第25話 なんだか凄い事になっちゃったね

大きな赤瓦屋が見えてくる。

車を敷地の駐車場に入れて荷物を持って珊瑚の石垣の前をとおり屋敷の庭に入り縁側に向って声をかける。

「平良おばぁ、ただいま」

「あぃ、あぃ、今年も来たね。瑞貴ぃ、大きくなったねぇ?」

「あはは、おばぁ。もう大きくはならないよ」

「はっしぇ、今年は大勢さんだねぇ」

「何だか人数が増えちゃって、ゴメンね」

「なんくるないさぁ。1人も2人も一緒。大勢の方が、しに楽しいさぁ」

三番座に荷物を置いて一休みしていると平良おばぁの娘さんの寿美子ネェがやってきた。

「あぃ、もう着いたね。はぁ~瑞貴ぃはなんで声かけないかねぇ」

「あっ、ごめん。今、来た所だから」

「お茶でもだそうねぇ」

そう言いながら寿美子ネェは台所に行きよく冷えたサンピン茶とサーターアンダギーを出してくれた。

「皆さん、会社の人ねぇ?」

「うん、双葉さんに御手洗さんに一ノ瀬さんと同僚の藤堂」

「宜しくお願いします」

それぞれが挨拶をした。

「瑞貴ぃが2人って言うから布団用意してないさぁ」

「ああ、平気、平気。自分達で乾して準備するから。押入れに入っているんでしょ」

「いやぁ、お客さんに悪いさぁ」

「気にしないで良いよな、藤堂」

藤堂の脇を小突くと藤堂が立ち上がり照れたように頭を下げた。こんな時の営業マンだろうが。

「すいませんでした。急に大勢で押しかけちゃって。自分達でしますので気にしないで下さい」

「そうねぇ、それじゃ、おばさんは買い物に行こうかねぇ」

「寿美子ネェ、俺が行ってくるよ。メモに書いてくれる?」

「助かるさぁ。その前にする事があるでしょう、瑞貴ぃは」

「あはは、そうだった。皆に紹介しておくね。平良おばぁは僕の母の親戚で寿美子ネェは平良おばぁの娘さんで子どもの頃からここに来ると良く遊んでもらっていたんだ」

「それにしても綺麗な人ばっかりだねぇ」

「あはは、僕の会社の秘書課の3大美女だからね」

寿美子ネェからメモを受け取り一ノ瀬さんに声をかけた。

「一ノ瀬さん、買い物に行くから付き合って」

「えっ、はーい」

藤堂に一番座と二番座の押入れから布団を出して石垣の上で乾して置くように伝えてから屋敷を後にした。

車を出して来た道を戻る。


「なんだか凄い事になっちゃったね」

「良いんじゃない。皆には色々とお世話になっているんだし」

「へぇ~ 私はてっきり後輩君が拗ねているのかと思っちゃった」

「俺は、先輩が楽しく過ごしてくれているのが嬉しいからね。まぁ、2人きりで旅行もしたかったけど旅は道連れだからね」

「ありがとう、私も瑞貴君と2人が良いけど秘書課の皆と泊りがけで旅行なんて初めてだから」

「そうか、社員旅行とかも中々都合がつかないみたいだもんね」

寿美子ネェのメモを見ながらスーパーで買い物をしていると一ノ瀬さんが腕を組んできた。

「う、うわぁ!」

「何でそんなに驚くかなぁ」

「いや、急にそんなに大胆になられても」

「腕組むことが大胆なの?」

「まぁ、違う気もするけどさぁ」

「良いじゃん、ここなら誰かに見られる心配も無いんだし」

「そうだね」

一ノ瀬さんの顔を見るととても嬉しそうだった。


買い物を済ませて宿に戻ると藤堂が縁側で大の字になっていた。

とりあえず買い物してきた物を台所に居る寿美子ネェに渡した。

「藤堂。双葉さんと御手洗さんは?」

「散歩に行くって出て行ったぞ」

「で、3日間着たおしたワイシャツみたいになってるけど」

「人使いが荒い。女に布団なんて重い物を持たせるな、やれ喉が渇いた。それにしても暑い……」

「じゃ、来なければ良かったじゃん」

「そ、そう言う訳……」

深く追求するのは止めた、藤堂の性格は判り切っているつもりだから。

一ノ瀬さんがお茶を持ってきてくれたので藤堂は放置して2人で庭を眺めながらまったりとしていた。

そこに散歩に行っていた双葉さんと御手洗さんが帰ってきた。

「のっち、何も無いんだけど」

「橋を渡れば直ぐに町ですからご自由にどうぞ」

「何だか言葉に棘があるんだけど」

「さぁ、俺が無理やり連れてきた訳じゃないので。可哀相なのはそこで打ち上げられた海月みたいになっている藤堂じゃないかと」

「な、なんでそれを私に言うのよ!」

「別に」

御手洗さんに少しからかった様に言うと御手洗さんが拗ねて、横になっている藤堂の足元に座った。

すると双葉さんが話しかけてきた。

「この島って時間が凄くゆっくり流れている気がするわ」

「離島の離島ですからね、それにあの橋が架かったのも10年位前ですから」

「それまでは船だったのかしら」

「定期便が行き来していましたよ。日に数本だけ」

「野神君は子どもの頃からここに来ていたの?」

「ええ、ここは祖父の家ですから」

そんな事を話していると台所から寿美子ネェの声がした。

「瑞貴ぃ、少し早いけど夕食にするさーね。お昼ごはんもまだでしょう」

「判った、今行く」

俺が返事をするより早く一ノ瀬さんが台所に向っていた。

「私、お手伝いします」

「あぃ、お客さんにそんな事させたら罰が当たるさぁ。瑞貴ぃ、ガサガサよぉ!」

「今、行くよ」


寿美子ネェが作った料理を三番座の丸い座卓に運ぶ。

一ノ瀬さんが手伝ってくれたお陰で夕食の準備が直ぐに整った。

テーブルの上はゴーヤちゃんぷるーや魚のマース煮など沖縄の家庭料理のオンパレードだった。

「それじゃ、後は瑞貴ぃよろしくね」

「うん、寿美子ネェ。ありがとう」

寿美子ネェが表にあった自転車で帰っていった。

「野神君、おばさんはここに住んでいるんじゃないの?」

「集落に自分の家があるから」

「それじゃ、ここは?」

「双葉さん。ここは、民宿みたいな感じで使っているんですよ。家は人が住んでいないと傷みやすいですから」

「でも、のっち。看板なんか出てないじゃない」

「御手洗さん、完全予約制の宿だからです。それも1日1組限定の」

「隠れ家的な宿なんだね」

「いえ、むしろ隠れ家ですかね。口コミでそれもネットでしか予約できない仕組みになっていますから」

「口コミってどう言う事なの、野神君」

「宿泊した事のあるお客様の紹介が無いと利用できないんです」

双葉さんが少し不思議そうな顔をした。

「それじゃ、一般のお客さんは?」

「無理ですね。だから隠れ家なんです。この島は夏場でもあまり観光客は多くないですからね」

「どんな人が利用しているの?」

「国内外の有名どころといったところですかね」

「たとえば」

たとえばと聞かれても直ぐには頭に浮かんでこなかった。

「う~ん、この間までスポルディング監督が泊っていたはずですよ」

「…………」

皆が押し黙りしばらくして絶叫の様な驚きの声が上がった。

スポルディング監督はSF映画の巨匠で彼を知らない人間は世界中探しても居ないくらいの監督だった。

「彼は日本が大好きですからね」

「のっち。あんたね、しれっと言っているけれどとんでもない事を言っているのに気付いているの?」

「やだな、ただの映画監督ですよ」

「はぁ~ のっちが大物に見えてきた」

御手洗さんがガックリとうな垂れて肩を落とした。

「大騒ぎにならないの?」

「こんな小さな島に大物の俳優さんや女優さん、それにそんな偉大な監督が居ると双葉さんは思いますか?」

「普通は考えられないわね。似ている人が居るくらいしか」

「もし大騒ぎになったらこの宿は閉める事を明言してあるんです。だから皆さんお忍びでそれもレンタカーで来ますよ。ここを利用した事がある人は殆どリピーターですから。それと多少でも日本語が出来る人が限定です。なんせ寿美子ネェが仕切るんですから」

皆が不思議そうな顔をしながら俺の話を聞いていた。

俺の横では黙ったままで目を輝かせている一ノ瀬さんが居た。

「他に聞きたい事はありますか? この際だから話しますよ」

「それじゃ、野神君が宿泊の管理をしているの?」

「そうですね。俺が連絡を受けて下調べをして篩いにかけます」

「の、のっち。篩いって……」

「当然です、寿美子ネェやおばぁに迷惑をかける訳にはいきませんから。この家の主は俺なのですから」

「それじゃ、宿泊費って」

「大体、基本3食付で1泊6万くらいですね。高いですかね? 双葉さん」

「妥当じゃないかしら。数人で割れば安いくらい」

「それじゃ、のっち。私達もこれからは利用できるの?」

「う~ん、厳しいかも」

「ま、まさかそれは篩いにかけられて、って事なの?」

「いや、来年まで予約でいっぱいなんですよ」

「へぇ? そんなに人気があるの?」

「長期でスティする人が殆どなので。この時期だけは俺の為に空けてありますけどね」

そう言うと御手洗さんが腕組をして何かを考え込んでいた。

「それじゃ、また一緒に」

「却下です。今回だって羽を伸ばしに来たのに」

「それは凛子とって事なのかしら、野神君?」

「双葉さん、みなまで言わせないで下さいね」

「瑞貴君はお金持ちだったんだ……」

一ノ瀬さんが始めて口を開いた。

「俺の懐には1円も入ってこないですよ。屋敷の修繕費や管理費それに寿美子ネェの手間賃。それに島の為に何割か寄付もしていますから」

「それでも、余裕があるんじゃないの?」

「双葉さん、そのうち島の為に何かしたいんです。今の俺があるのは島のお陰ですからね」


食事も終わり片づけをしていると一ノ瀬さんが手伝ってくれた。

2人で洗い物をする、双葉さん達は交代で風呂に入っていた。

「なんだか凄いな瑞貴君は」

「何がですか? 俺は何も凄くないですよ。この家には沢山の思い出がありますからね、どうしても守りたかったんです。その為の苦肉の策です」

「苦肉の策か、だから夜はパソコンなんだ」

「まぁ、それもありますけどね」

俺と一ノ瀬さんも交代で風呂に入って皆で泡盛を飲んで盛り上がり、夜も更けてきたので寝る事になった。

「野神君はどこで寝るの?」

「俺は裏座で寝ますよ」

「裏座?」

「ええ、この奥に子どもの頃使っていた部屋があるんでそこで寝ます。双葉さん達は1番座と2番座を使ってくださいね」

「凛子はって聞くまでも無いみたいね」

一ノ瀬さんが俺のシャツの裾を握り締めていた。

「それじゃ、後は適当に部屋割りしてください。川の字で寝るも良し。1対2で分かれて寝るも良し。まぁ、分け方は色々ですから。なぁ、藤堂」

ここに着てからあまり話さない藤堂に爆弾を放り込んでみた。

すると案の定、御手洗さんと顔を見合わせていた。

「ええ、それじゃもしかして私だけ1人モノなの?」

「まぁ、仕方が無いんじゃないですか。誰が発起人か知りませんけど」

「花と藤堂君、きっちり話は聞かせてもらうわよ」

この部屋の人達の夜はまだ長そうなので、俺は一ノ瀬さんの手を取って奥の座敷に向った。

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