第十一話・姫君の憂鬱と、君の温もり
「はぁ~……」
「姫しゃま、姫しゃま。お客しゃまが」
一週間後。自室で少女漫画を手にぐったりとしていたシャルロットの許に、幼い姿をしている羊角少女、もとい、専属メイドのプリシアがやって来た。
「誰だ……?」
客の名を訪ねるまでもなく、アイツしかいかないなぁと思いながら口にした問いだったが、案の定。
「俺だ」
プリシアが許しの声を貰う前に、シャルロットの胃痛の原因がすぐ傍に降臨してしまった。
すぐ背後に立ったシグルドが背を屈め、その両腕をシャルロットの身体にまわして捕らえる。
すりすりと頬を寄せてくる男を殴りたい衝動もあったが、生憎と抵抗する元気がない。
(このわんこ……、本当に自覚なし、なのか? どう見ても、求あ……、いやいや、考えるのはよそう)
「シャルロット、城下に行こう」
「うぅ~……。断る。今日は具合が悪いんだ」
「たまにあるんでしゅよねぇ……。大丈夫でしゅか? 姫しゃま」
「どういう事だ?」
この身に宿している石のせいで起こる、少々地味にきつい体調不良。
その説明をしようとするプリシアに制止の声を掛ける事は、生憎と出来なかった。
「姫しゃまは特異体質でしゅので、何ヶ月かに一度体調を崩すんでしゅ。悪い時は、何日も寝たきりになる事もありまちて」
「……石のせい、なのか?」
鋭い。まぁ、プリシアの特殊体質という説明で、普通にわかる事なのだが……。
シグルドは動く元気もないシャルロットを見下ろし、すぐに行動に出た。
「休んだ方がいい」
「ぅ、わっ。こ、こら……。やめ、……うぅ」
力強い腕力に抱き上げられ、所謂姫抱っこをされたシャルロットは、抗う力もなく寝台に運ばれてしまった。
室内にあった椅子を寝台の、枕もとの側に置いたシグルドが腰を下ろし、ポンポンと毛布を掛けたシャルロットの胸を叩く。
「無理は良くない」
「……寝ていても、暇なんだよ」
「暇でも、休息の為だから仕方ない」
「う~……」
近付けてはいけない相手なのに、……その心配そうな眼差しが、自分を見る気配が優しいなぁと思ったりしてしまうのは、……身体が弱っているから、なのだろう。
この一週間、魔界を訪れた時から途絶える事のない、シグルドの訪問。
二人で王都を散策したいと言い出したり、それを断ると、魔王陛下直筆の『おもてなしカード』での強制力を発動されたり……。シャルロットが愛読している漫画の事を聞かれたり、部屋にあるそれらを発見されたり、……挙句の果てには、向こうの世界で使われている文字まで教える羽目になったり、と。
拒むどころか、着々と関係を育まれて距離を詰められているような気がしてならない。
父親と母親に事情を説明しに行っても、「逃げてばかりでは駄目だよ?」と、何故かシグルドの肩ばかり持たれてしまう結果に。何故だ……、娘よりも、天界のでかわんこの方が良いとでもいうのか!?
だが、シグルドは自分の両親に好かれている。それは、食事の席にこの男が同席する度にシャルロットを焦らせている、恐ろしい事実でもあった。
母親である王妃曰く、「わんちゃんには優しくしてあげなさい」と、動物愛護精神で説かれ、父親である魔王からは、「シグルド殿は信頼出来るわんこ、ごほんっ、青年だと思うよ」と、こちらも以下同文。
専属メイドのプリシアさえもが、シグルドの男らしさと美しさ……、いや、賄賂のように与えられる菓子類で懐柔されてしまっている始末だ。
「シグルド君……。悪いが、今日は」
「傍で看病する」
「……私は、一人がいいんだ。でないと、……好きな漫画も、読めない」
「起き上がるのもきついはずだ。俺が声に出して読んでやるから」
「羞恥プレイはノーサンキューだ!!」
少女漫画の音読など、自分でもやらないのに、シグルドにそれをされてしまったら、内容の恥ずかしさに昇天してしまう!! あと、男の少女声など聴きたくもない!!
全力で拒むシャルロットに、シグルドは残念そうな顔をしながらその両手を毛布の中に差し入れてくる。
大きな手が、あたたかな感触が、力を失くしているシャルロットの左手を包み込む。
(あったかい、なぁ……)
弱っているところに付け込んでいる……、わけではないのだろう。
シグルドは心からシャルロットの事を案じ、支えになろうとしてくれている。
純粋で、……一途で、優しい、……。
「姫しゃま、お薬でしゅ!」
「俺が飲ませよう」
寝室に駆け込んできたプリシアから水と薬の載った銀トレイを受け取り、シグルドが傍に戻ってくる。
「起き上がれるか?」
「……ちょっと、む、――いや、大丈夫だ。死んでも起き上がってみせる」
気を変えたのは、このでかわんこが「じゃあ、口移しでいいな」と言い出すのを防ぐ為だ。
こいつならやる。絶対にお約束展開を裏切らずにやる!! 絶対的な自信がシャルロットにはあった。
だが、シャルロットの先読みになど気付かず、シグルドは彼女の支えとなって身を起させ、開いた包み紙の中の粉薬を口元に運んでくる。
「ん……」
……魔王陛下お抱えの薬師が調合した薬は苦く、水で飲み下しても味が後に残ってしまう。
だが、これを呑めば少しは楽になる。
強大な力を秘めた石を宿し、この世に生まれてきた自分の宿命。
石を狙う者と対峙する事、時折、支障を来す身体。次期魔王候補としての立場。
それらを忘れていられるのは、人間界での日々だった。
ただのシャルロットとして世界を巡り、その地の人々と関り、気楽な日々を過ごす。
たまに居場所がバレて石を狙う者達と戦う事もあるが、……シャルロットは籠の中の鳥でいる事を拒んだ。
たとえ危険を犯してでも、自由な世界で羽ばたいていたい。
生きていると、そう、実感したかったのだ。
心配してくれている両親や家族、王宮の者達には悪いが……、これだけは、譲る事が出来ないから。
「少し眠るといい」
「……そう、だな」
シグルドの前で意識を失う事を良しとは思わなかったが、自分の手を包み込む優しい温もりに……、不思議と頼もしい安堵の情が全身へと広がっていくのを感じてしまう。
幼い頃は両親達が傍に寄り添ってくれていたが、成長と共に一人で我慢する事を望むようになった。
いつまでも甘えていてはいけない。一人で、生きて行けるようにならなくては、と。
だが、……。
「シグルド、……君」
「傍にいる。お前が悪夢を見る事がないように」
それは、頼もしい護衛だ。……これなら、きっと、良い、夢が……。
ぎゅっと力の籠った場所から症状に立ち向かう力が流れ込んでくるかのような心地を覚えながら、シャルロットは笑みを浮かべて眠りに就いた。
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