第百六十八話:勇者速報

 世界が変化し始めたのは、第十回大会が節目だったのかもしれない。




 後にそう語られる今大会は、波乱の幕開けだった。




 一回戦突破は確実だと思われていた大国グレーズの出場者が二人とも一回戦敗退。代わりに隣の小国イングレスの出場者が両名とも一回戦を突破。


 そして、英雄の一人である大魔法使いルークが一回戦で膝をついた。例え相手が悪名高いエイミーと言えど、決勝以外でそんなことは一度も無かったルークの苦悶の表情に、会場は騒然とした。




 優勝者はエリザベート・ストームハート。


 それはいつも通りと言える。


 しかしその試合内容は、これまた初めてのことが起こっていた。


 普段なら圧倒的な強さを誇る彼女は、必要以上に相手に追撃をかけない。彼女が寸前で拳を止めれば、誰しもが直撃を食らえば即昏倒することを理解し降参するはずが、今回に限っては相手を執拗に痛めつけていた。


 その相手はイングレスのアランで、三回戦で当たった際にはかつてない程の一方的な蹂躙劇に会場からは悲鳴が上がった程だった。




 準優勝はサンダル。


 十回目にして初めて微笑んだトーナメントの女神が生み出したある種の奇跡に、涙を流すファンも多かった。




 第三位はイリス。


 ルークの棄権によって三位決定戦は自動的に勝利となったが、準決勝で初めて戦ったストームハートとの間にある壁には、手が届かなかった様子だった。


 これによって初めて人々は、例え嫌われているアルカナウィンドのストームハートと言えど、その圧倒的な強さを認めざるを得なくなるのだったが、それはまた別の話。




 ともかく、第十回大会は今までとはまるで違う波乱の大会で、かつてない盛り上がりを見せたのだ。




 その中で注目されたのは、やはり新人のアランだった。


 英雄との戦いまでは負け無しと予想されたグレーズ王妃エリスを破ると、そのままの勢いで無傷のまま三回戦まで勝ち進んだのだから、それも当然だろう。


 そして三回戦での蹂躙劇は大会史上最悪の凄惨なものになったのだから、それで印象に残らない者はいない。




 多くの新聞社は、危機感を感じたストームハートが潰そうとした。と報じたが、その真相は分かっていない。




 どちらにせよその強さはルークに膝をつかせた


エイミーにも勝ると目され、アランを次代の英雄候補に祭り上げようという働きがイングレス国内では巻き起こっていた。




 英雄達の順位の入れ替わりと、新たな強者の出現。


 それは魔王が討伐されて以来久しく変化していなかった各国の力関係に影響を及ぼすだろうということは、誰にでも予想が出来ることだった。




 そんな中、ある新聞社から約20年ぶりに新たな勇者のランキングが発表され、それが再び世界に大きな混乱を齎らした。




 その内容が、こうだった。




 勇者達の真の実力ランキング最新版




1.アラン


2.エリー


3.サンダル


4.ナディア


5.イリス


6.クーリア


7.エリス


8.カーリー




 ――。――。




「これはまずいな。あの新聞社には下手な情報を流すなと釘を刺したはずだったが」


「ちょっともう一回痛い目に合わせてくるよ」


「……いや、それはもう遅いだろう」




 ある王城の一室、新聞を手に白髪の女性は頭を抱えた。


 毛量の多い天然の白髪に、小柄ながらも凛とした雰囲気を湛える妙齢の女性は、この国の女王。


 魔王擁護の発言を繰り返し、史上最悪の女王と呼ばれ、表向きは世界から孤立してしまっているアルカナウィンドのアリエル・エリーゼは、隣に立つ金髪の女性に不満げな顔を向けた。




「まさか本名で出してくるとはね。というか、ランキングの勇者の人って偽名だと順位出せないんだっけか」




 答える金髪は、世界最強と呼ばれる勇者だ。


 魔王擁護の発言に耐えられなかったアルカナウィンドを離れた国民達が、この国に反旗を翻せない最大にして唯一の理由。


 その強さは世界の凡ゆる軍を一人で相手に出来ると自負し、実際に他国との合同訓練では一対数千で勝利を収め、世界中の凡ゆる強大な魔物達を屠って来た、現代勇者の頂点。


 その実力で当然の様に大会十連覇を達成するも、何よりも恐れられているのは、腰に剣を着けているにも関わらず、ただの一度としてそれを抜いた姿を見られたことが無いことだった。




 金髪は続けた。


 それは一国の女王に対して見せるものではない、気心知れた友人の様子で。




「んー、あのアランって子も問題だね。どうしたものかな」




 その問題が、大会でアランを滅多打ちにした理由だった。




「それは妾が考える。だが、あの小僧が一位か……」




 その新聞社が抱えている勇者には、ある特別な力を持った者がいた。


 それは勇者の力を数値化する勇者だった。本人には一切の戦闘能力が無いものの、名前と姿が一致すれば強さを導き出すことが出来る。


 言わば、ウアカリを更に発展させた様なもの。


 その精度は英雄ナディアにこそ劣るものの、かなりの高水準にあった。




「その位の実力はあったからね。師匠の加護が無かったら結構苦戦したと思うもん」




 問題はそこだった。


 英雄達には、正確にはレインに指導を受けた者達には、レインの力の一部が譲渡されていると言われている。


 今では相手に打ち勝つ力と言われているそれは、言ってみれば反則の様なもの。


 現代の英雄が英雄である理由は、実はただレインに気に入られたかどうかでしかないことを、英雄達は長年の研究の末に知っていた。




 それでも全く気にした様子が無い金髪に、白髪の女王は呆れた顔を見せる。




「勝てない訳では無いんだな……」


「戦闘経験で私に勝てる人は、今の世には一人しか居ない」




 金髪、ストームハートは笑った。


 まるで、唯一戦闘経験で自分に勝る人物が存在することが嬉しいのだとでも言うように。


 その人物の顔を思い浮かべて白髪、アリエルは再び新聞に目を落とす。




「ああ、彼女の名前が無いことだけは僥倖と言えるかも知れん」


「生きてることがバレたら大変だからね」




 その唯一の人物、英雄オリヴィアは勇者では無くなった。


 魔王戦で命を落としたとされる三英雄の一人であるオリヴィアこそが戦闘経験で唯一ストームハートに勝る人物だった。


 勇者時代の勝負ではたった一度の勝利しか収められず、力で上回ったはずの最後の勝負でも引き分け。


 名実共に、最強の勇者の一人。




 そんなオリヴィアの名前が新聞に無いことは、二人にとって寂しさを覚えると同時に安心出来ることでもあった。




 しかしそれとは別に、やはり二位の名前は問題だった。




「だが、お前が生きてることと、ストームハートなんて名前の勇者は存在しないってことが世界中に知れてしまった。


 ……お前は大丈夫か?」




 ランキングを見る限りでは、サンダルに勝てる人物はアランとエリーだけだ。


 魔法使いの実力を数値化することは出来ない為にルークやエレナは抜けてしまっているが、ストームハートという人物は何をどう考えても魔法使いではなく、勇者だった。


 普段は仮面を付けている為にその素顔こそ知られていないものの、その体格は誰しもが知っている。


 ランキングを付ける勇者の力は、仮面で防ぐことは出来なかった。




 つまり、高確率でエリザベート・ストームハートがエリーだと知られるのは時間の問題だった。




 それでも、アリエルの心配をよそに、エリーは呆れ顔を返す。




「それに関しては私は問題無いって何回も言ったでしょ。アリエルちゃんがこれ以上不利にならない様に今まではストームハートやってたんだから。


 でもバレちゃったら仕方ない。元々ただの行方不明なんだし」




 アリエルが魔王擁護の発言をした当時にエリーが本名のままに護衛をすれば、師匠を想う弟子も同じく暴走したと思われてしまう危険があった。


 そうなれば、英雄そのものが信用出来ない存在として世界から白い目を向けられる可能性が高くなる。


 その為に敢えてグレーズとアルカナウィンドは対立の様相を見せ、英雄達はアリエルと離縁した様に見せ、エリーは失意の内に行方をくらませたという体を保ってきた。




 当然それは英雄達によるアリエル暴走の始末で、エリーが気にしてのことでは無かった。


 当時は素顔のままに民衆の中に飛び出そうとするのを必死に止めたものだと、アリエルは思い出した。




「散々迷惑をかけてすまない」


「いいって。私が師匠の味方をしてくれたアリエルちゃんを選んだんだから」




 結局のところ、アルカナウィンドは首都を除いて国家としての体制を保てなくなり分裂したのだが、奇跡的に現在までの死者は一人も出ていない。


 それに尽力してくれた英雄や、未だに現役で化け物の様に働いている宰相の苦労を考えると、いくら女王と言えど頭を下げずにはいられなかった。




「ああ、ありがとう」




 こんなやり取りがアルカナウィンドの王城では度々行われていることを、国に残った国民だけは知っていた。


 だからこそ国内では女王に敬意を持って「アリエルちゃん」と呼ばれているのが、この国の現状。




 そんな仮初めの・・・・平和が、ここ十年程は続いていた。




「さて、ちょっと大変だけど頑張ろうか。私に出来ることならなんでも言って」


「分かった。取り敢えず妾の力による結果を言えば」




 問題は女王自身が、未来を予知する自身の力を、全くもって信用出来ていないこと。


 かつては正き道を示すと言われたその力は、こう示していた。


 アリエルは「はぁ」と溜息を一つ、その結果を口にする。




「イングレスはこのまま放置しておけばすぐに滅びるが、何も問題は無いらしい」

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