悪戯はほどほどにしないといけないのよ!
私は箕輪まどか。中学二年の霊能者だ。
しかし、決して「お兄ちゃん大好き」の変態妹ではない。
って言うか、変態なのは私の兄貴の方なのだ。
もう際限がないほどのエロ男で、救いがたい。
「おい、かまど、人の悪口は聞こえないように言え」
何故かエロ兄貴の声がした。
「妄想を止めろ、バカかまど!」
兄貴の声は耳元で聞こえた。
「わ!」
ふと気づくと、兄貴の顔が真横にある。
「な、何よ、お兄ちゃん!? そんなに顔を近づけないでよ! いくら私が可愛いからって、妹なんだからね!」
私は身の危険を感じて叫んだ。
「何を言ってるんだ、阿呆! 幽霊が出るって通報があったから現場に来て霊視させているのに、ブツブツ独り言を言っている上に、俺の悪口言いやがって!」
「え?」
私はハッとした。
今私がいるのは、Mインターチェンジに程近いショッピングセンターの女子トイレの中。
若い女性の幽霊が出ると通報があり、G県警刑事部霊感課が出動したのだ。
放課後に迎えに来られたから、もう外はすっかり暗くなっている。
今日は間が悪い事に、親友の一人である綾小路さやかは、私のクラスの副担任にして霊感課のエースである椿直美先生と別の事件の調査に行っていて、私だけが来ているのだ。
「ああ、そうか」
私はもう一度女子トイレ全体を見渡した。
すでに五回はやり直しているのだが、どこにもそれらしい気は感じないし、霊がいる様子もない。
「何もいないよ、お兄ちゃん」
私は兄貴を見上げて言った。
「本当か?」
兄貴は疑いの眼差しで私を見た。ちょっとムカつく。
「椿先生に来てもらった方が確実だな」
兄貴はあっさりとそう言った。
「慶一郎さん、その言い方、まどかちゃんが可哀想よ」
兄貴の婚約者の里見まゆ子さんが言ってくれたが、
「まゆりん、こいつは誉めるとつけ上がるし、叱るとすねるしで、非常に扱いが難しいんだ」
兄貴は本当に容赦のない事を言ってのけた。
「あの事、まゆ子さんに言ってもいいのなら、私を疑えばいいよ、お兄ちゃん」
すると兄貴はまさしく幽霊でも見たかのように顔色が悪くなった。
「な、何言ってるのかな、まどか。帰りにチョコパフェでも食べて行くか」
突然機嫌を取り始める。兄貴がつけ上がったら、しばらくこの手でいく事にしよう。
「まどかちゃん、通報は嘘なの?」
まゆ子さんは兄貴を一睨みしてから、優しく微笑んで尋ねた。
「多分。女子トイレだけじゃなくて、この建物のどこにも霊なんていませんよ」
私も兄貴を睨んでから答えた。
「本当にか?」
兄貴はまだ疑っている。と言うより、椿先生に来てもらいたいだけなのだ。
全く懲りない奴。
「慶一郎さん、後でお話があります」
まゆ子さんの闘気が噴き出した。
私がこっそり紙に書いて兄貴の思惑を暴露したからだ。
「ひいい!」
兄貴は縮み上がった。正義は勝つのよ!
「通報してきたのは誰なのかわかっているんですか?」
私は兄貴を無視してまゆ子さんに尋ねた。
まゆ子さんはスッと闘気を引っ込めて、
「誰なのかはわからないけど、女の子だったわ」
「それ、聞けますか?」
「ええ」
まゆ子さんは車から持って来たパソコンを開く。
「霊感課の電話にかかって来たモノを録音してあるの。それでいい?」
「はい、大丈夫です」
私は通報者が嘘を言っているのかどうか知りたかったのだ。
「再生するわね」
まゆ子さんはポインタを動かし、再生ボタンをクリックした。
「ランマル市場の一階の女子トイレに幽霊が出るんです。何とかしてください」
声からわかったのは、その声の主が小学四年生の女の子だという事、そして彼女は嘘を吐いてはいないという事、更に幽霊は偽物だという事だった。
「誰かの
兄貴が渋めの顔で会話に加わるが、
「悪戯をした犯人はわかる、まどかちゃん?」
まゆ子さんは兄貴をまるで無視して私に訊いた。
兄貴は落ち込んだようだ。たまにはいい薬ね。
「わかります。その犯人の気はここに残っていますから」
私はその気を発した者がまだこの建物の中にいるのがわかったので、トイレを出た。
「どこに行くんだ、まどか!? 勝手な行動はだな……」
兄貴がそう言ったが、
「うるさい!」
まゆ子さんに一喝されてまた縮み上がった。
「こっちです、まゆ子さん」
私はトイレを出たすぐ脇にある非常階段を駆け上がり、二階へ行った。
「きゃああ!」
その時、二階のトイレから女性の悲鳴が聞こえた。
私はまゆ子さんと目配せして、中に駆け込んだ。
「幽霊がいるわ!」
泣きながら個室から高校生が飛び出して来て、トイレから逃げて行った。
「まゆ子さん、その隣です!」
私はドアが閉じている個室を指差した。
「どなたか入っていますか?」
まゆ子さんはドアをノックして声をかけた。しかし中から返答はない。
誰もいないのではなく、ある理由で声を出せないのだ。
「インダラヤソワカ」
私は微弱な帝釈天真言を唱えた。
「きえええ!」
雷撃が個室の中にいる犯人を直撃した。
「ひいい!」
ドアのロックが外され、中から髪の毛がチリチリになった中年男が飛び出して来た。
「貴方、ここで何してるんですか!?」
まゆ子さんは眉を吊り上げて怒鳴った。
男は白い着物を来て顔を白く塗って右手にデジタルカメラを持っていた。
今時あまり見かけない幽霊のスタイルだ。
考えるまでもない。
女子トイレの個室に男が潜む理由があるとすれば、覗きしかない。
幽霊の扮装で女性を驚かせて、その隙にデジカメで撮影していたのだ。
「た、助けて、雷が落ちた……」
男はそれだけ言うと、そのまま床に倒れた。
しばらくして、M警察の刑事さん達が来て、中年男はそのまま連行された。
覗きの現行犯だ。全く、男って奴は!
男の犯行の手口は、真似されると困るので詳細は省くが、本当に変態そのものだった。
人のトイレを覗いて何が楽しいのか、私には全然理解できない。
「まどか、お手柄だな。後で本部長が表彰するらしいぞ」
兄貴は私のご機嫌取りに必死だ。
「だから、力丸さんからメールがあった事はまゆ子には内緒にしてくれ」
私が何か掴んでいると勝手に思っている兄貴は、小声で自らベラベラと喋った。
力丸さんて、私の同級生の力丸卓司君のお姉さんのあずささんの事?
何してるのよ、兄貴は? もうすぐ結婚するんじゃないの?
「まゆ子さんが可哀想だよ、お兄ちゃん」
「わかったよ」
兄貴はションボリしていた。
みんなが女子トイレの捜索を終えてから、私は一人その場に残って、印を結んだ。
悪戯にしても何にしても、幽霊が出るなんていう嘘を吐くと、本当にその場に霊が吹き溜まる事があるのをみんな知らないから困る。
「オンマリシエイソワカ」
私は摩利支天真言を唱え、集まり始めた霊気を散らした。
今日は久しぶりに単独で活躍のまどかだった。キラン☆
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