人生最大の驚きなのよ!

 私は箕輪まどか。中学生の霊能者。どちらかと言うと、美少女である。


 相変わらず、何だかよくわからない自己紹介をさせるわね。


 もう、いいけどね。


 


 今日は日曜日。


 普通なら、絶対彼氏の江原耕司君とデートなのだが、今日はまたエロ兄貴のせいで事件の捜査に協力している。


 今私がいるのは、スキー場。G県北部にある角沼高原スキー場だ。


 でも私は学校の制服を着て、マフラーを巻き、毛糸の手袋を着けている。


 要するに、スキーをする格好はしていないという事だ。


 殺人事件が、ゲレンデで起こったのだ。


「寒いよ、お兄ちゃん。早く終わりにしたいよ」


 私は足をガクガクさせながら、兄貴に抗議する。


「だったら、サッサと霊視しろ」


 そんな事を言っている兄貴は、G県警支給の厚手のコートを着ている。


 恋人の里見まゆ子さんも、申し訳なさそうな顔をしているが、しっかり完全防備だ。


 扱いが酷過ぎる。私に凍死しろというのだろうか?


 今日のご褒美は、力丸ミートのコロッケでは許さない。


 ラーソンのプレミアム生チョコケーキを三つ。


 それ未満は断固拒否だ。


 次回の依頼もボイコットだ。


 ところで、ボイコットって何?


 


 周囲を見渡す。今日は捜査のため、スキー場は休業だ。


 でなければ、私は悲し過ぎて霊視などできない。


 だってそうでしょ?


 何が悲しくて、カップル達が楽しそうにスキーをしている横で、震えながら霊視しなきゃならないのよ?


 それも、そういう連中のために!


 今回の霊視場所は、リフト付近。


 あまりにも落下事故が続くので、地元の警察が調査に乗り出したのだ。


 しかし、機械には何の不具合もなく、原因は不明。


 その上、調査をしている最中に、突然リフトが動き出したり、誰もいない機械室から笑い声が聞こえたりしたらしい。


 そこで、この私に白羽の矢が立ったのだ。


 で、白羽の矢って何?


 どうして私一人なのかと言うと、エロ兄貴の陰謀なのだ。


 江原ッチには、別の捜査に協力させるという、何ともえげつない妨害工作だった。


 更に、兄貴もしてやられていた。


 まゆ子さんが、江原ッチのお母さんの菜摘さんに連絡し、小松崎瑠希弥さんを同行させないように手を回したのだ。


 恐るべし、嫉妬ブロック。


 兄貴は江原ッチがまゆ子さんを落とすかもと警戒し、まゆ子さんは、瑠希弥さんが兄貴をたぶらかすと思ったようだ。


 二人共、心が狭過ぎる。


 え? お前にだけは言われたくない? ううう……。反論できない……。


「何もいないよ、お兄ちゃん」


 私は身体を震わせながら言った。


「そんなはずはない。よく探せ、かまど。見つけるまで帰れないぞ」


 兄貴は瑠希弥さんが来なかったので、酷く苛ついている。


「そんな事言われても、いないものはいないのよ」


 私は、少しでも温かくなるように大声を張り上げた。


「よし、わかった。お前では無理のようだ。瑠希弥さんに頼もう」


 それが言いたかったんかい!


 するとまゆ子さんが動いた。


「まどかちゃん、寒いから見えないのね。はい、温まるわよ」


 まゆ子さんは熱い甘酒を持って来てくれた。


「ありがとうございます」


 私はそれを受け取り、冷えきった手を温める。


 そして次にそっと唇をカップの縁に近づけ、ゆっくりと飲む。


 ああ。温まる。こんなに美味しい甘酒は久しぶりだ。


 すると、不思議な事に霊視能力がアップしたような気がした。


「お!」


 もう一度見上げると、リフトの支柱に妙なオヤジの霊が取り憑いているのが見えた。


 どうやら、リフトから落下してお亡くなりになった方のようだ。


「そんな所で何してるの、オジさん?」


 私はオヤジの霊に話しかけた。


「え? 俺が見えるのか、嬢ちゃん?」


 何だか懐かしいやり取りのような気がする。


「オジさん、そんなとこで悪戯しちゃダメよ。降りて来なさいよ」


 するとオヤジは私を睨んで、


「俺は、スキー場の連中の機械の操作ミスで落ちて死んだのに、泥酔しているのを押し切って無理矢理乗った結果、落下した事にされたんだ。許せないんだよ、このスキー場が!」


「ええ?」


 意外な真相だ。オヤジは嘘を言っていない。


 確かにその通りなのだ。


「わかった。それは私が何とかするから、もう行くべき所に行って」


「わかったよ。嬢ちゃんを信じるよ」


 オヤジは私の可愛さに免じて、折れてくれたようだ。


 え? 嘘を吐くな? 何がよ?


 私は、兄貴達にオヤジから聞いた事を話した。


 しかし、その件は、オヤジの遺族が示談をしてしまっていて、ひっくり返すのは難しいらしい。


「刑事事件ではないから、スキー場に対して警察が介入するのは無理だな。示談前なら何とかなったかも知れないが」


 いつになく真剣な表情で語る兄貴を見て、私は自分の無力を知った。


 オヤジ、ごめん、ダメだった。


 私は心の中で詫びた。


「嬢ちゃん、いいよ。ありがとう。嬢ちゃんに話を聞いてもらえて、気持ちがスッとしたよ」


 オヤジの声がした。


「うん」


 私も嬉しくなった。


 只、このまま帰るのはあまりにも癪だったので、私はスキー場の人達を集めてもらい、オヤジの無念を話し、事故現場にせめて手を合わせてくれるように頼んだ。


 私の願いをスキー場の人達が聞き届けてくれたのかは知らない。


 


 こうして、取り敢えず事件は解決したので、私は帰りの車中でおねだりタイムを敢行した。


「ラーソンのプレミアム生チョコケーキを三つ」


「却下」


 兄貴は即答した。


「お前は事件を解決していない。その上、スキー場の皆さんに恐怖心を植えつけた」


「何でよお」


 兄貴は非情だった。今度から、「天知茂」と呼んでやる!


 ところで、天知茂って誰? 本日三度目の質問だ。


 そんな不毛な兄妹きょうだいの言い争いを繰り広げているうちに、車はM市に戻って来た。


「あれ?」


 私は、舗道を歩く江原ッチのお父さんの雅功さんを見かけた。


 その隣には、見た事もない美人が歩いている。


 全身黒の服で決めている大人の女性だ。誰だろう? まさか、不倫?


「お兄ちゃん、江原ッチのお父さんよ」


 私の声に兄貴は素早く反応し、


「里見さん、車止めて」


と言い、停まると同時に飛び降りた。


 どこまで太鼓持ち体質なんだ、あの兄貴は?


「お久しぶりです、江原先生」


 兄貴は揉み手をしながら雅功さんに声をかける。


「おお、これはこれは、まどかさんのお兄さん」


 雅功さんも笑顔で応じた。私も素早く駆け寄った。


 私達の軽いフットワークを、まゆ子さんは運転席から唖然として眺めている。


「こんにちは」


 私も雅功さんに挨拶した。


「あら、慶君にまどかちゃん。こんにちは」


 女性が言った。その声に私と兄貴は硬直した。


 それは、紛れもなく、小倉冬子さんの声だったのだ。


「えええ!?」


 私と兄貴は、冬子さんのあまりの変わりように仰天した。


 


 落ち着いてから聞いたのだが、冬子さんに憑いていた悪い霊が祓われ、冬子さんは普通の人になったようだ。


 そのおかげで、乏しかった表情が豊かになり、元々綺麗だった顔に戻ったのだという。


「良かったですね、冬子さん」


 私が言うと、冬子さんは照れ臭そうに笑った。


 兄貴は複雑な表情をしていたが、確実に兄貴の中の冬子さんの地位が赤丸急上昇なのは間違いない。


 そして、まゆ子さんが嫉妬の炎を燃やしているのをその時私は感じる事ができなかった。


 兄貴、危うしかも。


 


 今日は、良かった事と怖い事があったまどかだった。

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