第百七十四話:生き残る

 勇者には、気になることがあった。


 つい先日聞いた天才魔法使いの話。


 魔法使いにとっては禁忌とも言えるサラの、勝利の魔法。




 魔法は良くも悪くもイメージの影響を直接的に受ける。


 つまり勝ちを確信した時こそ、抗われた時に生じる一瞬の驚愕で対処が遅くなる。


 魔法使いは勝ちに対して淡白でなければならない。事実としての勝利を手に入れるまでは冷静なままでいることが、最も近い勝利への道なのだ。


 だから、魔法使いは勝利を確信してはならない。


 勝利を確信して相手に敗北を求める魔法など、言語道断だ。




 共に旅をする魔法使いはそう語った。




 勝利の魔法を使ってはいけない理由こそ分かったものの、サラが本当にその魔法を使いこなせているのか、勇者は気になっていた。




「サラってのは勝利の魔法を使える天才って言っても、英雄ルークには勝てなかったんだろ?」




 疑問を持つ理由は簡単だった。


 サラは以前の大会で、父である英雄ルークにあっさりと敗北している。


 直接的にこそ見てはいないものの、父娘対決は手も足も出なかったという新聞の記事を見たことを覚えていた。


 それはつまり強者には勝利の魔法が発動していないことを意味しているのではないかと、ふと思ったのだ。


 サラの勝利の魔法は天才の所業ではなく、弱いものいじめが得意な性格の悪い魔法使いの所業ではないか、と。


 それならばエリスまでの道中、戦うことすらせずに勝利した理由を説明出来る。




 そんなことを考えていると、魔法使いはふむと頷いた。




「それは上書きされたんだろうね。英雄には勝てない。それは決まってることなんだ」




 まるで当然とでもいう様に、英雄に勝てないことは何一つ卑下することでは無いという様に、穏やかな表情で言う。




「どういうことだ?」


「彼ら現代の英雄は自分より強い相手にも勝てる様に出来てるのさ。神に最も近い人物に、死んで・・・欲しくない・・・・・と、そう、願われたからね」




 神に近い者から加護を受けているから英雄になったのだと、魔法使いは語り始めた。


 聖女サニィすら作り上げた、世界に多大な影響を与えた存在がかつて世界には居た。


 それは始まりの剣になり損ねた、不完全な一体。




「まあ、勇者や魔物に比べたらよっぽど完全に近いけどね。勇者も魔物もそれに比べたら、右半身や左半身だけで動いてる様な存在だよ」


「何言ってるんだお前」


「つまり君達の上位種みたい存在が、英雄達に祝福を与えたのさ」




 だから英雄には誰も勝てない。


 その言葉は最早諦めにも似た言葉に聞こえた。


 魔法使いが今まで積み重ねてきた鍛錬の度合いをその身で感じているだけに、勇者にもその言葉の重みは伝わってくる。




「なんだかよく分からんが、……ってことは大会はやっぱ八百長じゃねえか」




 だから勇者はそう茶化した。




「ははは、そうとも言うかもしれない。そもそもあの大会は英雄の強さと各国の友好関係を見せるのが目的だから、ある意味俺達は負けないといけなかったんだけどね」




 尤もその必要はまるで無いんだけど、と付け加えて魔法使いは笑う。


 それに釣られて勇者もつい口が滑ってしまった。




「英雄に逆らう者が居なくなる様に、か?」




 英雄は世界共通の救世主。


 滅多なことでそれを否定してはいけないという風潮が出来上がっていた。


 最悪の女王ことアリエル・エリーゼこそ嫌われているものの、街中で英雄を批判したらどうなるか、流石に勇者も分かっていた。


 しかし魔法使いは苦笑いで答えた。




「それは少し違うかな。世界の真実を知るってのは難儀なものだね。ただ、彼らは世界を支配しようとしているんじゃないってことだけは確かだ」




 少し違う。その意味を勇者が考えていると、魔法使いはそれを遮る様に続けた。




「それに英雄達よりも圧倒的に強いなら流石に勝てるはずだよ。現にライラもディエゴ騎士団長も魔王戦で命を落としてしまった」




 はず、は不可能と同義。魔法使いならそれを知らなければならない。


 以前魔法使いが言っていたことを思い出す。




「つまり魔王のレベルでやっと勝てるってことか? それは無理と同然だろ……」


「聞いた話、ある程度のサイズになるとドラゴンも難しいらしいよ」


「俺にとっちゃ変わんねえよ」


「君は凄く弱いからね」


「いい加減恩人じゃなけりゃぶっ飛ばしてるぞてめえ」


「ははは、君を救った覚えは一度もないけどな」




 ついついいつもの流れになってしまうことに苛立ちを覚えながら勇者は考える。


 自分にとっては恩に感じていることも、魔法使いにとっては相変わらず生き延びる為にしたことでしか無いらしい。


 そう考えると、少しばかり意気も消沈してしまう程度には、勇者は魔法使いを信用し始めていた。




「うるせえよ。……で、英雄に勝てねえのは分かったが、なんでルークの娘は天才なんだ?」




 話を元に戻す。




「そうだね。語ると少し長くなるけれど、簡単に言えばね、彼女は不可能を可能に出来るらしいんだ」




 それは勇者にとって、まるで意味が分からない言葉だった。




「……は? 魔法使いってのはそうじゃないのか?」




 魔法使いは自由に超常現象を引き起こせる。


 当然ながら能力差はあっても、なんでも出来る汎用性の高さが現代魔法使いの特徴だ。だからこそ、最近では魔法使いは勇者よりも優れているなどと呼ばれているはず。


 その疑問に魔法使いは首を横に振って答えた。




「いいや、魔法使いは出来ることしか出来ない。思い描く間に少しでも不安を感じれば、その不安さえ魔法の効果として練り込まれてしまうことがある」


「何を言ってるのか分からん」




 即答。


 元々勇者は考えることが得意では無かった。


 得意ならば無謀にも街を飛び出してはいなかったし、直ぐにでも街に戻ることを考えているはずだった。


 そんな勇者に呆れた顔を見せて。




「返事が早いな……。例えば一部の魔法使いの中で有名なのは、不老不死になろうとすれば癌になる、ってことだね。癌ってのは無限に増えて人を殺す細胞だよ。無限に増える、分かるよね」


「癌くらい知ってる。……ああ、死への不安がそれを生み出しちまうってことか。でも、マルスみたいなのもいるじゃないか」


「マルスが死ななくても、自分は死ぬ。君は死なないのかい?」


「……死ぬな」


「そういうことさ。出来ないことは出来ないんだ」




 不安を感じてはいけない。出来ないことは出来ない。


 魔法使いにとって突然の発火は出来ることで、死の回避は出来ないことらしい。


 言われてみれば、死者蘇生も不可能だと聞いたことを思い出す。


 なるほど分かる様な分からない様な、と勇者は強引に納得することにした。




「だから魔法使いっていうのは、出来ることだけをする。心底確信出来ることを、ほぼ無意識に出来る様になるまで繰り返す。凡ゆる状況で発動に不安を感じなくなるまで、徹底して繰り返すんだ」


「それでも難しいんだろ? 何度も聞いたよ」




 宙に浮く魔法を覚えていながら、いざ空中に放り出された瞬間全てが無になった。


 絶妙に間に合わない高さに、死ぬことを確信した。


 あっさりと受け止められて、力の差をこれでもかと痛感した。


 そんな言葉が続いたことを覚えている。




「そうだね。何度も言った気がする」




 魔法使いはしみじみと振り返る。


 しかし一々それに付き合っていても話が進まないことくらい、勇者も流石に理解していた。




「それで、ルークの娘は?」




 敢えて急かす様に尋ねる。


 感慨に耽ったまま魔物が現れて戦闘に突入すると、魔法使いは一人で全てをこなしてしまう。


 それは少し危なっかしく見えて、しかしそれを助ける力も無い。


 勇者はそれが嫌だった。


 それが分かっているのだろう、魔法使いも落ち着いて話し始めた。




「彼女はきっと、不安が魔法に影響しない。私はそう考えてる」


「よく分からんな。それと出来る出来ないに何の関係があるんだ?」


「確かに少し分かりにくい気もするね。言い換えよう。彼女は本質的に、出来ないと思うことが出来ない人間、だと思うんだ」


「…………分からん」


「そうか」




 相変わらず魔法使いの言葉を勇者が理解するのは難しかった。


 それでも、魔法使いにとって勇者の気遣いは効果があったらしい。


 いつもとは少しだけ違う顔色で言った。




「おっと、敵さんの登場の様だ。今日も頑張って生き残ろう。頼りにしてるよ、勇者さん」


「皮肉にしか聞こえんな。……精々サポートしてくれや、魔法使い」




 ――。




 何も無い土地。


 クラウスとサラが魔物の殲滅に出かけてすぐのこと、キャンプにはマナを両手で抱える様に抱き締めるエイミーの姿があった。




「さてマナちゃん、少しお話ししようか」


「ん」




 少し鬱陶しそうにしながら答えるマナを意に介さず、エイミーは続けた。




「早速なんだけど、一つ質問。マナちゃんが魔物を食べるだけで、本当に魔物は減るの?」


「うん」


「陽のマナと陰のマナが混ざり合えば消滅する。聖女様が発見した有名な事実だけど、それなら少しずつでも勇者や魔物って減っていくはずじゃない? でも、魔物は減らないよね?」




 エイミーはマナに、歯に衣着せぬ言葉を投げかける。


 しかしそれでも、マナは動じなかった。


 自分がエイミーにとってどういう存在なのかを、マナ自身が記憶を取り戻したことで理解していた。


 無垢な子どもではあるけれど、その中には確かに人々を苦しめる世界の意思が存在している。


 だからマナは鬱陶しそうにしながらも、エイミーの拘束に抵抗はせずにゆっくりと答え始めた。




「うん。んー、まなはね、がん、みたいなものかもしれない」

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