第3話 俺はここで
俺の住んでいるマンションは会社から徒歩で20分くらいの所にある。
普段はクロスバイクで通勤しているが会社にクロスバイクを取りに戻ると遠回りになるので仕方なく歩いて帰る。
明日、少しだけ早起きすれば良い事だ。
駅前を抜け繁華街を歩く。
少しすると小さな公園が見えてくる公園を過ぎれば俺のマンションがある住宅街だった。
「なぁ、遊びに行こうぜ」
「良いじゃん。良いじゃん」
公園の中から男2人の声が聞こえて来た。
「こんな夜遅、こんな所で、ナンパか?」
チラッと公園の中を見ると街灯を背にして黒っぽいワンピース姿の女の子が怯えるように俯いている。
その前で男が2人言い寄っているのが見えた。
「まぁ、俺には関係ないか」
平々凡々に生きていたい俺はトラブルに巻き込まれるのが嫌だった。
公園を通り過ぎようとして俺は立ち止まってしまった。
何故、その時立ち止まったのかは判らない。
ただの気まぐれだったのかもしれないが、気が付くと俺は持っていたブリーフケースを女の子と男の顔の間に突き出していた。
「ああん、何だテメエ」
「邪魔すんな!」
2人に男は見るからにストリートファッションで遊び人風だった。
会社の最寄りの駅はかなり大きな駅なので駅前は栄えている。
こう言う輩も沢山いる訳だ。
「嫌がっているんだから可哀相だろ」
「うるせえ!」
人の話も聞かずに俺の胸倉をいきなり掴んで殴りかかってきた。
「ひぃ!」
女の子の悲鳴が聞こえる。
「痛ってて」
殴り飛ばされて尻餅を着いて、殴られた口元を触ると少し血が出ていた。
こりゃ痣になるな、そんな事を考えながら立ち上がりスーツに付いた土ぼこりを払い落とす。
男を見ると俺の事など眼中に無いのか女の子に詰め寄っていた。
男に向かって右足を勢い良く踏み出し右足を軸にして体を捻る。
一瞬だけ男が俺の方を見た、次の瞬間。
俺の左足の踵が男の腹にめり込み、男は腹を抱えて後ろに吹き飛んだ。
「野郎!」
もう1人の男が殴りかかってくる。
それをかわして男の腹に膝を叩き込み、蹲った背中に両手を振り落とすと男は地面に倒れこんだ。
近くにあったブリーフケースを拾い上げ、これ以上巻き込まれるのが嫌で立ち去ろうとすると俺の肘が引っ張られた。
見ると女の子が俺のスーツの袖を掴んでいた。
うな垂れて溜息をつき、再び顔を上げると彼女は俯いていて長い前髪で顔の表情は見えない。
スーツを掴む手を見ると僅かに震えている。
「家まで送るから」
仕方なくそう言うと彼女は何も言わずに左手で指差した。
喋れないのか?
そんな事を思いながら彼女の指差す方に歩き出す。
彼女は黒いロンティーを来て肩紐のある黒地に赤いチェックのワンピースを着ていた。
そして俯いたまま何も喋らず指を差すだけ。コンビニの小さな袋を持ったまま。
たぶん、コンビニに買い物に来てあの男達に捕まったのだろう。
そんな事を考えていると大きなマンションの前で彼女の足が止まった。
「ここで良いのか?」
すると彼女が小さく頷いた。
「それじゃ、俺はここで」
「あ、あのう。お礼を」
「へぇ?」
今にも消えそうな声がした。喋れるんじゃないか、そう思ったが丁重にお断りした。
「でも、怪我の手当てを……」
口元が少し切れただけでたいした怪我じゃない。
まぁ、明日になれば痣になるだろうけれど、怪我の手当てってまさか……
彼女の部屋でって事なのか?
それにしても警戒心が無さ過ぎだ。
こんな遅い時間に見ず知らずの男を部屋に入れるなんて、まぁ、助けてもらったお礼かもしれないがだ。
「それじゃ、俺はここで」
もう一度そう言って、俺はスーツの袖を掴んでいる彼女の手を外して彼女と別れた。
もう2度と会うことは無いだろう。
それに何処かで出会ったとしても俺は彼女の顔を見ていないのだから会ったとしても判らない。
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