第十二話・魔王と大天使

「貴方の言う通り……、あの子は自分の気持ちに無自覚なのですね。――ラジエル殿」


『ド級の鈍感野郎だろ? 他の事には鋭いくせに、難儀な奴なんだよ』


「魔界に滞在中、それが解消されれば良い……、と、お考えなのでしょう?」


『まぁな。そっちであるアレの件もあるし、きっかけぐらいにはなるかもしれないからな』


 シグルドに見守られ、シャルロットが眠りに就いた頃。

 清々しい朝の陽光に照らされた室内で頬杖を着きながら、現魔王は目の前の水晶玉に穏やかな笑みを向けていた。そこに映っているのは、神に代わり、天界を統率している大天使の一人、ラジエル。

 眠そうな顔をしているのは、夜更かしでもしたからなのだろう。


『まぁ、嬢ちゃんの父親であるお前には、複雑なもんがあるかもしれねぇが』


「いいえ。私は歓迎していますよ、シグルド君の事を。あの青年は、心の底からシャルロットの事を想ってくれています。石の力でも、魔王の娘への興味でもなく、シャルロット自身を愛おしく想う心。父親として、これほど嬉しい事はありませんからね」


『相変わらず海より深い懐の魔王だな……。大抵の父親なら嫌だと思うだろ?』


「普通の父親なら……、そうでしょうね。ですが、私はシャルロットの事を想うからこそ、シグルド君を応援したいと思うのですよ」


『全ては、大事な娘の為に、か』


 厄介な事情を抱えて生まれた為に、何かと苦労の多い娘。

 シャルロットの事を愛し、そして不憫に思っている魔王は、娘に支えを与えたかった。

 家族や友人以外の、彼女だけの、特別な唯一人を……。

 シャルロットを一途に想い、命懸けで守ってくれる強い存在。

 シグルドの事はラジエルの話と、天界に赴いた際に何度か顔を合わせた事があった為知っていたが、一週間前に魔界へと現れた彼は、以前とはまるで違っていた。

 叶えたい願いを、目的を、想いを抱く瞳。

 シャルロットに向けられていた、純粋で熱い想い……。

 

(あの子も……、きっと、心の底ではシグルド君の事を憎からず想っているはずだ)


 でなければ、嫌だ嫌だと言いつつ、父親の命令であっても受け入れたりはしなかっただろう。

 もっと、距離のある冷たい対応をしていたはずだ。

 それなのに、シグルドと一緒にいる時のシャルロットは自分が知るものよりも、豊かで楽しそうな表情をしている事が多かった。シグルドの事はともかく……、恐らくは、どちらも無自覚。

 魔王は楽しそうな笑みを零し、仕事中の軽食に手を伸ばす。


「で? そちらの準備はいかがですか?」


『明後日にはそっちに送る。面倒事が起きるだろうが、頼む』


「ふふ、お気になさらずに。ラジエル殿の頼みは、私の父からの頼みのようなものですからね。いつだって喜んでお引き受けしますよ」


 先代の魔王は、退位と共に辺境へと夫婦揃って移住し、今はのんびりと隠居暮らしだ。

 そして、ラジエルは父の……、いや、代々続いてきた魔王達の友であり、兄のような存在。

 現魔王も、幼い頃にラジエルと出会い、それ以降、何かと関わっては面倒をみてもらってきた。

 今は妻となっている王妃に関しても、ラジエルが尽力してくれたからこそ、幸せを手にする事が出来たのだから。


「兄さんは、ほんと~に面倒見が良いですよねぇ」


『……放置しとくと、俺や部隊の奴らが迷惑するからだっての』


 時折、現魔王が口にする彼への呼び名の変化は、親愛の証だ。

 ラジエルが世話を焼くほどに目をかけているのだ。その点でもシグルドは合格点以上。

 まぁ、娘を取られそうで寂しくもあるのだが、いつまでも父親が娘の世話を焼くわけにもいかない。

 シャルロットが心を預け、安心して生きていけるように……。

 シグルドが、娘の片翼になってくれれば、自分の背負っている重荷も少しは軽くなってくれる事だろう。


『……あぁ、そうだ。ミカちゃんがま~た秘書寂しさにへこんでるから、また里帰りしてくれるように頼んどいてくれよ』


「あ~、……ミカエル殿、ですか。……ウチの奥さんの事猫っ可愛がりしてますからねぇ。迂闊に里帰りさせると、……監禁でもされそうで気が進みませんが」


『ラファちゃんとウリちゃんと俺で頑張るからっ!! だからっ、頼む!!』


 大天使ミカエル。妻の元上司。

 現魔王は彼(か)の大天使を嫌ってはいないのだが、逆はアレだ。

 大事な娘を奪われた父親の如き激しさで敵意を剥き出しにしてくるミカエルは、今でも自分と妻の関係を良く思っていない。そして、その態度や愚痴が周囲に勘違いされて、魔界への、魔族への敵意が一部の天使の中で育っている事も、困りごとのひとつだった。

 恐らく、ミカエルの八つ当たりの被害に遭っているのだろう。

 ラジエルの縋るような目に苦笑し、仕方ないなぁと魔王は折れる事にしたのだった。

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