第23話 お台場
文化祭が目前に迫り部活以外の時間も演技の事で頭が一杯になっている。
今日は天気も良く休日だと言うのに私は何処にも行かずにリビングで台本片手に格闘を繰り返していた。
役になりきろうとすればするほど不自然になってしまい堂々巡りを繰り返している。
尚先輩にアドバイスをと思っても『ありのままで良いのよ』と言う返事しか返ってこなかった。
時間が無いのに答えにたどり着けずに焦りだけが募っていく。
「ミーナ、出掛けるよ」
「もう、公演は直ぐそこなのに遊びに行って……」
「ん?」
そんなパパのいつもと変らない声がしてイライラしながら文句を言って顔を上げるとイライラなんか何処かに吹き飛んでしまった。
「何度も声を掛けたのに、返事してくれないから」
「ふぇ? ご、ゴメン」
何とか平静を取り戻そうとするけど心臓の鼓動は暴れたままだった。
不思議そうにパパが私の顔を間近で覗き込んでいる。
そんな事は今までもあったのに、今日は違う。
何が違うかと言えば……
パパが普段は掛けている眼鏡を掛けていない、その上にいつもならビシッとセットしている髪の毛も洗いざらしで自然のままで。
濃いグレーのカットソーの上に茶系の落ち着いた感じのジャケットを羽織っていてジーパンを穿いている。
ジーンズ姿は何度も見ているはずなのに眼鏡と髪の毛の所為か20代くらいにしか見えなかった。
「ん? やっぱり変かな」
「へ、変じゃないよ」
自分の髪の毛をかき上げながらパパがちょっと困ったような顔をしているのを見て思わずそう答えてしまった。
慌てて否定する。
私が変じゃないと言わなければ髪の毛をセットして眼鏡を掛けていつものパパになってしまうから。
「着替えてくる」
それだけを言って自分の部屋に飛び込んだけど心臓はまだ暴れたままだった。
麻美には何度も『パパさんは若いよね』言うけれど私はずっとパパと一緒に暮らしてきたから実感が湧かなかった。
そう言えば眼鏡を掛けていないパパの顔を見るのは合宿で海に行った時と今日で2回目かもしれない。
何とか深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
何処に行くんだろう?
パパのあんなラフな格好は見た事が無かった。
私とデートの時はいつもスーツ姿だったし。
クローゼットを開けて洋服を見ると一枚のワンピースが目に飛び込んできた。
グレーのフード付きのワンピースでこれに茶色のライダースジャケットを着て…… デニムのブルー系のレギンスパンツを穿けばパパとペアールックに見えるかも。
速攻で着替えて髪の毛を梳かして部屋から飛び出すとパパは玄関で荷物を受け取っていた。
「パパ、その段ボール箱は何?」
「ん? 着替え終わったのなら直ぐに出掛けるよ。間に合わなくなるから」
「う、うん」
パパに急かされる様に茶色いフリンジの着いたショートブーツを穿いて急いで玄関を出るとパパもスエード地の茶色いショートブーツを履いている。
それを見て思わずガッツポーズを決めてしまった。
マンションの最寄り駅に行くと『vino』のマスターが嬉しそうに両手を女の子の様に腰の所で手を振っているのが見える。
マスターの格好は初めて私がマスターの普段着姿を見た時と変わりない格好だってけれど、今日は目の覚めるような青いドレープカットソーのワンピースを着ていた。
「マスター。おはよー」
「あら、美奈も居るのね」
「うわぁ、嫌な言い方」
頬を膨らませて拗ねている姿は女の子にしか見えない。
「だって久しぶりに優ちゃんとお出掛けだと思ったら眠れなくて」
「小学生が遠足に行く時みたい」
「ふん、悪いの?」
そんな事を話しながら電車に乗って移動する。
電車に乗っても私とマスターは半分ふざけながら言い合いをしていた。
すると途中の駅から大人っぽい女の人が乗り込んできて私とマスターを見て溜息をついた。
「はぁ~電車の中でみっともない事をしないの。ケンは大人なんだから」
「小夜ちゃんだぁ」
「美奈も高校生なんだから、はしたない事は止めなさい」
「はーい」
「優! あなたもきちんと注意しなさい。保護者なんでしょ」
「ふぁ~、小夜も揃ったか」
小夜ちゃんのお小言にもパパは欠伸なんかをしてどこ拭く風だった。
ベージュ色で裾にレースがあしらわれたワンピースを着て黒いピーコートを羽織っている。
足元は黒い革のハイカットのレースアップブーツを履いていて凄く大人な女の人って感じだった。
小夜ちゃんは大人っぽいなってママと同い年だったけ。
「で、優。今日は何処に行くの?」
「そうよ、優ちゃん。どこで遊ぶの?」
「ええ、2人とも知らないの?」
「「知らないわよ、美奈は知っているの?」」
小夜ちゃんとマスターの言葉がハモって私は思わず首をブンブンと横に振ってしまった。
「ん? お台場ぁ~」
両手をあげて伸びをしながらパパが答えた。
「ひさしぶりね」
「お台場かぁ、懐かしいわ」
ゆりかもめに乗り換えてしばらくすると大きな観覧車が見えてきた。
パパを見ると腕時計を見てしきりに時間を気にしている。
何があるんだろそんな事を考えていると青海駅についてパパが先頭を切ってゆりかもめから降りて後に続く。
パパはいつもより早い足取りで歩いている。
「パパ、待ってよ」
「ん? 少し急ごう、遅刻だ」
「へぇ?」
何が遅刻なんだろうそんな事を考えながらマスターと小夜ちゃんに聞いてみた。
「ねぇ、2人もパパと良く遊びに来たの?」
「そうね、美奈は知らないのよね。美雪の息抜きと優とのデートを兼ねてね」
「ええ、ママとパパのデート?」
「美奈を私に預けて息抜きに時々遊びに来ていたの」
「うう、酷い」
「仕方が無いでしょ。そうでもしないと優は美雪と2人で出掛けるなんて事は絶対にしないんだから」
小夜ちゃんの言うとおりだよね、パパはママと結婚してもいつも小さな私が居るんだから2人きりなんて事は無かったんだよね。
少しだけ判る気がする。
デートは大好きな人と2人きりでが普通だもんね。
「私は優ちゃんと良く遊びに来ていたわよ」
「ふうん、お台場まで?」
「だって、あの街じゃつまらないでしょ。遊び倒したからね」
「うわぁ、遊び倒したって」
そんな事を話している間にもパパは大きな建物の中に入っていくのが見えて、慌てて追い掛けなんとか入り口でパパに追いついた。
「もう、パパの意地悪。置いて行く事は無いでしょ」
「ん?」
「もう、『ん?』じゃないでしょ」
大きな建物のメインゲートを潜るとそこには中世のヨーロッパの街並みがあった。
「うわぁ、凄い」
「美奈は初めてなの?」
「う、うん。初めて」
色々なお店があって目移りしちゃう洋服から小物やアクセサリーまで。
少し歩くと吹き抜けになっていて外はお昼前なのに夕焼け空が広がっている。
「少ししたら朝の空になるわよ。2時間くらいでローテしているの」
「ふうん、そうなんだ。あれ?」
大きな円形の広場に出ると真ん中に噴水があって6人の女神像が噴水を支えていてライトアップされて更に幻想的に見える。
そんな噴水の前に1人の女の子が落ち着かない感じでキョロキョロして立っていた。
白いワンピースに黒いコートを着て足元はスニーカーで髪の毛を一つに纏め。
完全にここの雰囲気から浮いてしまっている。
本人もそれに気付き余計に心許無いのだろう。
そんなちょっと地味な女の子にパパが近づき声を掛けた。
「マコ! ゴメン。遅れて」
「父さん、遅いです。なんだか恥ずかしくって居た堪れなくって」
「本当にゴメンね」
パパが優しく頭を撫でると安心したのか少しだけ笑顔になった。
「ま、マコお姉ちゃん?」
「美奈、来ちゃった」
「ええ、もうびっくりだよ。パパは何も教えてくれないし」
「そうなの? 父さんは何も言わなかったんだ。美奈の文化祭があるし保養所もこの時期は暇だから遊びに来なさいって。初めて東京に来てこんな凄いところで待たされて恥ずかしかったんだから」
「う、それは酷いよね」
「でも、ちゃんと事細かくここまでの道順や乗り継ぎは教えてくれたんだよ」
マコお姉ちゃんとは合宿が終わった後も良く連絡を取り合っていて、少しずつだけど私やパパに対しての硬さもとれて普通の姉妹の様に接してくれるのが凄く嬉しかった。
するとマコお姉ちゃんが後ろの2人に気付いたみたい。
「はじめまして。諏訪真琴と申します。父さんじゃない優さんにお世話になっております」
「私は四谷小夜でこれがケンよ。宜しくね」
「は、はい。宜しくお願い致します」
「優? ちょっと良いかしら?」
言うが早いか小夜ちゃんとマスターにパパは両腕を掴まれてトイレの案内がある奥の方に連れて行かれてしまった。
「ねぇ、美奈。小夜さんて、もしかしたら美奈のお母さんのお友達なの?」
「うん、私のお姉ちゃんみたいな人。時々母親代わりかな」
「それじゃ、もう1人の綺麗な女の人は?」
マコお姉ちゃんに耳打ちをすると直立不動になってしまう。
完全にフリーズしちゃったみたいでマコお姉ちゃんには刺激が強すぎたかな。
マコお姉ちゃんはパパの恩義に報いる為に今まで必死になって仕事一筋に生きてきた為か、マコお姉ちゃんは世間に疎いと言うか知らないことが結構あるみたいなの。
しばらくすると3人が笑顔で戻って来た。
パパがマコお姉ちゃんの事情を全て話したのが見て取れた。
それでも小夜ちゃんは腰に手を当ててマスターは腕組みをしながら人差し指で顎の辺りを触れながら、マコお姉ちゃんの事を上から下へ下から上へ見ていた。
「優、今日は真琴ちゃんも一緒なのよね」
「当たり前だろ」
「それじゃ、私達に任せてもらって良いわね」
「俺は構わないけどマコが……」
パパが言い終わらないうちに今度はマコお姉ちゃんが小夜ちゃんとマスターに両腕を抱えられるように拉致されてしまった。
噴水のある広場にはマコお姉ちゃんの声にならない助けを求める絶叫とマスターの『1時間よ!』と言う声がして私は呆気に取られてマコお姉ちゃんに手を振るしか出来なかった。
「さぁ、少しブラブラしようか」
「ええ、お姉ちゃんは?」
「大丈夫だよ、あの2人に任せておけば。喰われはしないよ」
「もう、パパは無責任なんだから」
「どこかでお茶でもしようか」
「うん!」
「現金な奴だな」
だってパパと2人きりなんだよ。
大好きな人と2人きり嬉しくないはず無いじゃん。
『マコお姉ちゃん、ゴメンね』と心の中で手を合わせた。
1時間ほどして噴水広場にパパと向うとまだ3人は戻って来て居ないようだった。
仕方なく噴水に凭れて3人を待つことにした。
「あの……」
不意に震えるような声で話し掛けられて驚いてしまう。
見ると凄く可愛らしい女の子が……
セミロングの髪の毛は緩やかにウェーブが掛けられて柔らかそうで、ナチュラルに掠れた様な青いシャツワンピを着ていて裾には生成りのレースがあしらわれている。
袖と襟元からは裾のレースと同じ様なレースが見えているので恐らくインナにレース付きのカットソーを着ているのだろう。
そしてスカートのシルエットの様なやはり生成りの裾からレースが見え隠れするワイドパンツを履いていて茶色のファーがポイントになっているスエードのショートブーツを履いていた。
手にはカントリーなキャメル色のムートンコートを持っている。
「ま、マコお姉ちゃんなの?」
「う、うん。恥ずかしいよ。髪まで切られちゃった」
別人にしか見えなかった。
仕事着のような地味な格好からは想像も付かない。
驚いていると小夜ちゃんとマスターが現れた。
どうも私とパパの反応を隠れて見ていたみたい。
「可愛いでしょ。磨いてびっくりよ。道端にダイヤの原石が落ちている様なものよ」
「私はケンのファッション感覚の方に驚くわよ。森ガールまで知っているなんて」
「当たり前でしょ。私達の仕事は感性が大事なのよ。新しい物も古い物も何でも知っておかないとあっという間に取り残されちゃうんだから」
マコお姉ちゃんだけがオロオロして落ち着かない顔をしている。
「マコ、可愛いじゃないか。良く似合っているぞ」
「本当? 父さん」
「ああ、素敵だよ」
「ありがとう」
休日と言うこともあり噴水広場には多くの人が待ち合わせをしていたり行き来したりしていて、そんな人たちの視線を一気に集めてしまっている。
大人の女って言う感じのスレンダーでスタイルの良い小夜ちゃんに、中身は問題あるけど同じく背が高くって綺麗な女の人にしか見えないマスター。
そして本当に大変身してしまった森ガールのマコお姉ちゃん。
パパは自覚が無いけど周りから見ればかなり良い線いっている。
そんな事を考えていると小夜ちゃんが口を開いた。
「優はまるでハーレムみたいね」
「ん? 何で? 男ならここにもう1人居るだろ」
その声で一瞬だけ静寂が訪れて直ぐに元の喧騒に包まれた。
「す、スルーしないで頂戴! スルーされる方が100倍屈辱的よ!」
「それじゃ行こうか」
「優ちゃんまでスルー?」
「お前はお前だ」
その後は圧巻だったとしか……
遊び倒したと言うより連れ回されたと言う方が正しいかも。
パパとマスターはまるで子どもの様にゲームなんかをしてはしゃいでいる。
それと不思議な事に最新のゲームなんかをしているのに凄く上手なの。
「パパ、何でそんなに上手なの?」
「ん? こいつに負けたくないからかな」
「違うわよね、優。美奈に恥ずかしい格好を見られたくないから会社の女の子に聞いて練習しているのよね」
「小夜は勘違いしているね。別に聞いて居る訳じゃないよ。食事とか飲みに誘われるけど断り切れない時はアミューズメントパークでとりあえず遊んでいるだけだよ」
「パパはやっぱり人気があるんだ」
「どうなんだろう。僕としては面倒くさいだけだよ」
本当にパパは天然なんだか訳が判らない。
でも、街で見かけたのは確かだしその理由が判ったけれどそんなに嫌なのかな?
女の子と出かけるの……
理由はやっぱり私が居るから?
知りたいけれど聞くのはちょっと怖いかも。
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