールについての話だった。数字のことは苦手なので適当に答える。
「選手に選択肢が増えるのはいいことじゃないのかな」
「レデスマのようにルール5ドラフト出身の活躍は喜ばしいことでしょうか」
「まあね」
「ナショナルリーグのDH導入についてはいかがお考えですか」
「興味ない」
「産休リストについては」
私の名前は、ウィリアム・スワンソン。大リーガーとして20年のキャリアを持っている。少なくともルールや契約事項の話をするために続けているわけではない。
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