第百四十八話:魔物の頂点

 三本の宝剣の一つを持っていた英雄ベルナールは、剣の力によって弱体化した魔王を三振りで打ち倒した。


 その時の死者は百人を下回り、歴代でもトップクラスの被害の少なさを誇っている。




 最も強かった英雄レインは、ただ壊れないだけの宝剣を持ち、150mのドラゴンよりも更に強い魔王を単独で正面から打ち倒した。




 現代の英雄達は、様々な偶然と意図が組み合わさり、僅か十人で魔王を打ち倒すに至った。




 その奇跡のいずれもが、伝説的な宝剣が関わっている出来事だ。


 ベルナールが手にした宝剣だけは、実は意図的に造られたものであるけれど、それでも世界に三つしか存在しない最上位の宝剣。




 その宝剣の一振りが、今、一頭のドラゴンと正面から戦っていた。


 こんなことを言いながら、笑いながら。




「魔物は存在そのものが奇跡。これを見れば、確かにそう言われるだけのことはあると分かるな。聖女サニィはこれを何の抵抗も許さず消し去ったのか。


 ……面白い」




 ――。




 南大陸中央部に辿り着いた英雄一行。


 来ているのはクラウスの側にイリスとカーリー、そしてサラにイリス。見えない所にはあの英雄エリーを含めた英雄達が勢揃いしているらしい。


 当然その中には母であるオリヴィアもいるのだけれど、クラウスはそれに気付くこともなく、強大な力を持つ勇者の匂いだけを感じ取っていた。




 そうして森の中をしばらく進み、それが開けた時、クラウスはそこに丸まって眠る巨体を発見した。




 そのドラゴンは、一言で表せば、小山。


 頭の先から尻尾の先までで120mにもなる巨体は見上げればまるで巨大な建造物の様で、そこに敷き詰められた硬質な鱗と合わせれば、それはさながら要塞の如しだった。




 ドラゴンは既にクラウス達に気付いているかの様に、耳をピクピクと動かしているが、全くその存在を意に介していないように動かない。




 しかし、




「では、始末して来ますね」




 クラウスがそう言った途端だった。




 ドラゴンは長い首を持ち上げると、明確にクラウス達の方を睨み付ける。


 一瞬の沈黙の後、ドラゴンの表情は怒りへと変化する。




「マズい! 頼んだ!」




 そう言って飛び出すクラウスを、ドラゴンは最早見てはいなかった。




 その怒りの矛先は、明確にマナの方へと向いていたからだ。




 相手は魔物の最高峰ドラゴンだった。


 それは空を飛び、魔物の中でも上位の魔法を使い、どんな勇者でも及ばない膂力を持ち、何より、賢かった。




 クラウスを無視してマナへと怒りを向けたドラゴンは、すううと息を吸い込む動作をすると、サラ達の方へと向けて灼熱の炎を吐き出そうとする。


 それに対して、サラとイリスが防御の姿勢を取ろうとした瞬間、ドゴンという鈍い音と、ガキンッという硬質なものがぶつかった音が響き渡った。




 クラウスが、ドラゴンの巨大な顎を下から蹴り上げたのだ。




 一瞬にして口を閉じられ、上を向かされたドラゴンは、閉じた口から行き場を無くした爆炎を破裂させた。


 その爆炎は300m以上離れているサラ達の所まで熱気を届け、そして、ドラゴンは沈黙する。




 それから何秒経っただろうか、ドラゴンはしばらく動きはしなかった。




【フゥ】




 そんな、溜め息の様な音。


 ドラゴンは、口内で火炎が爆発したことによるダメージなど微塵も見せず視線を降ろすと、クラウスを視界に入れることなく、サラ達の方を向いて歩き出した。




 ドラゴンにとっては想定外のマナの登場だったのだろう。


 殆どの魔物は起きているマナから逃げ、寝入ると狂った様に襲いかかろうとする。




 しかしドラゴンは、最高峰の魔物は違った。




 出会い頭宿敵に出会ったかの様に怒りを露わにしたものの、直ぐに落ち着きを取り戻し、明確な意思を持って、その歩みを進め始めたのだ。


 足元を斬りつけ始めたクラウスを一瞥して、取るに足らないといった様子で。




 そうして、最強の英雄の息子と最高峰の魔物との戦いは、幕を開けた。




 ――。




「あ……あれなら確かに一国を滅ぼすのも無理ないね……」




 サラは思わず呟く。


 そのドラゴンは、一見すればどうあがいても人では太刀打ち出来ない存在だ。


 クラウスが放つ斬撃は尽く鱗に弾かれ、腕や尻尾の一振りでその小さな肉体を吹き飛ばす。




「でも、あれだけやられてもクラウスもピンピンしてる……」




 先ほどからクラウスは何度も何度もうち飛ばされながらも、その体はかすり傷程度で戦い続けている。


 全く歯が立たないながらも、クラウスの体力もまた、微塵も落ちる様子は無かった。




 現在ドラゴンは明確にマナを敵と認識しながらも、クラウスに足止めをされているという状況だった。




 ドラゴンの飛行は、魔法を伴う。


 高質量の鱗で覆われた巨体を浮かすには、いくら膂力が高かろうと流石に翼だけでは足りない。


 つまり、魔法の元であるドラゴンの思考を妨害し続けることさえ出来るのならば、地面に降ろすこと自体は命さえかけられるのならば、それほど難しいことではなかった。




 マナとサラは、ドラゴンからして、飛行が出来なくとも突き進めば辿り着きそうな距離。


 しかし、足元にまとわり付く様に攻撃を続けるクラウスに、ドラゴンは随分と苦戦をしている様子だった。


 斬撃は鱗に弾かれるとも、伝わる衝撃はドラゴンの脚を掬う。


 軸足を掬われれば、いくら四足歩行のドラゴンと言えどもバランスを崩す。


 知能が高いが故に、クラウスが正確に軸足を狙うことに気付き、イラつき始める。


 かと言って飛ぼうと思えば、クラウスは体に登り、正確に翼の付け根を打ち付ける。


 その衝撃がドラゴンの高度な飛行イメージを阻害して、再び地面に縫い付けられる。




 二度ほどそんなやりとりをした後、ドラゴンは遂にクラウスを敵と認識し、向き合ったのだった。


 取るに足らないと考えていた小虫が、ドラゴンにとっては予想外に厄介な、小動物程度には。




 そんなドラゴンは、一言、呆れた様にこう呟いた。


 高度とされる念話の魔法を、容易く扱って。




【貴様では我には勝てんぞ、同志よ】

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