竜の食卓 ※
※第四部「13.絆」の後の一幕
まぶしい黄金色の光を浴びながら、傭兵たちはせわしなく動き回っている。両腕に皿の山を抱えようとした一人をラリーが大慌てで止めているのを見つけて、セシリアは苦笑した。彼女が見ている中で、黒い髪の優しげな少年が二人の間に割って入り、皿の一部を取り上げて運んでゆく。相変わらず甲斐甲斐しく働く弟分に、男たちは優しさ半分からかい半分の視線を向けていた。
ファイネ近郊で暴走した
よし、と一人で腕まくりをしたセシリアは、しかしそこで動きを止めた。先ほど、皿を運んでいった少年を見て、漠然とした不安にかられたのだった。わずかに顔をしかめたセシリアは、視線を巡らせた先に、銀髪を揺らす美しい女性の姿を見つける。
「あの、すみません。マリエット、さん」
呼びかけるのにためらってしまったのは、彼女とあまり話したことがないからだった。けれど、彼女の戸惑いをよそに、槍使いの女性は優雅な
「あら、セシリアさん。ひょっとして、いけないところがあったかしら」
マリエットの言葉に首をかしげたセシリアは、しかし次には「いえいえ」と慌てて手を振る。食卓の準備中に、厨房を取り仕切っている彼女に呼ばれたものだから、間違いや不備があるのでは、と思ってしまったらしい。申し訳なさを感じながらも、セシリアは改めて、口を開いた。
「マリエットさんは、確か、竜の研究をしていらっしゃるんですよね」
「ええ」
「でしたらあの、ひとつ訊きたいことが……」
意識しないうちに、声が潜められる。マリエットは少女のように小首をかしげ、「何かしら」とささやいた。セシリアは思いきって、
「竜って……何を食べるんですか?」
――青銀髪の女性は、一瞬、本気で意味がわからない、というように、目を見開いた。けれど、セシリアが言いなおす前に相好を崩し、声を立てて笑いだす。
「なるほど、ディランのことね?」
ずばり言いあてられたセシリアは、頬を押さえて沈黙した。
先ほどからよく動きまわっているあの少年は、どうやら、記憶を封じて人間の姿をとっていた
マリエットはあくまで、楽しそうに笑ったまま、セシリアを見る。
「ねえ、彼がここにいたときは、どうだったの? 好き嫌いはあった?」
「いえ。猫舌なのか、熱いのは苦手だったみたいですけど、好き嫌いはなかったです。でも、それはあくまで自分を人間と思いこんでたからなんじゃないか、って思って……」
「なるほどね」くすくすと笑ったマリエットは、得意気に右の人さし指を一本、立てた。怜悧な光を帯びた緑色の瞳に自分の顔が映りこんだのを見て、セシリアはたじろぐ。
「じゃあ、答えを教えてあげましょう」
彼女は、そうして歌うように、言った。
「竜はね――なんでも食べられるけど、基本的にはなにも食べないの」
「は……?」
漏れ出た声が自分のものだと気づくのに、少し時間を要した。呆然と女性を見返していたセシリアは、隣に一人、小さな人影が近づいてきたことに気づかない。
「なんの話をしてるんですか?」
子どもの声に飛び上がって、見下ろせば、男の子が立っている。ハシバミ色の双眸をきらめかせている彼もまた、ディランやマリエットと旅路をともにする一人だった。
「あ、レビくん」
「今ね。竜の食事について訊かれたから、教えていたのよ」
「竜の食事? そういえば、ぼくもよく知らないです」
レビは興味津々とばかりに身を乗り出す。マリエットが得意気に先ほどの言葉を繰り返すと、彼もまた、きょとんと首をかしげた。ただ、セシリアほど驚いていないのは、
「どういう意味ですか? なんでも食べられるけどなにも食べない、って」
「正確に言えば、なにも食べる必要がない、ね。ディランもそうだけど、あくまで付き合いや楽しみとして食事をする竜はいるわ」
今まであまたの竜をその目で観察してきたであろう、槍使いの女性は、淡々と続ける。
「竜は本来、活動するための力を、自分の性質に近い自然物からとりこむの。水竜なら雨や雲、
「なるほど、だからほかの動植物を食べる必要がないんですね」
「ええ。炎竜は、水分をとる必要もないみたいね。むしろ、水が苦手みたい」
それを聞いて、セシリアはぴんときた。
「もしかして、ディランが猫舌だったのって……」
緑の目が笑う。そのとおり、と声なき言葉が語っていた。熱い物を口にしづらかったのは、単純に猫舌だったのではなく、水と反対の、熱の性質が苦手だったからなのだ。そう聞くと、急にすっきりした気分になる。「『食事』をするときは、人間と同じものを食べるから、ふだんどおりの料理を出して大丈夫よ」ともいわれ、ようやくセシリアは、安堵の笑みを浮かべた。
「安心しました。教えてくださってありがとうございます、マリエットさん」
「どういたしまして。頑張って作ってね。きっと、彼も楽しみにしているわ」
からかう様子もない言葉をなげかけられたセシリアは、はにかみつつもほほ笑んで、うなずいた。
ほのぼのと笑いあう女性たちをながめていたレビ少年は、しかし、ふと目を瞬いた。
「光竜は日光を取り入れる……お日様で育つって、植物みたいだなあ」
※
クレティオは、ぶるりと身を震わせる。動きに合わせ、りんぷんのような光の粉が舞い、消えた。
『クレティオ様、どうなさいましたか? ひょっとして、狩人が近くに?』
『……いや』
『なんか今、ものすごくつっこみを入れたい気分になったんだけど、どうしてかな』
『つっこみって……何に対してです?』
『わかんない。ま、いいや、多分気のせいだし』
釈然としない様子ながらも、そう言って伸びをする
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