第17話 ラスト・バレンタイン

バレンタインが数日後に控えた日に俺は親父の店であるスイーツ&カフェ『Nero e bianco』に来ていた。

午前中にスタッフでの試食会を終わらせ午後のプライベートな試食会の為に準備をしている。

基本は押さえ創作したものを組み合わせる。


周りではスタッフ達が興味津々で覗き込んでいる。

3人が到着してミーティングルームに案内したと連絡を受けてから仕上げの作業に取り掛かる。

白い取っ手付きのスープカップに入った蕩けるプリンやアレンジのパンプキンプリンに、小皿には薄く丸く固めたパンナコッタの中央にはアプリコットの半割が収まり目玉焼きを模している。

それにコース料理のメイン皿に盛られたドルチェを運んでもらう。

ミーティングルームに向かうと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

「ハル君、お疲れ様」

「マジで疲れた。朝からずっとだからな」

「それで、これがあのフォンダンショコラなの?」

「型を薄い小判型にしてあるんだ」

大きなメイン皿にはガルニ(付け合せ)の代わりにマンゴとバニラアイスに皮を剥いたマスカットが盛られてメインになる小ぶりのフォンダンショコラに生クリームが盛られている。

ナイフでフォンダンショコラを切ると中から熱々のチョコレートが出てきて生クリームを絡めながら食べる。

「うわぁ、美味しい」

「だろ、今回のバレンタインのメインに出そうと思うんだ」

「凄いなぁ」

「亀梨、こっちのは何だ?」

霞の目の前にある皿にはガルニにオレンジの実の部分とバニラアイスにキウイフルーツが乗っている。

そしてメインには茶色い焼き菓子と濃いオレンジ色のソースが掛けられている。

「それはサバランのアレンジだ。中に生クリームと季節のフルーツがサンドされていて、そのソースはブラッドオレンジのソースだよ」

「うおぉ、ラム酒が効いていて美味い。それにこのオレンジのソースの酸味がまたいい感じだ」

「それとこのカラメルが絡めてあるパンも美味いぞ」

「シューブレッドだよ。『Nero e bianco』のオリジナルレシピだからな」

菜露はお皿に盛ってある黄色い楕円形のケーキを不思議そうな顔をして指で突いていた。

「柔らかいよ。晴海」

「ナイフで切ってごらん」

菜露が恐る恐るナイフで切ると中からカスタードクリームとフルーツが出てきた。

「オムレツだ」

「クレープ生地に生クリームを塗ってスポンジケーキを重ねて中にフルーツグラタンを仕込んで巻き上げると出来上がりだよ。型を整えるのにコツがいるけどな。熱いから気をつけて食べろよ」

「うん。それにこのソースが美味しい」

「ブラッドオレンジのソースに生クリームを混ぜた物だよ」

いつものブラックティーを飲みながら質問に答え説明を一通りしていく。

すると菜露と霞が俺の顔を見ているのに気がついた。

「2人とも俺の顔に何か着いているのか?」

「いや、なんとなく普段と違うと言うか」

「美雨先輩を見ている晴海の顔が真剣に見えて」

「まぁ、良いだろそんな事は。今は女の子にとって大切なスイーツを堪能してくれ」

普段とは違うか付き合いが長い菜露ならともかく霞にまで判ってしまうくらい今日の俺は美雨先輩を愛しそうに見ているのかもしれない。

付き合いが短くても毎日の様に今日までは一緒に過ごしてきたからかもしれないな。


駅前で霞と菜露と別れ、美雨先輩は駅で良いよと言ったが今日はもう少し一緒にいたかった。

電車に一緒に乗り家の近所まで送ることにする。

『Nero e bianco』を出るともうあたりは暗くなり街にはネオンが輝いている。

美雨先輩の家には行った事は無いが大体の場所は把握している。

住宅街を歩いていると俺が住んでいるマンションの近くにある公園と同じくらいの公園があった。

「ハル君、少しだけ寄り道しても良いかな」

「構わないけど」

「それじゃ」

そう言いながら美雨先輩に手を引かれて公園に歩いていく。

ベンチに座ると二人の間に沈黙が流れた。

「あのね、ハル君。なんでハル君は私に対して一線を引いているの」

「そんなつもりは無いよ」

「嘘つき、だってハル君はキスもしてくれないじゃない」

「しただろ」

「アメフトの試合の時だけだよね」

本当にこの人には適わないと思う。

それとも俺が未熟なのか徹してきれていないのが原因なのだろう。

しかし、ここまで来たらもう引き返すことは出来ないエンディングは目の前に来ている。

「戸惑っていると言うのが本心です。俺は美雨先輩と出会い幼い頃に無くした筈の記憶を取り戻せたから」

「それって……」

「俺は……」

「俺達は無用な者を排除する為に存在する」

俺の言葉に冷血な男の声が重ねられた。


顔を上げると冷たい眼差しが突き刺さる。

切り裂かれそうなと言った方が判りやすいかもしれない。

俺と美雨先輩が座るベンチから少し離れた所にスーツ姿の長身の男が立っている。

「やはり来たか、ディーノ・オルコ。俺達と同じヴァンプの一族だよな、あんたも」

「答える必要は無い。無用な邪魔者は排除する」

「な、何を言っているの?」

「君には忠告したはずだ、この男と関わるなと。婚約者がありながらどう言う事なのかな?」

「私の恋人はハル君だけ。あなたは父が決めた婚約者であって私は認めない」

「手遅れだ、これは決定事項なのだよ。私が婚約者なのも、その男がこの世から消え去ることも」

「止めて!」

美雨先輩が立ち上がりオルコに向かおうとするのを制した瞬間に俺の体は数メートル吹き飛んでいた。

その速さは人狼である霞を軽く凌駕している。

それでも何とか耐える事が出来るのはパンチの重さの違いだろう。

立ち上がると既に目の前に男が現れかわす間もなく吹き飛ばされる。

「あなたは一体、何者なの?」

「私はあなたの婚約者であり。あなたの一族の力を高める為に選ばれた金色の瞳の者ですよ」

「そんな」


男の瞳が黄色く光っている美雨先輩は瞬時にこの状態を理解したのだろう。

どう足掻いても絶対的な力を持つ金色の瞳の者には適うわけが無く。

為す術が無い事を、俺が力を放出するまでも無く力を根こそぎ奪われていく。

体を治癒していくスピードが追いつかないくらいオルコは攻撃の手を緩めない。

すると公園に低い声がした。

「もう、良かろう。連れて行け」

「畏まりました」

意識が朦朧とする視線の先に白髪交じりの髪の毛を後ろに流した枯茶色の着物に羽織を羽織った、40代後半くらいの男の姿が見え美雨先輩が詰め寄っていき若い衆に車に押し込まれてしまう。

そこで俺の意識が途絶えた。

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