神田原明鈴が現れたのよ!

 私は箕輪まどか。霊能力もある美少女受験生だ。


 何なのよ、その自己紹介は? バカじゃないの?


 それに、「受験」とか言わないでよね! 今が一番センシティブな時期なんだから。


 もし高校に受からなかったら、許さないからね!


 ところで、センシティブって何?


 


 そんな事を妄想しているうちに、神田原明蘭さんが運転するミニバンは、次の目的地であるM市のH士見町のS瑚寺に到着した。


 その前に立ち寄ったS川市のA城町にあるK禅寺からはそれ程離れていない。


 元は隣村だったのだから。


「ここには恵比寿様が祀られています」


 明蘭さんが教えてくれた。


 古くは「大漁追福」の漁業の神だという。その後、福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、商業や農業の神となった。七福神で唯一日本由来の神様でもある。


 親友の近藤明菜は、その名の響きが好きになれないのか、K禅寺の時とは打って変わって、車から出ようともしなかった。


 全く、本当に単純な性格なんだから。え? お前にだけは言われたくないだろう、ですって?


 うるさいわね! 私は複雑な性格なのよ! あれ? それはそれで問題がありそうな……。


「僕の家、商売をしているから、あやかりたいなあ」


 少し前にちょっとした事が切っ掛けで友達になった坂野義男君が呟くのが聞こえた。


「じゃあ、急ごうか、坂野!」


 私の彼の江原耕司君と明菜の彼の美輪幸治君が坂野君を抱きかかえるようにして走り出した。


「あわわ、せ、先輩、怖いですよお」


 坂野君が悲鳴のような声をあげても、二人は構わずに境内へと走って行った。


 全く。やる事が小学生みたい。


「そうですね。坂野君は恵比寿様に好かれているようですよ」


 明蘭さんがオットリとした口調で微笑んで言うと、


「そうなんですか」


 もう走る必要がない力丸卓司君がヘラヘラ笑いながら応じた。


 その顔、隣で江原ッチの妹さんの靖子ちゃんが睨んでいるわよ。知らないから。


 それに、私にとって大事なお題目を先に唱えられてしまったのも癪に障るわ。


「まどかさん」


 すると明蘭さんが囁いてきた。また心の声を聞かれたのだろうかと焦ってしまう。


「な、何でしょうか?」


 嫌な汗を掻きながら応じる。明蘭さんは真顔で、


「急ぎましょう。母の気を強く感じます。追って来ているのかも知れません」


 母? つまり、邪教集団である復活の会の宗主の神田原明鈴が迫っているという事ね?


 母親である明鈴と戦う事になっても、明蘭さんは大丈夫なのだろうか?


 私のお母さんは、確かに怖いし、口やかましいし、江原ッチのお父さんの雅功さんを狙っているようなどうしようもない人だけど、戦いたくはない。


「もう母とは思っていないのです。父は母のせいで命を落としたのですから」


 明蘭さんは私に背を向けてそう言った。


 そうか、そんな事があったのか……。


 あ、そうか、明蘭さんのお父さんは神田原一族ではないのか。


「まだ大丈夫ですよ、まどかさん。母は力が集まったところを襲撃するつもりでしょうから」


 不安という字を書いたような私の顔を見て、明蘭さんは付け加えてくれた。


「でも急いだ方がいいです。母に先に最後の場所に行かれてしまうのは避けないと」


 明蘭さんが運転席に戻った時、恵比寿様の力を得て輝き始めた坂野君が、江原ッチと美輪君に連れられて戻って来た。


「急いで、明鈴が迫っているらしいわ」


 私は江原ッチに告げた。


「そうなの?」


 江原ッチと美輪君はどうした事か、ニヤけた。あ! そうだ!


 明鈴は巨乳だったんだ。こいつら、何を楽しみにしているのよ! 明菜と後でお説教ね。


 全員が乗り込んだのを確認すると、明蘭さんはミニバンをスタートさせた。


「次は同じくM市のH之下町のS圓寺です」


 明蘭さんがハンドルを切りながら言った。


 H之下町なら、ここからI市方面へ向かう途中だ。それほど遠くはないが、さっきよりは離れている。


「アッキーナは俺が守るから」


 美輪君は明菜と並んで後部座席の右の窓側に座った。明菜を挟んで、坂野君が座り、私はリッキーと江原ッチに挟まれて中部座席に座った。

 

 ちょっときついんですけど。


「箕輪、あまりくっついて来ないでよ」


 リッキーに迷惑そうに言われた。ムカつく! あんたが場所を取り過ぎなのよ!


 そう言いたかったが、靖子ちゃんに悪いので言えない。


「お前こそ、まどかりんにくっつくなよ、力丸!」


 江原ッチが言ってくれた。嬉しい! と思って顔を見たら、何故か窓の外を見ていた。


「神田原明鈴がいつ来るかわからないんだぞ」


 緊張感のある台詞なのだが、顔はニヤけていた。全く、何考えてるのよ!


 やっぱり後で強烈にお説教ね。


 そんな事を言い合っているうちに車はS圓寺に着いた。


 ここは福禄寿が祀られているお寺だ。


「幸福、すなわち血のつながった実の子に恵まれる事、封禄、すなわち財産、健康を伴う長寿の三徳を具現化したものが福禄寿です」


 明蘭さんがそう言うと、さっきは微動だにしなかった明菜が素早く動いた。


「邪魔よ、美輪君、江原君!」


 明菜は二人を踏みつけるようにミニバンを飛び出し、いつもと違う猛スピードで境内へと走った。


 あんな煩悩の塊が七福神の力を授かっていいのだろうかと思ってしまった。


「酷いよ、アッキーナ……」


 美輪君は泣きそうな顔で明菜を追いかけた。


「よっしゃああ!」


 境内の方から、明菜の雄叫びが聞こえた。力を授かったようだ。


「さあ、締めはまどかりんだよ」


 江原ッチが爽やかな笑顔で私を見た。


「うん」


 その笑顔にもう少しでさっきの狼藉を忘れてしまいそうになるが、それとこれとは話が別だ。


 お説教はします。


 ところで、狼藉って何?


「出発しますね」


 明蘭さんは明菜と美輪君が乗ったのを確認して、車を発進させた。


「次はO田市のZ宗寺です」


 明蘭さんが言った。いよいよ七福神巡りも最後のお寺。


 そこに祀られているのは、大黒様。


 私が唱えられる真言の中で最強の大黒天真言も同じ由来のインドの神であるシヴァ神の化身マハーカーラ神だ。


 明鈴が姿を現すとしたら、Z宗寺だ。先に着かれているとまずい事になる。


 明蘭さんは急ぐためにK関東自動車道に乗った。


 これなら一気にO田まで行ける。


 ミニバンはそれほど混雑していない道路を突き進み、O田市に入った。


 但し、Z宗寺はO田でも栃木寄りなので、降りるのはO田K生インターチェンジだ。


 そこから十分足らずで、目的地のZ宗寺に着いた。


「どうやら、母はまだ来ていないようですね」


 明蘭さんのその言葉に私と靖子ちゃんと明菜と坂野君はホッとしたが、


「そんなあ……」


 三バカトリオ(江原ッチ、美輪君、リッキー)は露骨にガッカリしていた。


 靖子ちゃんも加入してのお説教タイムになるわね。


「さあ、まどかりん」


 江原ッチは怯えながらも私をエスコートしてくれた。


 怖がられるのは悲しいけど、だったらバカな考えを捨ててほしいものだ。


 私は気を整えて、境内へと歩き出した。


 江原ッチと美輪君は周囲を警戒しながらついて来ている。


 只、動機が不純なのが気に入らないけど。


 明菜はその不純さを見抜き、美輪君を尾行するように歩いている。


「私も行きます」


 明蘭さんが同行すると知り、さっきまで怯えていたリッキーが出て来た。


「じゃあ、俺も」


「ちょっとリッキー!」


 靖子ちゃんがムッとした表情でそれを追いかける。


「一人にしないでくださいよお」


 泣きそうな顔で坂野君が走って来た。


 結局、全員で境内に入った。


「おおお!」


 私は、力がみなぎるとはこういう事を言うのかと思うほど、凄まじい気を感じていた。


 大黒様というと穏やかな笑顔だが、その本当の顔は恐ろしいのだ。


 その力そのものが私に降りて来ている気がした。


 その時、明蘭さんが身構え、お寺の屋根の上を睨んだ。


「何だい、期待外れだねえ。大した事ないじゃないか、七福神なんて」


 そこにいたのは、神田原明鈴だった。


「おお!」


 三バカトリオが雄叫びをあげた。明鈴は相変わらず露出の多い服装で、しかもミニスカートで屋根の上に立っているので、見えそうなのだ。


「何考えてるの、美輪君!」


 明菜がいきなり美輪君の後頭部を平手打ちした。


「リッキー、どこ見てるの!」


 純情可憐な靖子ちゃんが赤面しながらリッキーの脇腹をつねった。


「いでで!」


 二人のおバカは涙目で叫んだ。


「まどかりん、やるよ!」


 江原ッチは顔はニヤけたままでいかにも戦闘態勢のような事を言ってのけた。


「はいはい」


 力が漲っていて、今なら明鈴を倒せる予感がした私は、江原ッチに突っ込むのが勿体なかったので、明鈴を見た。


「明蘭、あんたの所業、父も祖父も嘆いていらっしゃるぞ」


 明鈴は鋭い目で明蘭さんを睨み返した。しかし明蘭さんは、


「貴女こそ、何を血迷っているのですか、母上! 父上が亡くなったのは誰のせいです!?」


 負けずに睨んでいる。


「うるさいよ、明蘭。裏切り者には死あるのみ。覚悟していな。そんな紛い物の神の力が如何ほどのものか、知れているさ!」


 明鈴は捨て台詞のように叫ぶと、姿を消してしまった。


「恐れていないという事?」


 私はゾッとして江原ッチを見た。


「七福神なんて寄せ集めの神様だから、何のご利益もないって言う人達もいるよね」


 江原ッチは悔しそうに言った。


「そんな……」


 私はすがる思いで明蘭さんを見た。明蘭さんはしばらく明鈴が消えた屋根を見ていたが、


「大丈夫です。母のハッタリです。さあ、菜摘先生の所に帰りましょう」


 微笑んで言ってくれた。


 そして途中で遅めの昼食を食べた。でも、あまり食欲がなく、ほとんどリッキーにあげた。


 


 明蘭さんが大丈夫だと言ってくれても、まだ不安なまどかだった。

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