日光東照宮の戦いなのよ!

 私は箕輪まどか。高校生の霊能者だ。


 現在の宿敵である上田親子が遂に動き出した。


 上田博行とその母親である上田桂子は日光に現れた。


 そこには、私が尊敬する西園寺蘭子さんの親友である八木麗華さんのご両親が行っている。


 心霊医師の矢部隆史さんと心霊研究の第一人者である岡本綾乃教授だ。


 麗華さんてば、実はすごいサラブレッドだったのね、と思うまどかである。


 ところで、サラブレッドって、どういう事?




 矢部さんと岡本教授が、上田親子と戦い始めたらしいのだが、残念な事にこのお話は私の一人称視点で進められているので、お伝えする事ができないのが悔しい。


『大丈夫だよ、まどかお姉ちゃん』


 すると、我が姪である箕輪小町がテレパシーで語りかけて来た。小町はまだ零歳児だが、優れた霊能者なのだ。実際脅威である。


『え? どういう事?』


 私は疑問に思って尋ねた。すると小町は、


『まどかお姉ちゃん達に矢部さんと岡本教授の戦っている映像を送るね』


 メールを転送するよというくらい軽い調子で、小町が告げた。


 何ですと? そんな事ができるの?


「それは凄いですね。是非お願いします」


 どうやら、小町のテレパシーはそこにいたほとんどの人に聞こえたようだ。

 

 私の彼氏の江原耕司君のお父さんである雅功さんが言った。


『了解です。では、送りますね』


 小町の驚異的な力が発動し、私達の脳裡に日光で戦っている矢部さんと岡本教授の姿を見せてくれた。


 まるでカメラを据え付けてあるかのようにやや上方からの映像だ。


 しかも、声もはっきり聞こえた。以下、現場からよ。


 


 矢部さんと岡本教授は、日光の守りの要である東照宮にいた。


 G県警の本部長が栃木県警を通じて付近一体に非常線を張ってもらったので、境内には他に誰もいない。


 上田親子が真言攻撃を繰り出している。


「オンマカキャラヤソワカ」


 博行が大黒天真言を唱えた。


「オンマケイシバラヤソワカ」


 桂子が自在天真言を唱えた。


「はい!」


 岡本教授が光明真言が書かれたお札を投げた。


 上田親子の真言はそれによって全て打ち消された。


 次に矢部さんが何だかわからない背筋が凍りついてしまうような呪文を唱え、黒い塊を飛ばした。


「オンマリシエイソワカ」

 

 博行が浄化真言である摩利支天真言を唱え、それを消そうとする。


「そうはさせない」


 矢部さんが更に呪文を唱え、黒い塊を巨大化させた。それは境内を押し潰さんばかりに膨れ上がった。


 一瞬だが、博行が たじろぎ、桂子を見たように見えた。


 矢部さんの放った黒い塊は上田親子に襲いかかった。


 やった! そこにいた全員がそう思った。しかし、次に信じられない事が起こった。


「オーンマニパドメーフーン」


 桂子が唱えたのは、究極の浄化真言と言われている「六字大明王陀羅尼ろくじだいみょうおうだらに」だった。




「そんな!」


 蘭子お姉さんが目を見開いている。


 神田原明蘭さんも言葉もなくその光景を見ている。


 蘭子お姉さんも明蘭さんもその真言を使えるが、常に使える訳ではない。


 だから、桂子が使えた事にショックを受けているようだ。


「ハッタリや!」


 麗華さんは明らかに動揺しているのがわかるのだが、強がりを言った。




 だが、桂子の六字大明王陀羅尼はハッタリでも虚仮威しでもなかった。


 矢部さんの放った黒い塊はその力を受けて、たちまち消滅してしまったのだ。


「ぐう!」


 そればかりではない。闇の力を使っている矢部さんにもその浄化の力が及んだ。


「隆史!」


 岡本教授がよろけて倒れそうになった矢部さんを支え、後退った。




「おとん!」


 娘の麗華さんが思わず叫ぶ。


 何て事なの? 上田桂子は闇に染まっているから、浄化真言は使えないはず。どうして?


「彼等は闇ではないのですよ。彼等自身はね」


 雅功さんが拳を握りしめて言った。そういう事なのか。




「く!」


 岡本教授は更に攻撃を仕掛けて来る上田親子にお札で抵抗したが、弱っている矢部さんを支えながらでは完全に不利だった。




「おとん、おかん!」


 麗華さんは涙ぐんで叫んだ。だが、こちらの声はお二人には届かない。あれ?


『さすが、まどかお姉ちゃんね。そこに気づいた?』


 小町が語りかけて来た。


「そんな事ができるの?」


 綾小路さやかが目を見張る。私も小町の底知れない力が怖くなる。


『できるよ、さやかお姉ちゃん。攻撃を仕掛けるよ』


 小町の提案に応じ、私とさやかがまず攻撃真言を小町に転送してもらう事になった。


『オンマリシエイソワカ』


 心の中で大黒天真言を唱える。それを小町が中継し、日光にいる上田親子に見舞うのだ。


 これなら効くはずだ。




「うがあ!」


 私とさやかの合体真言が上田親子を奇襲した。二人はどこから攻撃されたのかわからないので、防ぐ事もできなかった。




「よし、もう一度!」


 さやかと目配せし合い、今度は麗華さんも加わって奇襲をかけた。




「くう!」


 ところが、さすがと言うべきか、二人は二撃目を見抜いたらしく、光明真言で打ち消されてしまった。


 もうこの手は通じないという事だ。何て事だ。




「くそ!」


 麗華さんが舌打ちした。その時だった。


 桂子が何かを唱え、矢部さんと岡本教授を縛ってしまったのだ。


「やめてえ!」


 麗華さんが絶叫した。


「しまった!」


 雅功さんが歯軋りした。


「おとん、おかん!」


 麗華さんが道場を飛び出して行った。


「麗華、待って!」


 蘭子お姉さんが追いかけた。


「先生!」


 それを弟子の小松崎瑠希弥さんが追う。


「江原先生、上田親子は私達が押さえます」


 明蘭さんとそのお母さんの明鈴さんが道場を出て行った。


「富士の方も気になりますね。行ってみます」


 江原ッチのお母さんの菜摘さんが靖子ちゃんを伴って出て行った。


 道場に残ったのは、私とさやか、そして江原ッチと雅功さん。


 それから、気功少女の柳原まりさんだ。


『あ、まずいよ、江原先生』


 小町の声が言った。どういう事? そう思った時、日光にいた上田親子の姿が消えた。


「ええ!?」


 次の瞬間、上田親子は道場に姿を現した。桂子と博行はムカつく笑みを口元に浮かべていた。


 一体これは……?


「罠にかかってくれて礼を言うよ、江原雅功」


 桂子が言った。しかし、雅功さんは無言だ。


「言葉もないのか? 哀れだねえ」


 桂子はけたたましい声で笑う。博行は私とさやか、そして江原ッチを見てニヤニヤしている。


 仕掛けさせたつもりが、完全に逆を突かれてしまったようだ。


 人生最大のピンチだと思うまどかだった。

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