第20話 春遠からじ
あの日から私の人生は味気の無いものに変わり果ててしまった。
本当に短い間だったけれど私にとって掛替えの無いものになっていた。
それを失ってしまった代償は大きく取り戻す為の対価も思いつかない……
まるで機械仕掛けの人形の様に過ごしている。
機械仕掛けの人形の方がましなのかも知れない。
人形なら何も考えられないのだから。
世界から色が失せてまるで白黒の世界に佇んでいるようで。
それでもバレンタインデーには彼から教わったフォンダンショコラを作ってみた。
作ってみたが捨てる事も出来ずに屋敷の皆に渡すと複雑そうな表情でありがとうと言ってくれた。
彼と二人で過ごした最後の思い出の甘くほろ苦いフォンダンショコラ……
思い出になんてなっていない、まるで昨日の事のように蘇ってくる。
でも彼はもうこの世に存在しない。
私を庇い私の目の前からまるで煙の様に消えてしまった。
竜ヶ崎霧華も彼が消えた直後に姿を晦まし消息は掴めていない。
あの日以来、父とは一言も口を利いていない。
巨額の融資を受けられ会社が急成長して忙しく顔を合わす事もほとんど無いのも理由かもしれない。
そして父の代わりにオルコが常に屋敷にいて私を監視している。
庭にある大きな桜の木も花を咲かせ散り始めている。
学院には数回顔を出したけれど私はとても不安定で感情をコントロール出来ずに、誰かの携帯の着ウタでメイズの『君に届け』が流れそれを聞いただけで泣き出してしまい。
皆に迷惑が掛かると思い学院には行かなくなってしまった。
進学や卒業なんてどうでもいい事に思えてしまう。
時々、霞ちゃんが菜露ちゃんを連れて屋敷に顔を出してくれて学院の事を話してくれる。
二人は決して彼の名前を口に出さなかった。
特に菜露ちゃんは彼を慕って時には兄妹の様に接していたのだから辛くない筈は無いのに、私に気を使ってくれているのだろうか。
春の日差しが温かい。
寒さが薄まるにつれて私の心は冷え切っていく。
自分でも何をしているのか判らない状態になり。
気がつくと屋敷の中で紅雀を無意識に取り出していた。
突然、人影が視界に入り紅雀を払い除けられてしまった。
驚いて顔を上げるとオルコが傍にいて手から血を流している、どうやら紅雀を素手で触った……
血が流れている?
何処からか着信音が聞こえ、オルコが携帯を取り出し聞きなれない言葉で会話をしている。
私が顔を上げると腕を掴まれた。
「一緒に来い」
冷たい言葉で言われ力なく引き摺られる様にオルコに従うことしか出来ない。
何処をどう歩いたのか辺りを見渡すとそこは鳴らずの教会の前だった。
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