過ぎたるは尚及ばざるが如しなのよ!

 私は箕輪まどか。中学二年の霊能者。


 冬休みも終了し、すでに授業も平常運転に入って来た。


 そこへ来ての、初雪にして大雪。


 豪雪地帯の方々にしてみれば、それほどの雪ではないかも知れないけど、私にとっては大雪だ。


 からっ風が吹きすさび、寒さはそれなりに厳しいG県南部だが、雪はそんなに降らない。


 G県には有名なスキー場が多いのだが、平野部と山間部では、雪の降り方が大違いである。


 私の家があるM市では、真冬でも水道が凍結するのは稀で、車もスタッドレスタイヤを履かずにすませる人がほとんどだ。


 だからこそ、たまに雪が積もると、交通は麻痺してしまう。


 G県は公共交通機関がズタズタになって久しく、朝は自家用車がたくさん走っている。


 そこに降雪が加わると、渋滞の酷さは当社比二倍になるという。




 憂鬱な気分で足下に気をつけながら登校する。


「おはよう、まどかお姉さん」


 私の彼氏の江原耕司君の妹さんの靖子ちゃんが、親友の近藤明菜と共にやって来た。


「おはよう、まどか」


 明菜は最近靖子ちゃんとすっかり仲良しだ。


「あれ、美輪君は?」


 私は明菜の彼氏で江原ッチの親友の美輪幸治君の姿が見えないので尋ねた。


「もうあいつ、最低よ。途中で交通事故があったの。それを見に行っているわ」


 明菜はムッとした顔で答えた。


「交通事故?」


 私は目を見開いた。


 さっき、叫びながら走り去る男の子の霊を見かけたからだ。


 あの子が多分その事故の犠牲者だろう。


「私達と同じくらいの男の子が車にねられたらしいの。その車はそのまま逃げたみたいよ」


 明菜はしっかり情報を得ていた。


 美輪君がメールで教えているようだ。


 おかしい。


「どうしたの、まどかお姉さん?」


 靖子ちゃんが私の顔を覗き込んで尋ねる。


「ううん、何でもない。早く行こう」


 私は気になった事があったのだが、靖子ちゃんには告げずに歩き出した。


「おーい、待ってくれよ」


 そこへ息を切らせて美輪君が走って来た。


「いやあ、凄かったなあ。救急車とパトカーと野次馬でさ」


 美輪君がニヤニヤしながら言うと、明菜がムッとして、


「人が死んでいるのに嬉しそうに話さないでよ! 美輪君、最低よ」


と言い、ツンとしてスタスタと行ってしまう。


「わああ、アッキーナ、ごめんよお、悪かったよお」


 美輪君は半泣きで明菜を追いかけた。


 高校生の悪でも彼を見かけると隠れるという噂があるのに、明菜には弱いのだ。


 羨ましい。私も江原ッチと一緒に登校したいなあ。


「交通事故があったの知ってる?」


 そこへ肉屋の力丸卓司君がコロッケをかじりながら現れた。


「リッキー、最低」


 靖子ちゃんはリッキーから顔を背け、行ってしまった。


 何てタイミングが悪い奴なんだろう。


「えええ? 何で、どうして?」


 リッキーも泣きべそを掻きながら靖子ちゃんを追いかけた。


 結局一番可哀想なのは置いてきぼりの上、独りぼっちの私だ。


 それにしても、さっきの男の子の霊、何故叫んでいたのだろう?


 それに事故で亡くなった人の霊は、しばらく現場周辺を彷徨さまようものだけど、あの子は事故直後に現場を離れていた可能性が高い。


 どうしてだろう?


 


 そんな事をずっと考えていたせいか、授業が終わるのが早かったような気がした。


「まどかさん、靖子さん」


 玄関で靖子ちゃんと落ち合い、帰ろうとしているところにクラスの副担任にして私達の霊感のお師匠様でもある椿直美先生がやって来た。


「椿先生、何でしょうか?」


 私は靖子ちゃんと玄関の中に戻って来て尋ねた。


 椿先生は周囲に誰もいないのを確認してから、


「霊感課に緊急要請です。今朝あった事故の加害者を探すように指示がありました」


「え?」


 私と靖子ちゃんは顔を見合わせてしまった。


 


 程なく、霊感課の大型パトカーが校庭に到着し、私達は乗り込んだ。


 パトカーはすぐさま現場に向かって走り出した。


「被害者は中学三年生。受験を目前にしての事故だ。お母さんが半狂乱の状態で県警に通報して来た」


 助手席に座っている私の兄貴の慶一郎が説明した。


 最近はすっかりエロ兄貴としてしか紹介されていないが、実はG県警一のイケメンで、女性警察官の憧れの的らしい。


 但し、女性警察官達は、兄貴の婚約者である里見まゆ子さんが怖いので、決して兄貴に近づいたりはしないのだ。


「交通課が非常線を張ったが、加害者の車は未だに発見されていない。それで、本部長の要請で我が霊感課が出動する事になった」


 兄貴がいつになくまともな事を言っているのは、パトカーを運転しているまゆ子さんが怖いのと、椿先生が見ているからだ。


 エロと恐怖の狭間で頑張るバカ兄貴である。


「でも、さっきからずっとそいつの気を探っているんだけど、どこにもいないんだよね」


 江原ッチが私に教えてくれた。


「それだけじゃないわ。被害者の子の霊も現場にいる様子がないわ。どういう事なのかしら?」


 さやかも首を傾げている。すると椿先生が、


「車の方はこれから探すとして、被害者の男の子の霊なら、まどかさんがどこにいるか知っているはずよ」


「え?」


 さやかや江原ッチだけでなく、私も驚いてしまった。椿先生は、


「まどかさんは、学校に行く途中で男の子の霊と遭遇しているでしょ?」


 その言葉でみんなの視線が私に集中する。


「はい。でも、その子がどこにいるのかはわかりませんよ」


「その子の気をよく思い出してみて。奇妙な気を放っていたはずよ」


 椿先生はまるでその場にいたかのようにそう言った。


 確かにその男の子は変わった気を放っていた。


 よく思い出してみよう。


 そう。普通は、交通事故の被害者の霊の放つ気は加害者への憎悪とかの気だ。


 ところがその男の子の霊が放っていたのは、憎しみの気ではなかった。


「その子は加害者に意識が向いていませんでした。何故なのでしょう?」


 私は不思議に思って椿先生に尋ねた。今度は一同の視線が椿先生に集まる。


「それは、その事故が本当は自殺だったからよ」


 椿先生の言葉は衝撃的だった。


「自殺?」


 さやかと靖子ちゃんは顔を見合わせている。


 兄貴はびっくりして運転席のまゆ子さんと何か話している。


 私も江原ッチと顔を見合わせたままで、しばらく何も言えなかった。


「まどかさん、その子の霊の意識が誰に向いていたのか、よく探ってみて」


 椿先生は私に解答を促すように言う。私はもう一度よくその霊の気を思い出してみた。


 そして、怖くなった。


 その子は、県内でも有名な私立高校を目指して勉強していた。


 いや、させられていた。


 一流大学を出たお母さんに。


 来る日も来る日も塾に通わされ、夜遅くまで大学教授であるお父さんの厳しい指導を受けた。


 彼は友人と遊ぶ事を禁じられ、テレビは見せてもらえず、新聞は隅から隅まで読むように言われ、社説を毎日要約するように命じられた。


 トイレの時間も入浴時間もきっちり決められ、食事も管理されて、好きなものは食べられなかった。


 一人の人間として扱われていない。


 お母さんとお父さんの一方的な願いを果たすためのロボットと一緒。


 何て事なの……。


 私の心を覗いていたのか、さやかが、


「バカ親め! 自分達が子供を追い込んで殺したも同然じゃないの!」


と叫んだ。事情がわからない靖子ちゃんと江原ッチ、そして兄貴とまゆ子さんがさやかの声にビクッとした。


「確かにそうかも知れないけど、そこで終わってはいけないわ、さやかさん」


 椿先生は真顔で言った。どういう事だろう? あ、もしかして……。


「撥ねた車!」


 江原ッチが叫んだ。私も気づいた。さやかも気づいたようだ。


「復活の会……」


 さやかは歯軋りをした。


 あの邪教集団がまた動き出したのだ。


「被害者の子を自殺寸前まで追い込んだのは確かにその子のご両親。でも、実際に自殺させたのは、復活の会よ」


 椿先生の顔つきが怖くなった。怒りの気が感じられる。


「加害者の車を追跡するのは無理ね。完全に気を消されているわ」


 椿先生は悔しそうに言った。


「畜生!」


 江原ッチはドアをドンと拳で殴った。


「江原ッチ」


 私はそんな江原ッチを優しく抱きしめた。


 どさまぎとか言わないでよね。


 


 私達は被害者の男の子の霊を何とか見つけ出し、説得して霊界に行かせる事ができた。


 しくじったら、復活の会の手駒にされていたかも知れなかったのだ。


 それにしても、自分の子供に過度な期待をする親は多い。


 気持ちはわからなくもないが、中学生はなりは大きくても、まだまだ子供なのだという事を思い出して欲しい。


 その点では、両親に全く期待されておらず、逆の意味で追いつめられそうなまどかだった。

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