桃原彩華のダイアリー
あいねずみ
第一章 桃原家の日々
第1話 『ぶりっ子に転生しました』
五歳の誕生日を迎えた先月、ついに
ちなみになぜ名前を間違えたかっていうと気づく前まで私は自分のことを桃華って呼んでいたから。 理由は簡単。自分の下の名前、彩華っていうのが気に入らなかったから、可愛い桃と下の名前の面影を持たそうとして彩華の華をとって桃華と自分で自分の名前を決めていたから。
思い出すたびに頬が火照るほど恥ずかしい。 周囲の大人たちはみな「桃華ね、」と自分が切り出すたびになんともいえない表情をしていたのを思い出すと自分で穴を掘って埋まってしまいたくなる。
話し方もぶりっ子かよ、と突っ込みたくなるほどのもので「です」をいちいち語尾につけてちょっと声を加工して……あーっ! 自分の黒歴史を掘り返すのがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。
というような生活をおくっていた私が何に気づいたのかといえば、それはズバリ、前世の記憶というやつだ。 前世で私は結構、裕福な家庭だった。 しかし、そこに病弱という設定が加わってしまい学校には通いたくても通えずに病院と家を行き来する生活を送っていた。
正直、毎日つらい時間が多かった。 ひどいときには手術もしたりしてその度に一人でよく泣いていた。 どうして自分は他の子たちと同じように学校に行けないのか、と駄々をこねて両親を困らせたものだ。
「今になってみればまだあの頃の方がマシだったかも……」
私は腕を組んではあ、と大きく溜め息を吐いた。
回想に浸っている私を見て弟の
「可愛いねぇ、風華はぁ」
にやにやしながら風華に手を伸ばす。 しかし、風華は小さな手を「あう」と動かして私の手を払いのけた。
え? うちの子もう反抗期なの? この年で?
呆然とする私を置き去りに風華はとことこと頼りない足取りでお気に入りのぬいぐるみへむかって歩いて行った。
見えない涙をハンカチで拭き、一旦気を取り直す。
なぜ私が前世の記憶を思い出して前世の頃を羨ましいと思っているのか。それはこの世界を私は前世で見たことがあるからだ。
『ラブデイズ』という大人気の少女漫画。ストーリーは複数あって、第一弾が大人気だったこともあり、サブキャラを主人公にした物語を含めて『デイズシリーズ』と呼ばれていた。
第一弾は人気がありすぎてアニメ映画化までされている王道の少女漫画だ。 私は前世の世界でその漫画に夢中だった。
全巻購入してボイスアフレコ特典がついた初回限定版の映画ビデオも当然、買った。 そしていよいよ人気俳優たちを使って実写映画化される……という話が出てきたはずなのだが。 そこからプツリと記憶が途切れていて上手く思い出すことができないのだ。
おそらく、その時点で私は死んでしまったのではないかと推測される。
私の余命は十七歳まで生きられるかどうかだったから正直、納得することができる部分もあるのだ。 または交通事故にあって植物状態……よりは病死の方が可能性は高いと思う。 そして前世の記憶をもったまま二度目の人生をおくっております。(ニコリ)
で、なんで漫画の世界にいるんですかね? 私は。
そこが一番、不思議なのだ。自分の描いた理想の世界だから妄想のしすぎで幻覚を見ているというにしては感覚もリアルだ。それに……!!
生まれ変わるとするなら私は『桃原彩華』になんて転生しないわ!
『桃原彩華』 自称・桃香は『ラブデイズ』の登場人物だ。 しかも、大の男好きで第一弾の主人公に嫌がらせをしまくる最低なキャラクター。 悪役中の悪役。良点なんて一つもない。 他の物語でも、恋を邪魔するキャラクターとして多いに活躍している。
最悪最低の悪役ぶりっ子が桃華なのだ。
作者は桃華について雑誌のインタビューにこう答えている。
「桃華は本当に使いやすいキャラクターで主人公たちの恋路を阻んで盛り上げてくれる悪役キャラでした。正直、邪気がなさすぎる主人公より性格悪い自分みたいな桃華の方が書きやすいです(笑)」
作者からもこの言われよう。 『ラブデイズ』キャラクター投選挙では最下位を飾るほどに嫌われた少女なのだ。
そんな少女になぜ私が転生しているんだと、訴えたいんですよ私は!
「あー、もうっ!」
頭を冷やそうと私は洗面所にむかった。
冷たい水で頬を思いっきり叩きもとい撫でているとだいぶ冷静になれた。
ついでにちらりと鏡を見て、唯一の取柄ともいえる愛らしい姿をじっと睨みつける。 桃華は性格は最悪なのに容姿だけは何故か可愛い。
肩口で切り揃えられた茶髪に藍色帯びた色の大きな瞳。
茶髪は染めたわけではなく地毛だ。
髪はしばるのもめんどくさいので降ろしていることが多い。
でも、いくら容姿がいいからといって性格が悪ければ付き合う相手がいるはずもなく。 第一に桃華本人が男飽きしやすい性格で、どうしようもないほど目移りしやすいのだから。
とうとう最後には桃華を溺愛していた兄からも見放され、独りきりになってしまう。
そんなの絶対嫌だ! せっかく生まれ変わったのに!
悪役悲劇をどうにかして回避してやるっ。
拳を固めて空を仰ぎ私は決意を固めた。
「よっしゃ! やったるでー!」
叫んでから振り返ると背後に唖然とした表情の男の子が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます