ようこそセイリオスホテルへ

懐中時計

榎本さんのお話

第1話

 本当についていない。ここ最近は特にそうだ。

 俺は駅の電光掲示板を見上げながらため息をついてそう思った。そこには電車の運転見合わせを告げる赤々とした文字が横に流れていた。原因は簡単、夏の夕立にしては盛大すぎる嵐のせいだ。嵐というよりはスコールと呼んだほうが的確な気もするが。

 まあ、それはともかく。俺はまたため息をついて、いい加減額に張り付いて鬱陶しい前髪をかき上げた。それから、風に煽られて全く使い物にならなくなってしまった折り畳み傘を荷物共々抱える。濡れ鼠もここまで来ると笑うしかない。

 かねがね思っていたことではあるが、電車というのは簡単に雨風で止まるから厄介だ。出先でこういう目に遭うとなかなかに堪える。しかも内容の芳しくない出張だったときはその効果も2割増しだ。

 (はぁ……ひとまず、明日は出社遅刻確定だな。これじゃあどうしようもない。)

 もう夜も遅いが、とりあえず上司に連絡を入れる。幸い、まだ社に残っていたようで事情を説明するとわかってくれたようだった。

 『ま、事情を分かった。』

 「すみません……なるべく早く戻れるようにします。」

 『あぁ、それはいいさ。仕方ないからな。気をつけて戻ってこいよ。』

 「はい、ありがとうございます。」

 失礼します、と電話を切る。それと同時に、どっと疲れが出てきた。雨を吸って肌に貼りつく服が気持ち悪い。

 (とにかく、どこかで宿を取らないと……。)

 駅の構内で壁に背を預けて寝るのだけは勘弁願いたい。ただそれだけを思いながら、俺は鉛みたいに重くなってしまった足を叱咤して歩き出した。

 この不運続きで、宿まで取れなくなったら本格的に立ち直れなくなりそうだ。一抹の不安渦巻く胸中には、あえて目を向けないことにした。


 果たして、その不安は的中した。駅付近のビジネスホテルは全敗だった。他のビジネスマンたちは、俺がぼんやりしている間に早々に押さえてしまったらしい。

 「今日は、厄日か何かなのか……?」

 俺は今しがた惨敗を喫したビジネスホテルのロビーで思わずぼやいていた。もはやため息も出ない。気力だけで携帯をとりだしてこの周辺の地図を開けると、ホテルの検索をかけた。もう何度目かの操作だ。

 ビジネスホテルがだめとなると、多少高くついても普通のホテルに泊まるしかないのだろうか。そんなことを思いながら、周辺をサーチしていたそのときだった。

 そのホテルの名前が目に飛び込んできたのは。

 「……セイリオス、ホテル……?」

 聞いたことのない名前だったから、小さなホテルだろうことは想像がつく。店の外観写真もないし、値段もわからない。わかるのは、ここから徒歩でたどり着けることだけだ。

 (……賭けだなあ……。)

 けれども、背に腹は代えられない。俺はひとつ深呼吸すると、荷物をひっつかんで一歩を踏み出した。

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