第百四十九話:とかげ、おいしそう
それは戦いというよりも、喧嘩だった。
向かい合った一匹の化け物と、一頭の山の様な竜の、殴り合い。
いつもの剣の美しさや正確さは何処かに消え失せ、ただがむしゃらに、力任せにクラウスは剣を振るった。
勇者として理想的な肉体。
その言葉通りの頑丈で、怪力で、それでいてしなやかな肉体を存分に使いながらも、まるで人としての技術を忘れたかの様な戦い方に、サラは戦慄した。
「どうしたの、クラウス?」
何度も何度も弾き飛ばされながらも、それでも大した怪我も負うことなく再び斬りかかるそれは、異様だった。
きっといつもならば、ドラゴンが相手とあらば一瞬の判断で腕に取り付き、鱗を一枚一枚剥がしながら戦うのがクラウスだ。
恨みも無いにも関わらず、魔物の命を虫ケラ程の価値も無いと思わせる様な戦い方から付けられた異名は悪鬼。
時に敵の腕を引き千切っては口に突き刺し、頭をもぎ取っては投石の様に投げつける。
魔物に対してだけとはいえ、とても教育上マナに見せられるものではないと考えていたクラウスの戦い。
母に心配させないように、なるべく自分が傷つかない様にする為の戦い方というのが本人談だったけれど、見ている方が魔物に同情してしまう様な、そんな凄惨な光景を作り出すのが、いつもだった。
そんなクラウスが、なんの工夫もなく真正面なら殴るかの様に斬りかかる光景は、サラの目にはとても異様な光景に思えた。
「……じゅる」
不意にそんな汁気の多い音が、サラの頭のすぐ下から聞こえた。
何かと思って見てみれば、そこにあったのはまた、異様な光景だった。
「とかげ、おいしそう」
キラキラと目を光らせたマナが、何度も何度も吹き飛ばさせるクラウスの心配など微塵もせずに、そんなことを涎を啜りながら呟いている。
「マナ?」
サラは思わず尋ねた。
その目的は最初から決まっていたにも関わらず、それほどに今の二人の様子は異様だった。
「ねえさら、あのとかげおいしいよ。もっとちかくいこ」
混乱するサラとは対照的に、随分と興奮した様子で、マナはそう、サラに向かって催促した。
――。
「クラウス君は随分とやられてるけど、本当に大丈夫なのかい、エリーちゃん?」
「多分ね。半身があれだけボコボコにされてるのに、サラの腕の中の子は、全く動揺してないから……」
戦場から400m程離れた地点、サラの待機場所からは200m程の場所で、英雄達はその戦いを眺めていた。
そこには何度も腰に武器に手を置きつつ、しかし手出しはしまいと耐えるオリヴィアや、初めての超大物を目の前に、どうしても膝が震えてしまうエリスも。
皆が何かしらの我慢をしながら、二つの化け物の喧嘩を眺めていた。
「やっぱりどう見てもクラウス君が勝てる様子はないけど、いいの?」
エレナが問う様に、クラウスは有効打と呼べる攻撃をドラゴンに与えられている様子は全くなかった。
始めこそその脚を掬う様な一撃を放っていた。
しかしそれはクラウスを無視してドラゴンが歩いていたからに過ぎず、いざ正面から戦えば、鱗を傷付けることすら出来てはいない様子。
勝ちの目は、どんな素人が見ても全くのゼロに見えた。
「妾にも分からんな。どう見える、エリー?」
「クラウスは興奮してるね。多分あの子の影響を受けてるのと、ドラゴンに同志と言われて動揺してるんだと思う」
「同志、か……」
「うん、そう言ったのを聞いたし、実際にそう思ってる。それでドラゴンは、遊んでるね」
――。
「同志とはどういうことだ、トカゲ」
『フハハ、同志の意味すら分からんか』
「意味を問うてるわけじゃない。さっさと死ね」
『落ち着け剣よ。何度も言っておろう。我々は共に、勇者を殺す化け物だろう?』
どうにも、イライラする。
先程から目の前のオオトカゲは、僕のことを勇者殺しだと言いながら、遊び半分に戦っている。
こちらは全力で殺しにかかっているにも関わらず、ブレスすら吐かず、魔法も使わず、地に立ったままに腕を振り尻尾を振り、まるで本気を出してはいない。
平気で話しかけてくるのがそのいい証拠だろう。
何回転がされたか、先程から全身がミシミシと悲鳴を上げ始めた。
いざという時には英雄達が助けに入る。
たったそれだけで、安心して戦える。
こんな化け物トカゲで魔王よりも遥か弱いというのだから、魔王を倒したという英雄達本当にどれ程強いのだろうか。
これと同じサイズを何の抵抗も許さずに消滅してさせた聖女サニィは、魔王を単独で倒した英雄レインは、一体どれほどに頭抜けた存在だったのだろう。
ふと、そんなことを考えて始めた時だった。
バキッと、嫌な音と感触と共に、凄まじい衝撃が身体を襲うのを感じた。
気付けば、仰向けに地面に叩き潰された形になっているらしい。
目の前には巨大な前脚。
立ち上がろうと右手を見ると、今まで使っていた愛剣である旭丸が、真っ二つに砕けていた。
いいや、問題は、それではなかった。
その奥には、あってはならない光景があった。
一体どうして、そんなことになっているのだろう。
全く分からなかった。
「マナ、サラ、来るな!! ――ッ!!」
巨大な前脚が僕を再び地面に押し付ける。
その瞬間のドラゴン動きは、地面に押さえつけられているが故に、軸脚の下敷きになっているが故に、よく分かった。
分かってしまった。
120mものドラゴンは、薙ぎ払う様に、もう片方の前脚を振るっていた。
サラの腕を抜けてこちらに走ってくるマナを追いかけて、ちょうど抱え上げる所だったサラ諸共。
それを心配する間もなく、ドラゴンの軸脚の下敷きになった僕は、意識を奪われたのだった。
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