第百六十一話:魔物達の支配者
「うん。だから、まなはまものがごちそうなの」
マナは満面の笑みで言った。
ドラゴンとの接触が、自分が何者なのかを思い出すきっかけとなった。
無条件に魔物を食い殺す魔剣。
どうやら剣であることを思い出したマナは、そんな存在だと認識すれば良いらしい。
魔物の強さも硬さも何もかも関係無く、食べたいという意志があれば魔物との接触がそのまま食事に繋がる。
身体能力こそ未だに見た目のままの幼子であるものの、それが魔物に対してはまるでハンデにならない異質の存在。
魔法や投擲は身体能力からして避けられないから、普段はクラウスに剣として振るって欲しい。
拙い言葉遣いで、マナはクラウスとサラにそう説明した。
「それにね、たべたまものはしもべとしてつかえるんだよ」
加えてそんなことを言い始めると、その白い体からどす黒い瘴気を噴き出し始めた。
それは徐々に大きく膨らんでいくと実体を持つ様に形を成し、80m程もある巨大な白銀のドラゴンへと変化する。
それは先の戦闘とまるで変わらぬ知性を持った瞳のまま、傅く様にマナに向かって頭を下げる。
「ほんものよりよわくなっちゃった。けど、こんなふう」
そう言いながら、ドラゴンの鼻先を、背伸びしながら撫でる。
その様子は、完全なる主従関係を表していた。
「だからゆーしゃでもまほーつかいでもなかったけど、まなもくらうすとサラのやくにたてるよ!」
そう言うと、マナはクラウスに向かって嬉しそうに飛び付く。
それを抱き止め、クラウスはようやく口を開くことが出来た。
「凄いな、マナ」
絶対に守らないといけない救世主。
そう報告は受けていた。
その理由を、クラウスはこれでもかと理解する。
死んだ魔物は宝剣に加工されない限り、徐々に朽ち陰のマナとして大気に返って行く。
分解される際には陽のマナと混ざりやすくなっており、同じく死亡した勇者から漏れ出る陽のマナと混ざり合い消滅する。
ただし、当然ながらそれは一部でしかない。
大半のマナは再び大気を漂い、再び何処かで魔物として形を成す。
聖女によって暴かれた、世界の輪廻の形。
マナが世界を覆う限り、魔物は絶えることなく人を殺し、勇者を始めとした人類は魔物と戦う宿命を背負う。
現状世界の陰のマナの残量を把握する方法は全く無い為に、どの位の残量があるのかは分からないが、魔法書に記されている情報から推測するに、軽く一万年は魔物の輪廻は繰り返されるだろうと考えられる。
つまり、今の時代の人々にとっては、ほぼ無尽蔵と言っても良い。
それは、本来ならば勇者も同じはずだった。
異常が起きたのはいつ頃からなのか、定かではない。
しかしそれでも、今現在勇者の出生数は確実に減少しているらしい。
勇者が生まれないということは、魔物に対抗する方法が少なくなるということ。
魔法使いが台頭して来ている現在ではまだそれ程危険視されていないものの、魔法使いの肉体はあくまで普通の人間だ。
矢面に立つ勇者が居なくては、居れば死ななかったはずの犠牲が増えることは確実。
つまり、世界はこれから徐々に魔物に押され、人類が劣勢になることが分かっていた。
だからこその救世主なのだろう。
マナは、魔物の全てをその体に取り込んでしまう。
陰のマナで構成された魔物を食べ、自身の力としてしまう。
それはつまり、取り込んだ魔物を再召喚すると小さくなってしまうということはロスはあるのかもしれないが、マナが魔物を取り込めば取り込む程、魔物の絶対数は減少していくということ。
減り始めている勇者に対して、減らない魔物。
その現状を変えることが出来るマナは、確かに救世主だ。
強い魔物を倒すことが出来る英雄達とすら一線を画した、世界を支える為の存在。
「マナのおかげで、僕の旅の目的は、少し変わりそうだ」
「どういうこと?」
クラウスが呟くと、マナは本当に何も分かっていないように首を傾げる。
自分のことが分かったと言っても、精神的にはそれほどの変化は無いのだろう。
純真無垢なその瞳は、年頃の少女と何も変わらない。
そしてその様子を、クラウスもまた、なんの違和感もなく受け入れた。
「この旅はさ、当てもなく、英雄レインとサニィの軌跡を探すことが目的だったんだ。もっと言ってみれば、なんとなく英雄達に憧れて放浪してただけかもしれない」
「きせき? ほーろー?」
「二人が残したものを、なんの考えもなく探す為に、彷徨ってただけなんだ」
本当は途中からマナに陰のマナを回収させる為、世界中を歩き回っていたのだけれど、それは今知った目的だ。
しかしそれを自覚したからこそ、今度はそれが正しく目的になる。
「そう。僕達は陰のマナを回収しよう。マナに色々な魔物を食べさせてあげる」
「え、ほんと?」
「うん。そうして、世界から魔物を根絶やしにする」
それをするのは、自分でない。
クラウスは、そう考えた。
マナの力を使って魔物を減らすのは自分だとしても、魔物を減らすことが出来るのはマナだけだ。
だから、これは英雄の真似事。
そんなことを思いながら、クラウスは嬉しそうにじゅるりと魔物の味を想像したマナを抱いたまま、これからの道のりを想像した。
「サラ、君はどうする?」
「置いていくつもりなら怒る」
「……了解。これからもよろしく頼むよ」
「うん、さらよろしく!」
思えば、クラウスの変化はこの時から既に表れ始めていたのだと、サラは後に知る。
マナに対して殆ど驚きを示さず受け入れ、あっさりと魔物の殲滅を目標に掲げる。
「まだ見ぬ若くて強い勇者も世界の何処かにはいるかもしれないし、先ずはレインとサニィも足を踏み入れてない大陸の南東に行ってみよう」
英雄以外の強い勇者に出会うことに楽しみを求めることなど今まで殆ど無かったのに、そうした発言が飛び出す。
そうした変化がクラウスに起きていることを、サラはまだはっきりとは分かっていなかった。
もしかしたら、ドラゴンの討伐から立て続けに知った多過ぎる情報に、まだ少し混乱していたのかもしれない。
「それじゃ、行ってくるよ母さん。ルークさんエレナさん、イリスさんもありがとうございました。カーリーさんも」
子どもたちの様子を見守っていた英雄達にそう挨拶するクラウスを見ながら、サラは何処か言い表せない不安感だけを覚えるのだった。
――。
それにしてもイリスさんは特に、甘い美味しそうな匂いがするな。
ふと、そう思った。
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