第80話


「それで今後の話と言うのは?」


 リーダー格の男が口を開く。


「とりあえず停戦をするのが良いと思うわ」


「停戦か」


「そして皆さん全員で、本来居た世界へ帰るのはどうかしら?」


「帰れるのか?」


 男達はざわつくが、その様子を見て杏奈は歩人に発言を促す。


「現時点では、確実とは言えませんけど、可能性はあります」


「本当なのか」


 歩人の言葉に感極まって泣き出す者も現れる。


「それにこのまま戦っても、帰れなければ意味が無いのではないの?」


 杏奈の言葉に、男達は皆黙る。


「お主達もヒンデルグに帰りたいのではないか?」


「違う!」


 オルハンの言葉に男達は険しい表情になり、オルハンも何故そう言われるのか分からず困惑する。


「違うとは?」


「我らは、元々レオルの騎士だ」


「レオルの?」


「我々は家族を人質にとられ、やむなくヒンデルグの言いなりになっている身だ」


「つまり私達を討たねば、家族の命の保障は無いという事か」


 レスティナの声に男達は何故か困惑する。


「どうした?」


 オルハンは男達に尋ねると、男達は眉をひそめる。


「今喋ったのは、あの人形なのか?」


「に、人形ではないっ!」


 レスティナは顔を真っ赤にして怒鳴るが、すぐに歩人になだめられる。一方の男達は恐ろしいものを見るような眼で彼女を見ていた。


「この方こそ、ユークリッド第二皇女レスティナ様でありますよ」


「こ、この方が?」


「今の身体はヒンデルグの魔術師、ヨシュアの仕業によるものです」


 クロエの言葉に、男達の表情は沈んでいく。


「あの魔術師か」


「聞いた所によりますと、レオルの民はあの男に酷い眼に合わされているとか」


 男達の握り拳に力がかかり震えだす。


「あの男が全ての元凶である事は、間違いありません」


「そう、レオルに進行してきた際も、人外の者達を用い急襲してきました」


「人外?」


「ええ、魔物の群れです」


「前線では見ていないぞ」


「その時はまだ、魔物を召還出来る範囲が限られているという話を聞きました」


「その時?」


「いずれ大陸のどこにいても召還出来るようになると」


「よくその様な話が聞けましたね」


「あのヨシュアという男は、聞いてもいないのに自分の功績を口にする者ですから」


「ますます小物感が増しました」


 クロエは呆れたように言い放つ。


「しかし、これで更に同盟に参加していない諸侯を説得しやすくなる」


「諸侯と言えば」


 オルハンは杏奈を見る。


「どうしたオルハン」


「思い出したのです。ワシが杏奈様とお会いした時の事を」


 その言葉に杏奈は、何か諦めたような表情を見せる。


「あれは、21年前の事です」


 オルハンの話によると、当時ユークリッドと隣国であるネグレスは戦争状態にあったものの、大陸中に蔓延し始めた流行り病により、前ユークリッド皇帝をはじめ多くの犠牲者が出た事から、皇帝を継承した現ユークリッド皇帝ノーラン主導で和平へ方針変換し、ネグレスもそれを受け入れる事になったという。


「ワシもノーラン様の随員として、共にネグレスの王都に何度も赴いたのですが、その時に杏奈様とお会いしていたのだ」


「え、どういう事?」


 歩人はオルハンと、杏奈を交互に見る。


「この方はネグレス第一王女アンナ・フォーリア・ネグレス様。で、よろしいですよね」


 オルハンがそう告げると、杏奈は溜息を吐くが、その表情はどこか晴れ晴れとしている。


「待って下さい。という事はラシーニャ湖で姿を消したのは杏奈様?」


 クロエは思わず立ち上がる。


「そ、そういう事に、なるのかな」


 ばつが悪そうな表情で笑う杏奈を、歩人は怪訝そうに見つめる。


「あ、あのね歩人、隠していたのは本当に悪いと思っているの、でもお父さんと決めた事だし」


 そこで、杏奈の顔色が蒼白になっていく。


「ど、どうしよう」


「母さん?」


「母さん、魔術を使ってはいけないという約束を破っちゃった」


 杏奈は急に頭を抱え座り込み、周囲の者達は何事かと杏奈を見る。


「ちょっと、母さん」


 結局、杏奈が回復する事は無く、今後の事を話し合うどころではなくなり、そのまま解散となった。

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