第7話 流血

 「貴様、何をしている?」

 口髭を蓄えたモンゴル系の大男が菅野に向けて、小銃を構えている。隣にいたはずの転校生がおらず、僕は慌てて菅野の傍に行き、恐る恐る大男に声をかける。

 「どうかされましたか?」

 大男は冷たい目で僕を見下ろす。

 「関係のない者が首を突っ込むな。さもなければ、おまえにも死ぬぞ。」

 大男の威圧感に腰が引け、毛が逆立つ感覚に襲われる。大男は菅野の方に向き直し尋問を続けるが、菅野は上の空といった感じで、虚空を見つめている。

 「貴様、時計型携帯端末を使って、外部と連絡を取ろうとしたな。今すぐ死にたくなければ来い。」

 菅野の目は、相変わらず正気を失っているようであり、言われるがままに付いて行こうとしてしまう。

 「待ってく…ください。」

 自分の声に驚くも、菅野を守りたいという思いに嘘をつくのは不可能であった。

 「僕は菅野 … そいつのことが心配で、ずっとそいつを見ていました。ですが、時計をいじってはいませんでしたし、そいつには自らの危険を冒してまで、わざわざ外部と連絡を取ろうとする理由がないはずです。」

 震える声は己の必死さを物語っており、真摯に訴える以外に方法も見当たらない。

 「証拠はどこにある?こやつが外部と連絡を取ろうとしていないという証拠は?!疑わしきは死だ。下らぬ意見に耳を傾けているほど、我らに時間はない。それとも、お前がこやつの身代わりになるとでも言うのか?」

 大男は、冷静かつ冷酷な雰囲気を纏っている。

 「菅野をどうする気ですか?」

 「質問を質問で返すとは良い度胸だ。ならば再度、問い直そう。お前が代わりに死ぬか?」

 僕は菅野を見捨てたくないという思いと目の前だ銃を構える大男に対する恐怖との間で苦悩するほかなかった。

 「どうなんだ?」

 敵の銃口は、菅野から僕へと向けられる。


 「面白そうじゃない。その子の願い、叶えてあげるのも良い暇潰しになるわよ、アルサラン。」

 驚いたことに突然、美しくも恐ろしい女性が僕らの会話に割り込んで来た。その女性は、見たところによると僕らと同年代位であるにもかかわらず、非常に堂々としており、かつ狂気に満ち溢れている。

 「イリヤ。この件は貴様の管轄外だ。面倒になるから貴様は話に入ってくるな。」

 大男は露骨に不快な顔を見せる。

 「そう言われると思ったけど、管轄外というわけでもないのよ。あんた今、その女を12時間後に殺す1人として考えていたんじゃないの?」

 「もし、そうだとしたら、どうした?貴様は何が言いたい?」

 「さっき、12時間後に殺す1人を決めることに関しては、ワタシがマキシムから任されたの。だから、もしその女を殺したいなら、今ここで殺して。」

 「……そういうことか。」

 僕と菅野に死が迫っており、狂気の女性は救世主でなく、死神であった。


 「待ってくれ!!」

 トイレから戻ってきた大粋が、僕らの間に入り、必死の声を上げてくれる。

 「あなた方に今ここで誰かを殺すメリットはないはずだ。殺した所で死体の処理も大変だろうし、交渉がすぐ受け入れられるとも限らない以上、多めに人質を残しておくのに越したことはないんじゃな…。」



  シュパ ……… 。



 銃弾は大粋の足元から数センチの床に着弾する。いきなり発射された銃弾に対する驚き、迫り来る死への恐怖、そして大粋まで巻き込んでしまった申し訳なさの念が入り混じった感情の中、僕は深呼吸をして、何とか身体の震えを抑えようと試みる。

 「馬鹿か、1人2人死んだところで大差などない。ガキの戯れ言に耳を傾ける暇はないと言ったはずだ。口答えする奴は全員まとめて殺す。」

 大男の低く冷たい声と冷徹な視線は、僕らに死という絶対的な恐怖を突き付ける。

 「そうね、2人も3人も一緒っていうしね。てか、むしろ皆で仲良く死んだ方が幸せよ。」

 悪魔のような笑い声をあげた女性の銃口が大粋の方へと向く。

 「待てよ。最初に歯向かったのは自分だ。殺る(やる)順序を間違えるなよ。」

 死に怯えて裏返る僕の声が体育館内に響いていく。

 「良い台詞ね。お望みとあらば。」



    パシュッ  … … … … … … 

           イ ヤ ァ イ キ ャ ア ー ー ー ー ー ー ー


 サイレンサー付きの銃の乾いた音に遅れて、周りの人たちの叫び声が聞こえる。せせら笑う女の狂おしい瞳に僕の身体は引き寄せられて、膝から崩れ落ちる。左腕を押さえる右手の指の間からはマグマのような血液が流れ落ちる。腕は噴火したかの如く脈打ち、心臓が生死の在り処は今ここにあると示してくれている。

 僕は力を振り絞って、左腕を心臓より上に持ち上げると、綺麗な赤色が僕の頬に、僕の額に降り注ぐ。ゆっくりと視界が迫っていくの感じながら、僕は自らの死を覚悟した。


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