第22話 お土産

翌日の火曜日は出勤すると直ぐに出張の報告書をパソコンで作り始めた。

「珍しいな。野神が出勤してから報告書を書くなんて」

「京都で力尽きて帰りの新幹線では何もする気が起きなかったんだ」

「相変わらずだったのか?」

「ああ」

「生贄ご苦労」

「生贄言うな」

報告書を仕上げて課の皆へのお土産と共に課長に提出する。

「ご苦労様」

「それじゃ、失礼します」

「おーい、野神からのお土産だ。お茶の時間にでも食べなさい」

俺が課長の席を後にすると、課長が女子社員に土産を渡した。

「うわぁ、おたべの京ばあむだ。流石、野神君はいいセンスしているわね。いただきまーす」

そんな声が聞こえてきた。

書類を取りに席に戻る。

「はぁ~」

「ん? どうしたんだ? 心配事か? 彼女とは上手く行っているんだろ」

「まぁね、でも大変な事になった」

「何だ?」

「あとでな」

藤堂に向い掌をひらひらとさせ直ぐに出張の清算をしに総務に向う。


総務部に入ると目ざとく俺を見つけて同期の宮里が駆け寄ってきた。

「おはよー、サトサト。暇そうだね」

「私はそんな甘ったるい名前じゃないし、暇でもない」

何だか今日は機嫌が悪い? 里美の口調が固かった。

「どうしたの? サトサト」

「野神、あんた私に隠し事してない?」

「別に無いと思うけど」

「最近、彼女が出来たんじゃないの?」

「まぁ、ガールフレンドの1人や2人いてもいいでしょ。それにここは一応職場だからね」

「うう……」

「はい、出張の清算書とお土産」

「お土産?」

「うん、生八っ橋」

「へぶぅ……」

俺が置いた紙袋の陰で宮里の貫手がボディーに突き刺さり、顔を引き攣らせながら耳元で宮里が囁いた。

「今日日、生八っ橋って高校生か? お前は、あん? のっち」

「すんません、エストのマカロン・クリュです。何故、耳元で?」

「一応職場だからね。清算が済んだら連絡するから」

「はい、お願いします」

ズボッと音がしてサトサトが手刀を引き抜いた。


一課に戻ると今度は藤堂が手薬煉を引いて待っていた。

「さぁ、あとでなの話を聞かせてもらおうか」

「会社じゃ、無理」

「それじゃ」

「田澤でも無理」

「はぁ? そんなに大変な事なのか?」

「藤堂の腹が攀じれるぐらい」

と言うわけで、昼休みに俺と藤堂は会社から離れた定食屋に来ていた。

「さって、俺の腹が攀じれるかな?」

「たぶんね」

「で、何があったんだ?」

「押しかけてきた」

「何が?」

「侍が」

「何処に?」

「俺のマンション」

「はぁ??」

全てを話すと藤堂は俺の目の前で腹を抱えて大笑いしていた。

「く、苦しい。息ができねえ」

いっその事止めを刺してやろうかと思ったが、少ない友達が減るのが嫌で思いとどまった。

「はぁ~ で、どうするんだ?」

「どうするも無いだろ、マンションは引き払っちゃったんだし。それにあんな幸せそうな彼女の顔を見たら何も言えねぇだろうが」

「まぁ、愛おしい侍だもんな」

俺は藤堂の言葉に反応せずに溜息をついた。

「本当に心臓が止まるかと思ったんだぞ。俺の母親は……」

「そうだったな、すまん」

「もう、2度とあんな思いはしたくないんだ」

「で、伝えたのか?」

「言えるか? 子どもの様に喜んで嬉しそうにしているのに」

「溜め込むのはお前の悪い癖だぞ」

「ああ、いつか伝えるよ」


その頃、秘書課では……

「あれ? 凛子さんなんかいい匂いがする」

「あら、本当ね。微かだけど」

御手洗さんと双葉さんが凛子の顔を覗きこんだ。

「あぅ、お土産に貰ったんです。京都の練り香水を……」

「へぇ、そうなんだ」

「あっ、お2人にも渡してくれって。野神君からです」

そう言って凛子が可愛らしい包みを2人に差し出した。

「ん、ちゃんと名前まで書いてあるのね」

「それじゃ遠慮なく」

2人が包みを受け取り練り香水を手にした。

「へぇ紫雲だって。この匂いは金木犀かな。双葉さんのは?」

「天の川よ、シトラスフローラルムスクね」

「凛子さんのは?」

「私のは水琴です。フレッシュフローラルアンバーだって言っていました」

「へぇ、お土産はそれだけだったわけじゃないわよね。凛子には」

「食事の後でコムシノワのメープルマドレーヌと林檎の恋って言うお菓子をリビングでお茶をしながら一緒に食べました」

凛子が2人を見ると2人の顔が目の前にあった。

「リビング?」

「あなたのマンションって確か2DKのはずよね」

「あう、その野神君のマンションにゴニョゴニョ……」

凛子から詳細を聞いて大騒ぎしそうになった御手洗さんを双葉さんが御して、凛子に真面目な顔で双葉さんが言い聞かせた。

「あのね、凛子。驚かすにも限度があるんじゃないの?」

「えっ、でも好きに使って良いって……」

「そう言うことを言っているんじゃないの。本当にあなたは野神君の事になると周りが見えなくなっちゃうんだから。もう少し相手の立場になって考えなさい。あなただっていきなり野神君がマンションを引き払っていたらどんな気持ちになるの?」

凛子から血の気が引いた。ただ嬉しくて、驚く顔が見たかっただけなのに……

「わ、私、耐えられない……」

「そうでしょ、彼だって幼い頃にお母さんと辛い別れをしているはずなのに。泣き出してもフォローはしないわよ。罰です」

「はい」

「野神君にきちんと謝る事」

「はい」

「それと凛子がだした休暇届が認可されたわよ」

「はい、ありがとうございます」

「はぁ、はぁん。誕生日か」

御手洗さんが軽く突っ込みを入れた。

「うう、それとお墓参りです。今年からは2人で行こうねって」

「へぇ? それで何て答えたの? 凛子さん」

「花ちゃん? 少し変だと思ったんですけど『はい』って」

「双葉さん! 由々しき問題ですよこれは」

「凛子には『恋の秘書課』が必要かもね」

凛子は訳が判らずうろたえていた。

すると御手洗さんが噛み砕いて説明し始める。

「あのね、凛子さん。良く聞いてね。のっちは『今年は』じゃなく『今年からは』って言ったんだよね」

「ああ! うぅ……」

「大丈夫よ、安心しなさい。野神君はそんなに小さな男じゃないわ」

「本当に大丈夫かなぁ」

御手洗さんが心配そうな顔で凛子を見ていた。


俺が仕事を終えてクロスバイクを取りに行くとそこには一ノ瀬さんのクロスバイクはもう無かった。

俺と自転車通勤する気満載で一ノ瀬さんは俺と色違いのクロスバイクを購入していた。

「ただいま」

「あ、お帰り」

「今日は早かったんだね」

「う、うん」

あれ? 少し普段と違う感じがしたが気にせず普段どおり食事をして他愛の無い会話をして横になる。

横になってからも、何だか違和感を拭えなかった。

「凛子さん?」

声をかけると凛子さんの肩が震えていた。

起き上がり肩にそっと手を置くとピクンと体を振るわせた。

俺に判らないように泣いていた。

「凛子さん、何があったんですか?」

「うわぁーーん。ゴメンなさい、ゴメンなさい……」

突然、俺に抱きついてきてただ謝るだけだった。

「もしかして、俺に何も言わずにマンションを引き払っていた事を謝っているんですか?」

凛子さんが小さく頷いた。

「楽しくて嬉しかったんですよね。それで周りが少し見えなくなっていただけなんですよね。俺は怒ったりしていませんから気にしなくて良いですよ」

「本当に?」

グジュグジュな顔で俺を見上げている。

そんな顔さえ愛しいと思ってしまう。

「でも、あんまり驚かせる事をしないで下さいね。今回は本当に心臓が止まるかと思いましたから」

「うう、ごめんなさい」

「横になりましょう」

俺は凛子さんを抱きしめたまま横になった。

しばらくすると泣き疲れた子どもの様に眠ってしまった。

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