G県警刑事部霊感課が遠征なのよ!

 私は箕輪まどか。中学二年の霊能者だ。ちなみに誰もが認める美少女でもある。


 はいはい。気がすんだ?


 


 さて。いつの間にか、夏休みも残り僅かになり、宿題を早めに仕上げた私は、惰眠を貪っていた。


 去年と大違いなのは、私のお師匠様である小松崎瑠希弥さんのお陰だ。


 もう、瑠希弥さんには足を向けて寝られない。


 ところで、惰眠て何?


「まどか、仕事だ」


 またしても性懲りもなく、エロ兄貴が私の部屋にノックもせずに入って来た。


「もう、いい加減にしてよね、お兄ちゃん! 私が着替え中だったらどうするのよ!」


 私は布団の中から怒鳴った。


「お前がまだ起きてもいないのはわかっていたから、そんな心配をする必要がない」


 兄貴はまるで名探偵気取りで言い、フッと笑った。バカなのだろうか?


 あまりに暑い日が続き、脳が溶けたのかも知れない。


「とにかく急いで朝食をすませろ。霊感課に緊急出動が発令された」


 兄貴はそう言うと、部屋を出て行った。


「え?」


 霊感課。私がボランティアで所属しているG県警の組織だ。


 緊急出動って、どういう事よ?


 取り敢えず、瑠希弥さんには迷惑をかけられないので、急いで着替えをすませ、顔を洗い、キッチンに行った。


「さあさあ、サッサと食べちゃってね」


 お母さんがすっかり食事の用意をすませていた。


「え?」


 私のお茶碗の脇にはお通じの薬があった。


「何、これ?」


 お母さんに尋ねる。するとお母さんは私を見て、


「あんた、もう三日もお通じないでしょ? 相当溜まってるわよ。今日全部出しちゃいなさい」


ととんでもない事を言う。


「な、何言ってるのよ、お母さんは! 私みたいな美少女は、そんな事しないの!」


 私は顔を真っ赤にして反論した。


「嘘おっしゃい。この前だって、『あー、出た出た、三日分』って鼻歌交じりに言ってたじゃないの」


「やめてー、私のイメージがあ!」


 お母さんの口を誰か塞いで! もう涙が出て来た。


 そんなやり取りをしたのに、結局食後にしっかり薬を飲んだのは、彼氏の江原ッチには絶対内緒だ。


 その後すっきりしたのは、もっと内緒。ばらしたら、死をもって償ってもらう。


 もう、すっかり私ってば、便秘キャラじゃないのよ!


 きっと作者の陰謀ね。許せないわ。




「まどか、でかいの出たか?」


 兄貴の車に乗り込むと、そんな事を言われたので、


「まゆ子さんにあの事言いつけるぞ!」


 と適当に脅かしてあげたら、


「わ、悪かったよ」


 素直に謝罪されたのにはびっくりした。


 


 G県警前でまゆ子さんを乗せ、江原ッチの邸の前で瑠希弥さんを乗せ、車はG県の山岳部へと向かう。


 赤白山ではない。もっと北で西の方だ。


 ほら、一時期、ダム工事で有名になった辺りよ。え? もう忘れられてるの?


 まあ、いいわ。


 今回私達が向かっているのは、G県北部を流れるA妻川の河川敷。


 急な大雨で河川が増水し、川の中洲に取り残された人達が、濁流に呑み込まれて行方不明なのだ。


 公には言えないが、行方不明者は恐らくもう絶望的。


 だから、一刻も早くご遺体を発見し、ご遺族にお引き合わせしたいのだそうだ。


 何だか、すごく気が重い。


「瑠希弥さんやまどかは、ご遺族とは顔を合わせないように取り計らうから、あまり気にしなくていい。とにかく、ご遺体を探して欲しい」


 兄貴は運転席で言った。


 何だか違和感があるのは、いつもは助手席にいる兄貴が運転しているからだ。


 そして、もう一つの違和感は、助手席にはまゆ子さんではなく、瑠希弥さんが乗っている事。


「箕輪慶一郎さん、後でゆっくりお話しましょう」


 まゆ子さんは運転席の後ろから冷たい声で言った。


「ひいい!」


 兄貴は仰天し、危うく信号無視をしそうになった。


 


 やがて、私達の車は、現場の河川敷に到着した。


 すでに私と瑠希弥さんは、亡くなった方の霊を見つけ、その近くに車を停めてもらった。


「貴方のご遺体を探しに来ました。教えてください」


 瑠希弥さんが話しかけたのは、家族でキャンプに来て、奥さんと子供達を助けて、自分は濁流に呑み込まれてしまった男性だ。


 公式には、まだ行方不明の扱いだ。ああ、辛いなあ、この仕事。


「こっちです。私の遺体は、川の底に引っかかっています。しかもその上に上流から流れて来た土砂が堆積してしまい、掘らないと見つけられないでしょう」


 瑠希弥さんは、男性の霊から聴いた事を兄貴とまゆ子さんに伝える。


 私は、河川敷の向こうにいる女の子の霊に気づき、近づいた。


 そして、驚いてしまった。


 その子は、同じ町内の子だ。


 確か、楢久保さん。彼女は私より六つ年下なので、小学校でも会っていないが、何度か町内会の行事で顔を合わせている。名前は確か、鞠佳まりかちゃんだ。


 何て事だ……。まだ八歳だよ……。涙が出て来てしまった。


「あ、まどかお姉ちゃん!」


 自分が死んでしまった事もわかっていないのだろう。鞠佳ちゃんは嬉しそうに手を振りながら、川の上を浮遊して私に近づいて来た。


「まどかお姉ちゃんも、ここに遊びに来てたの?」


 屈託のない笑顔で尋ねられ、私は返事ができない。


「まどかさん、私が代わるね」


 瑠希弥さんが察してくれて、代わりに鞠佳ちゃんと話してくれた。


 どうやら、鞠佳ちゃんが最初にいたところに遺体があるようだ。


 私は涙を拭いながら、兄貴に事情を説明した。


「そうか」


 兄貴も悲しそうだ。鞠佳ちゃんは町内でも人気者で、皆に可愛がられていたから。


 やがて、鑑識課の大型車が到着し、課員の皆さんがご遺体を探し始めた。


 行方不明だったのは、さっきの男性と鞠佳ちゃんだけだったので、瑠希弥さんと私の仕事は終わった。


「悪かったな、まどか」


 私の落ち込みようを見て、兄貴が声をかけてくれた。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん」


 まゆ子さんも涙ぐみながら、私を抱きしめてくれた。


 私は瑠希弥さんと共に車に戻った。


 するとそこへ、猛烈な勢いで走って来た乗用車が停まり、女の人が髪を振り乱して降りて来た。


 それは鞠佳ちゃんのお母さんだった。


「あ!」


 兄貴がお母さんに気づき、顔色を変えた。お母さんは私を見つけて、同じように顔色を変えた。


「まどかちゃん! 貴女がいるって事は、貴女がいるって事は……!」


 お母さんが私に向かって鬼のような形相で走って来る。


 私には、お母さんの嘆きがよくわかった。


 私に霊感があるのは、近所では有名だ。


 鞠佳ちゃんのお母さんも知っている。


 それに私が警察の捜査に協力しているのも知られている。


 お母さんは私の姿を見て、自分の娘がすでに亡くなっているのを悟ってしまったのだ。


 本当は私達が帰ってから、ご家族が来るはずだったのだが、お母さんが早めに来てしまって、思わぬタイミングで顔を合わせてしまったようだ。


「お母さん、落ち着いて!」


 鞠佳ちゃんのお母さんを止めてくれたのは、鑑識課最古参の宮川さんだった。


 宮川さんは切々とお母さんを諭し、河川敷を誘導して行く。


 お母さんは何度も泣き崩れそうになりながら、鞠佳ちゃんの遺体がある方へと歩いて行った。


「さあ、まどかさん」


 瑠希弥さんに促され、私は重い足取りで車へと歩き出した。


 


 今日はいろいろと辛い思いをしたまどかだった。

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