第18話 お前がナイトだな


最近、夕食を一ノ瀬さんのマンションで食べる事が多くなった。

彼女の部屋はフローリングの2DKでカントリー調と言えばいいのだろうか、白や木目が綺麗な家具で統一されていた。

「今日は、和食にしてみました」

「うわぁ、美味そう」

ご飯に味噌汁、それに里芋の煮っ転がしや太刀魚の塩焼きが所狭しと、白木のテーブルの上に並べられている。

「いただきます」

「ん! んめぇ~」

「うふふ、やっぱり子どもみたい」

「子どもの頃はいつも独りで食べていたから、社会に出るまで誰かと食事する事が無かったからね」

一ノ瀬さんの箸が止まって少し緊張した表情になっていた。

「どうしてなの?」

「俺の家は母子家庭で小学校4年の時に事故で母が死んで、突然現れた俺の父親だと言う人に引き取られ、親父だと名乗る人の奥さんと上手くいかなくって。それでいつも食事は自分の部屋で食べていましたから」

「でも、継母さんが食事を作っていたんでしょ」

「いいえ、家政婦さんがいましたから」

「そうなんだ」

空気が重くなり何となく気まずい感じになった。

「そんな事もあって俺、人に家族の事を話すのが苦手で。でも、凛子さんには知って欲しいと思っているんですけど……」

「少しずつでいいから瑞貴君の事を教えてね」

言葉に詰まった俺に一ノ瀬さんは優しく微笑んでくれた。

「そう言えば、最近は仕事の方どうなんですか?」

「なんだか行き詰っている感じかなぁ。あの話は知っているんでしょ」

あの話とはイタリアのブランドとコラボして商品を企画販売する話があるのだが、ブランドが打診してきたのがうちとライバル会社の住倉で今度のプレゼンとその後の会食の話しだった。

そして何でもそこのデザイナーが彗星の如く現れた新進気鋭のデザイナーで、気が難しく気に入らない仕事はしないと言う噂があるくらいで、情報が少なく対応に困っている状態らしかった。

「そうか大変だね」

「うん、情報が少なすぎるんだよね。プレゼン自体は問題無いと思うけれど、その後の会食をうちが任されていて場所は住倉が指定してきたんだけどね。そのレストランはうちも良く使うレストランなんだけどね」

「それってもしかして住倉の中原が一枚噛んでます?」

「えっ、なんで判ったの? 彼の推薦だけど」

「なんとなくです」

嫌な予感がした。

野球の試合はともかくその後の藤堂が住倉の営業先をうちに引っ張り込んだ事を中原は知っている筈だ。

今までの経験であいつは一番食えない奴だった。


次の日、秘書課に一通の封書が届いた。

「香蓮さん、送り主がわからない封書が届いたのですけど」

「花、何も書かれていないの?」

「いえ、それが怪しいと言うか差出人はUMAって」

「ウマと読むのかしら」

「でもユーマだったら『Unidentified Mysterious Animal』つまり未確認生物の事ですよね」

「考えても仕方が無いから慎重に開けなさい。危険は無いと思うけど」

「えっ、は、はい」

恐る恐る御手洗が封書を開けて中の書類を取り出した。

「か、香蓮さん。イタリアのデザイナー・ジョルジョ ヴェルディさんの情報です」

「誰がこんな物を?」

「でも信頼して良いんですか? 差出人も判らないんですよ」

「今は時間が無いわ、急いで裏を取るのよ」

「は、はい」


プレゼンも会食も無事に終わって数日後の昼休み。

社食で秘書課の3人と藤堂と久しぶりに食事を一緒にしていた。

「お疲れ様でした。まぁ、下っ端の俺たちは労をねぎらう事くらいしか出来ないですけどね」

「うふふ、相変わらずね野神君は。あっちは上手くいってるの?」

双葉さんが一ノ瀬さんを見る。

「え、まぁ、ぼちぼち」

「ぼとぼちね」

言葉少ない藤堂が突っ込できた。

「うぅ、何が言いたいんだ。藤堂」

「別に、ただ最近やたらと元気だなと思ってな」

それは、きちんとした食生活が……

「誰かさんのマンションに入り浸りだしね」

「花ちゃん、それは内緒って言ったのに」

御手洗さんの言葉に一ノ瀬さんが俯いて真っ赤になった。

「でも、あの情報元のUMAって誰だったんでしょうね。香蓮さん」

「そうね、それともう一つ不思議なのはあのレストランで『vino』 のマスターがソムリエをしていた事ね」

「へぇ、そうなんですか。オカマバーのマスターがね。まぁ、あの人は結構有名なシニアソムリエらしいですから。レストランから頼まれたんじゃないですか」

「野神君、でもね。マスターが『ナイトによろしくね』って私に耳元で言ったのよ。ナイトって誰の事かしら」

双葉さんがそう言うと、テーブルの下で誰かが俺の脛を蹴った。

「藤堂、お前がナイトだな」

「なんで、俺がナイトなんだ。馬鹿」

「馬鹿言うな。ナイトはお前みたいに容姿端麗で沈着冷静な男しかないだろ」

「お前じゃないのか野神?」

「俺は友長のお陰で大変なんだ。それどころじゃねえよ」

俺がテーブルに突っ伏すと双葉さんが聞いてきた。

「また、彼が何かしたの?」

「双葉さん、実は……」

研修期間も終わろうかと言うこの時期に友長は配属先の事で会社ともめていた。

その矛先が付き纏われていた俺に向けられたのだ。

何とかしてくれと、実際問題としては最悪解雇も考えているとの連絡を俺は受けていた。

「それで野神はどうするんだ」

「首になる前に死んでもらいますか。ああ言う馬鹿は1回死んでみたらいいんだ」

「冷たい奴だな、相談に……」

「藤堂、あいつは俺に喧嘩を売ったんだ。きちんと答えてやらないと」

俺が苦々しい顔をすると心配そうに一ノ瀬さんが声をかけてきた。

まぁ無理も無い、ただの草野球であんな無茶をしたのだから。

「私の事はもう大丈夫だから」

「俺はあいつの事を許さない。俺の大切な人を傷付けたんだ。俺に喧嘩を売ったも同じ事、それにあいつは1回潰されないと判らないんだ。きっちり俺が判らせてやる」

そう言うと一ノ瀬さんは俯いていて真っ赤になり、双葉さんと御手洗さんが笑っている。

そして藤堂は呆れていた。

「俺、何か変な事言ったか?」

「ニブチン」

一ノ瀬さんは俯いたまま、俺は訳が判らずポカンとしていた。

藤堂の言葉で3人が大笑いした。




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