高速道路で戦うのは危険なのよ!

 私は箕輪まどか。高校生の霊能者だ。


 実はサヨカ会の残党の家族だった生徒会長の上田博行をあと一歩のところまで追いつめながら、上田の母親である桂子の出現で取り逃がしてしまった。


 そればかりか、帰宅するために乗ったバスが上田親子に操られており、私達G県警霊感課の一同はどこへ行くのかも知れない暴走バスで関越道を南下していた。


「運転手さんを助けなくちゃ!」


 私は彼の江原耕司君と共に運転席に向かおうとしたが、


「そんな事はさせないよ」


 親友の近藤明菜が私を羽交い締めにした。


「江原耕司、お前の可愛い彼女の顔が二目と見られない顔になってもいいのなら、そのまま進みな」


 明菜の口を借りて脅迫して来たのは、桂子だ。何て卑怯な親子なの?


「お前達にはタップリと苦しんでもらってから、地獄に行ってもらう」


 明菜を操っている桂子は、後ろからソッと近づいていた明菜の彼で江原ッチの親友でもある美輪幸治君を睨みつけた。


「く……」


 美輪君も私の首を握り潰そうとしている明菜を見て動けなくなった。


 油断した。こうなる事くらい予測できたはずなのに……、悔しくて涙が出そうだ。


「一体どこまで連れて行ってくれるのさ?」


 江原ッチが皮肉っぽく尋ねた。すると桂子は明菜の顔を使ってニヤリとし、


「我らが聖地。大仙様が殉じられた場所さ」


 私はその言葉にゾッとした。


 大仙とはサヨカ会の創始者で、宗主でもあった鴻池大仙の事だ。


 その大仙は、霊峰富士山のそばにあったサヨカ会の総本山で最後を迎えた。


「お前らを人柱にして、宗主様にお戻り願い、今度こそ日本に理想郷をお築きいただくのだ」


 桂子の言葉は私達の理解を超えていた。何を言っているの、この人は?


 あんな欲に塗れた人間が理想郷を築ける訳がない。


 それに、大仙は地獄の使いであるあの圧倒的な霊威を持った黒い着物の少女に連れて行かれたのだ。


 絶対にこの世に戻れるはずがない。うん? 違う。こいつらはそんな事はできないのを自覚している。


 では、どうするつもりなの?


「さて、話はまた後だ。厄介な連中が近づいているからね」


 桂子は私を解放した。ところが全く力が入らず、私はバスの床にそのまま倒れてしまった。


 それでも、耳は聞こえている。無数のパトカーがこのバスを追いかけているのだ。


 けたたましいサイレンの音が次第に音量を上げて近づいているのがわかった。


「速度超過をしているバスに告げる。直ちに路肩に車両を寄せ、停止しなさい」


 信じられなかったが、我が兄貴の慶一郎の声だった。


 でも、G県警のパトカーが何台束になろうとも、上田親子の暴走を止める事はできない。


 むやみに近づくと、危険なのは兄貴達の方だ。


『その心配は要りませんよ、まどかお姉さん』


 江原ッチの妹さんの靖子ちゃんの声が心に直接語りかけて来た。


『お兄ちゃんも一緒に摩利支天真言を唱えて』


 江原ッチは私を抱き起こして頷いた。私も何とか印を結んだ。


「オンマリシエイソワカ」


 浄化真言の三重奏がバス全体を覆う上田親子の悪意を吹き飛ばした。


「くう……」


 そのお陰で私は起き上がる事ができた。しかし、


「ご苦労様。でもこのバスは止められないよ」


 明菜はまだ操られており、運転手さんも解放されていなかった。


「お前達では相手にならないんだよ、ガキ共が。もっと強い奴を呼びな」


 明菜の顔を使って憎たらしい言葉を吐く桂子。美輪君は血が出るのではないかと思うくらい強く拳を握っていた。


「偉そうな事言うなよ、ババア! 子供の喧嘩に先にしゃしゃり出た大人のくせしてさ」


 美輪君はここぞとばかりに言い返して、少しだけ溜飲を下げたようだ。


「うるさい、クソガキ! お前達が私の可愛い博行をよってたかって虐めたから、私は博行を助けたんだ!」

 

 明菜の可愛い顔が鬼のような形相になった。美輪君はそれを悲しそうに見ていたが、


「覚えとけよ、ババア。俺の大事なアッキーナを使ってそんな暴言吐いた礼はきっちりさせてもらうからな」


 突然迫力満点の声で言った。そばで聞いていた肉屋の力丸卓司君はビクッとしていた。


 バスは数十台のパトカーに取り囲まれたまま、G県を後にし、埼玉県へと入った。


 この先の上里サービスエリアには埼玉県警の高速機動隊の皆さんが待機しているようだ。


 でも、普通の人達に上田親子を止める事はできない。


 高速道路もその先で封鎖が完了している。しかし、それすら無駄だ。


 危険だから、何もしないで欲しいと思った。


「バカな連中だ。何をしても無駄なのにさ」


 桂子は前方を見据えて高笑いをした。私と江原ッチはなす術なくそれを見ているしかなかった。


「何だ?」


 美輪君が道路の封鎖に気づいて呟いた。そして少しだけ希望を見出したらしく、座席で頭を抱えているリッキーに何か告げている。


 だが、あのバリケードは役に立たない。突破されて終わりだ。


 そう思った時だった。


『まどかちゃん、お待たせ! 七福神の力を解放して、明菜さんを助けるわよ』


 女の人の声がした。涙が零れた。


 それは尊敬している西園寺蘭子さんの声だったのだ。


「ぬう?」


 明菜の身体を乗っ取っている桂子が目を見開いた。


 蘭子お姉さんの存在を感じたようだ。


「来た!」


 次の瞬間、七福神の力がみなぎるのがわかった。


 どういう事だろう?


 私、江原ッチ、美輪君、リッキー、靖子ちゃん、そして操られてはいるけど明菜。


 一人足りないのだ。


 まだ中学生の坂野義男君。彼がいなければ、七福神の力は結集されないのに。


『坂野君は私と一緒よ、まどかちゃん』


 また蘭子お姉さんの声がした。ふとバリケードを見ると、そこに懐かしい蘭子お姉さんと坂野君が立っているのが見えた。


「おお!」


 江原ッチと美輪君とリッキーが雄叫びを上げた。明菜が操られているので、美輪君は特に嬉しそうだ。


 全く、男って奴は! あんたらが陰で蘭子お姉さんの事を何て言ってたのか教えちゃうぞ!


「そ、それだけはやめて、まどかりん」


 私の心の声を聞いた江原ッチが苦笑いして言った。


「ようやく相手になりそうなのが来たようだね。楽しみになって来たよ」


 桂子はそう言ったが、決してそれは強がりではない事がわかる。


 上田親子は何故そこまで自信があるのか? 


 どうにも不可解なまどかだった。

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