綾小路さやかを応援するのよ!

 私は箕輪まどか。高校生の霊能者だ。


 元生徒会長の上田博行達が巻き起こした騒動は一応決着した。


 しかし、上田親子が持っていた闇の仏具は、それを与えた呪術師の内海帯刀が造った物ではなかった。


 内海帯刀は、スーパーお爺ちゃんである名倉英賢様の兄弟子だった男で、驚異的な強さだったそうだ。


 帯刀がいつどこであの闇の仏具を手に入れたのか、それを解明するために、西園寺蘭子お姉さん達は旅に出た。


 実は私も旅に出たかった。何故なら、大方の予想通り、期末テストが悲惨な結果で、我が母が鬼の形相になりそうだからだ。


 私は教室で返された答案用紙をどう処分しようかと悩んでいた。


「自業自得でしょ」


 霊感親友の綾小路さやかは冷たかった。せっかく、片思いの相手である大久保健君との仲を取り持とうと思ったのに、考え直す必要があるようだ。


「別にいいよ。どうせ大久保君は、元生徒会副会長の高橋知子さんに夢中なんでしょ?」


 さやかはムッとした顔で私を見た。私は思わずガッツポーズをした。


「何よ?」


 更にさやかは不機嫌な顔になった。私はニヤリとし、


「知らないんだ、さやか。実はね、大久保君、高橋さんに告白して、はっきり断わられたそうよ」


「え?」


 さやかは人の不幸を聞き、凄く嬉しそうな顔をした。


「その表現、悪意を感じるんだけど?」


 さやかは半目で私を見ている。


「悪かったわよ。人の心の声を聞くのが得意なさやかが知らないなんてびっくりだなあと思ったのよ」


 私が言うと、さやかは、


「大久保君の声は意識的に聞かないようにしてたのよ。誰かさんと違って、大きな声じゃなかったし」


 私は苦笑いした。そして、


「そういう事だから、チャンスだよ、さやか」


「でも、いいよ」


 さやかは寂しそうな顔をして言う。私は首を傾げて、


「何でよ? 大久保君の心には今誰もいないんだよ」


「そんな隙を突くような事はしたくないから」


 さやかは似合わない事を言った。隙を突くのが得意だと思ったんだけど。


「違うわよ!」


 また私の心の声を聞き、さやかはムッとした。


「ねえ、ちょっといいかな、さやかさん」


 そこへ気功少女の柳原まりさんが来た。


「何、まりさん?」


 さやかは私には決して見せてくれない愛想笑いをして応じた。


「あんたね、いちいちチャチャ入れないでよ!」


 さやかは私に突っ込みを入れてから、まりさんを見た。まりさんは私とさやかの漫才を気にする事なく、


「実はさ、大久保君の事なんだけど」


「え?」


 思ってもいない人から大久保君の名前を聞き、さやかはドキッとしたようだ。


 超絶的な美少女のまりさんが相手では、勝ち目がないからだ。


「ううう……」


 さやかは項垂れてしまった。ちょっと洒落にならなかったかな? さすがにまりさんも苦笑いをして、


「えっとね、大久保君、さやかさんの事が気になっているみたいなの。さやかさんて、今はお付き合いしている人、いるの?」


 意外な展開に私とさやかは顔を見合わせてしまった。


 大久保君が、さやかを気にしているとは……。世も末だ。


「ちょっと!」


 さやかは私に詰め寄って来た。


「ごめんごめん」


 慌てて謝る。言い過ぎたよね、確かに。


「い、いないよ。牧野君とは綺麗に別れたから」


 さやかは隠し切れない喜びを顔に滲ませて言った。


「そうなんだ。だったら、大久保君と話をしてくれる?」


 まりさんは離れたところでこちらを見ている大久保君を見てから言った。


「いいよ」


 さやかは顔を赤らめて応じた。まりさんはニコッとして、


「良かった。断わられたらどうしようかと思ってたの。じゃあ、大久保君に伝えて来るね」


 まりさんは嬉しそうに大久保君に近づいていく。それを見たバカ男子達が大久保君を嫉妬の目で見る。


 違うのよ、全く! あ、ふと気づいたら、親友の近藤明菜の彼である美輪幸治君まで敵意に満ちた目で大久保君を見ているわ。


「美輪君、どうしたのかな?」


 私は惚けて美輪君の背後に立った。美輪君はビクッとして、


「まどかちゃん、力丸ミートのコロッケ奢るから、アッキーナには内緒にして!」


 土下座をして頼まれた。私はすっかりコロッケ好きな美少女に確定しているようだ。


 え? 美少女は余計ですって? うるさいわね! いいでしょ、言うだけだったら!


 まりさんが大久保君に話している。大久保君は目を見開いてさやかを見た。


 さやかは恥ずかしいのか、俯いてしまった。


 こんなに乙女なさやかは見た事がない。応援するよ、本当に。


「綾小路さん」


 大久保君がさやかに近づきながら言った。すると今度は僅かながら存在するさやかの事が好きな男子達が色めき立った。


 さやかは私を恨めしそうに見てから、大久保君に視線を移した。


「はい」


「お昼を一緒に食べない? いい場所があるんだ」


 大久保君も顔を赤くして俯き加減に言った。


「はい」


 さやかは小さく頷いた。


 思わず口笛を吹きたくなったが、できないのでやめた。


「おうおう、大久保、やるじゃん」


 美輪君が冷やかした。大久保君は真っ赤になって、


「やめてよ、美輪君」


 恥ずかしそうに笑った。私はさやかに近づいて、


「おめでとう、さやか。応援するからね」


「ありがとう、まどか」


 さやかの目は少しだけ潤んでいたが、可哀想だから、からかうのはやめた。


「あんたね!」


 そう言いながらも、さやかは嬉しそうだ。


 大久保君には、さやかの事は「サーヤ」と呼ぶように進言しよう。


「やめてよね!」


 さやかは全力で拒否した。まあ、仕方ないか。そのうちに呼ばせよう。


 その日はさやかと大久保君の事で持ち切りになり、クラスは放課後まで盛り上がった。


 


 そして、家に帰ると、


「まどか、テストの結果は?」


 目が笑っていない母が玄関で仁王立ちで待っていた。


 どうして知ってるのよ、と思ったら、


「力丸さんが教えてくれたのよ! 卓司君がテストの答案用紙をコロッケの中に隠していたって」


 ああ、何て事だ。コロッケに足をすくわれるなんて……。


 その日は三時間程、お説教をされたまどかだった。

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