第16話 あなたって一体
最近、困った問題が俺達の周りに一つだけ出来てしまった。
「先週の日曜はどこに行ったんだ」
「新宿御苑に散歩&ピクニック」
「はぁ? お前らは爺と婆か?」
「爺婆言うな。良いだろう何処に行こうが。彼女がゆっくり過ごしたいって言うんだから」
「先輩、僕にも先輩の彼女を紹介してくださいよ」
「絶対に嫌だね。友長なんかに紹介したら絶対ネットに流すだろ」
「そりゃ、趣味ですから」
「プライバシーと肖像権の侵害だ」
「固い事言わないで下さいよ」
いきなり俺と藤堂の会話に割り込んで来たのは、営業一課に研修で配属されている新卒の友長光家ともながみついえだ。
この戦国時代に出てきそうな名前の友長は簡単に言うと五月蝿いネットオタクだった。
俺が趣味兼副業でネットをしていると知るなり急に懐かれて困っていた。
因みに会社には俺と一ノ瀬さんの関係は秘密にしてある。
理由はいたって簡単。
社内人気ナンバーワンの彼女に彼氏が出来た、それも社内恋愛なんてばれたら会社が傾くほど大騒ぎになるからだ。
「友長いい加減仕事にも戻れ、仕事中だぞ」
「は~い。判りました」
「ちゃんと返事くらいしろ」
「はい」
藤堂に一喝されて友長が仕事に戻った。
「野神もきちんと注意しろ。先輩がそんなんでどうする」
「俺は俺の仕事をきちんとしている。あいつの仕事が遅れようが怒られようが俺の知る由もない」
「お前、それを狙って」
「万が一あいつが俺達の秘密を知った時は、即抹殺する」
「ブラック野神だけは敵に回したくないな」
最近、昼休みには社食で秘書課の面々とご一緒する事が増えてきた。
先日の住倉との野球の試合で俺が怪我をしてまで勝ちにいった話が広まり、その怪我の仇討ちを藤堂が営業で勝ち取った事も知れ渡ってしまっている。
この話をリークしたのは恐らく……知らない方が良い事も有るとしておこう。
サトサトもとい総務の中里に話の真相を聞くと俺達が秘書課の貞操を守ったなんて言う武勇伝になっているらしい。
そんな訳で秘書課と食事をしていようが妙に勘ぐる者は1人もいなかった。
そして俺は昼休みまで付き纏ってくる友長にいい加減閉口していた。
秘書課の双葉さんが噛み砕きながらどんなに言い聞かせても直ぐに元戻りお手上げ状態だった。
その日の昼休みも友長は俺に付き纏って社食に来ていた。
「先輩、知っています。ここ数年で急成長を遂げた。セキュリティーシステムなんかを作っている『N.O.E.L』ってIT企業。俺の夢なんですよね」
「それならうちを辞めて、システムを作っている企業に行け」
「ちぃ、ちぃ、ちぃ。判ってないなぁ、先輩は。この会社だって『N.O.E.L』のセキュリティーシステムを使っているんですよ。だからこそこんな会社でIT関係の仕事に就いたほうが手っ取り早いじゃないですか」
友長が舌をならしながら指を振る。酷い言われようだ。傍若無人が闊歩している。
「お前みたいな奴にセキュリティーを任せる会社なんて何処にも無い」
「嫌だな、僕の才能を判っていないだけですよ、皆。それに僕は憧れているんです『N.O.E.L』の創設者に、噂では日本人じゃないかって言われているんです」
「それじゃ、会いに行けば良いだろう」
「本当に先輩は何も知らないんですね。プロフィールが抹消されてしまっていて謎の人物なんですよ。丁度、数年前の飛行機爆破テロが遭った時くらいからですかね」
「テロ?」
「そうテロです。ペンタゴンが絡んでいるなんて噂があった●@☆$◎航空の。もしかして巻き込まれて今頃は海の藻屑だったりして」
友長が航空会社の名前を言った瞬間、一ノ瀬さんが顔面蒼白になりガタガタ震え出した。
一ノ瀬さんの動揺に気がついて友長が言い放った。
「あれ? もしかして一ノ瀬先輩ってあの事故の関係者ですか? そうなら話を聞かせてくださいよ。良いでしょ」
一ノ瀬さんが泣き出し、その場から逃げ出してしまった。
「最低ね、あなた。彼女の両親はその事故で亡くなったのよ。彼女の態度に気付かなかったの?」
「俺、なんかしました?」
双葉さんの言葉にも友長はどこ吹く風だった。
興味本位だけの自己中心的で人の心の傷を土足で踏みつけるような友長の無神経さに俺は辺り構わずに切れた。
「何かしましたかだぁ? テメエは人の心の傷を踏み潰したんだよ!」
座っていた友長の胸倉を左手で掴み上げて力任せに友長の体を壁に叩きつける。
右手で殴ろうとすると藤堂が俺の腕を掴んで止めた。
「藤堂、離せ! 絶対に許さねえ! こいつだけはぶっ殺す!」
俺達の騒ぎに社食は静まり返る、双葉さんが俺に声を掛けた。
「野神君、今は一ノ瀬さんを」
「御手洗さん、一ノ瀬さんをお願いします」
俺の返事に御手洗さんが慌てて走り出した。
恐らく俺の後ろで藤堂も双葉さんも唖然としているであろう事が良く判った。
それでも俺は彼女を追いかける事が出来なかった。
心の奥底の何かが俺の足を止めた。
俺が友長から手を離すと、友長がしゃがみ込んで嗚咽をあげながら震えていた。
騒然としていたが構わずに社食を後にする。
気が付くと俺は少し前までは毎日の様に昼寝をしていた屋上のベンチに座っていた。
そこに双葉さんが現れた。
「らしくないわね。野神君」
「一ノ瀬さんは?」
「今は秘書室で落ち着いているわ。花がついているから安心しなさい」
「すいませんでした」
「一体どうしたの?」
「友長に腹が立ったのも事実なんですがそれ以上に自分に腹が立って」
「少し聞かせてもらって良いかしら」
「ええ」
俺が了承すると双葉さんが俺の横に腰を掛けて俺の目を見ていた。
大きく息を吐いて話しはじめる。
「本当は俺もあのテロに遭った飛行機で日本に向うはずだったんです」
「えっ、それじゃ」
「乗っていれば俺もここには居ません。仕事の所為で乗り遅れたんです」
「でも、あのテロはあなたの責任じゃないでしょ」
「狙われたのは俺です」
「野神君、もしかして一ノ瀬さんの両親の事を」
「はい、何となくですけど。報道された搭乗者の中に同じ苗字があったので。もしかしてって、確信に変っちゃいましたけど」
「それじゃペンタゴンとかって」
「それも事実です。それで狙われたのですから」
「でも事故当時ってあなたは未成年で、あなたって一体……」
「今は言えません。言える事は彼女の両親達は俺の所為で死んだんです」
双葉さんがうな垂れる俺の頭を優しく抱きしめてくれた。
「いつ頃からなの? もしかしてって」
「入社した時です」
「あなたって子は、だから躊躇っていたのね」
「はい、でも今は後……」
「それ以上言ったら私があなたを殴るわよ。あれは事故なの。悪いのはテロリストであってあなたじゃないの。それに凛子にはもうあなたしか居ないのよ」
双葉さんが泣いていた。
一ノ瀬さんの為なのか俺の為なのかそれは今の俺には判らなかった。
「お願いがあるの。きちんと向き合いなさい。事故の事にも凛子の事にもゆっくりで良いから」
「判りました。時期が来たら全て話します。一ノ瀬さんにも皆さんにも」
「約束よ」
「はい、ありがとうございました」
双葉さんは俺に独りじゃ無い事を教えてくれた。
一ノ瀬さんが居て仲間が居てくれる事を。押し潰されそうな心が少しだけ軽くなった。
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