第百二十三話:少女タラリア

 不思議な人だな、というのがその人に会った時の最初の印象だった。




 両親から事前に受けた説明では、その人は世界を滅ぼすかもしれないから、下手な刺激は厳禁な人物、といった説明。


 最初はウアカリに向かうという情報だったから、両親はウアカリに向かうつもりだと言っていたけれど、サラちゃんの案でこちらに来ることにしたらしい。


 その理由は、そろそろお母さんがその人をしっかりと見ておかないといけないからだと言っていた。




 男の力を正確に把握する力。




 それがお母さんの持つ唯一無二の力らしい。


 なんでもウアカリの人達はみんな同じ力を持っているけれど、お母さんだけは最早別の力と言っても良い程の強度を持っているのだとか。


 その力のせいで色々と苦労したお母さんだけれど、今は表面上冷めた妻として、殆ど戦うことも無く平穏に暮らしている。




 お母さんは、その人の母の生き写しの様な人、というのが、お母さんとその人の母を両方知っている人がみんな感じる印象だって聞いている。


 その人の母、聖女サニィと、わたしのお母さんナディアは恋のライバルで、勝ったのが聖女で負けたのがお母さん。


 お母さんは、一度だけそんなことを言っていた。




 今回うちにやってきたその人・・・は、そんな聖女サニィと、お母さんの想い人だった英雄レインの、本人すら知らない子どもらしい。




 第一印象は、見たことがある人。


 もちろん初対面だし、聖女サニィも英雄レインも見たことなんか無い。


 聖女の肖像画くらいはお店に飾られていることがあったけれど、レインの方は全く分からない。


 それでも、その人の第一印象は、見たことがある人だった。




 二番目に思ったことは、とてもじゃないけど世界を滅ぼす様になんか見えないっていうこと。


 ただの好青年、というのが正直な印象だった。


 勇者はその人に恐怖を感じるらしいのだけど、一般人のわたしは全くそんなことを思わない。


 むしろ優しそうな、どことなく安心感のある様な、そんな感じ。




 本当に、どこかで見たことがある、ただの好青年。




 それが、【悪鬼クラウス】の、初対面での印象だった。




 ――。




 晩ご飯が終わると、お父さんはいつもの様に鍛錬をしないといけないと言って庭へと出ようとした。


 直前まで猛毒で昏睡状態になっていたわけだけれど、流石はサラちゃん、すぐに聖女の力で治療を終えると、お父さんはすぐに目を覚ました。


 そして事態を把握すると直ぐに表に出ようとしたから、すぐに呼び止める。


 流石に死にかけでいきなり動くのはいくら魔法治療でも良くないと思う。


 それでも、お父さんは「大丈夫だ、お母さんのいたずらだから」と気にも止めない様子。


 いや、いたずらどころか本気で死にかけてたんだけど、と言っても、体が動く以上は聞かないのが英雄という人間なのかもしれない。




 見ていたクラウスさんが「僕も一緒に、サンダルさんの様子は見てますから」と一緒に出て行こうとしたので、わたしも付いていくということで妥協にした。




 もちろん、本当に殺しかけたお母さんには後でお説教だけれど。


 いくらサラちゃんなら解けると分かってても、サラちゃんしか解けない様な毒を使うのは絶対にダメだから。




 そんなこんなで庭へと出て行くと、当然の様にマナちゃんも付いて来ていた。


 わたしの服のすそに捕まって、手には何故か木剣を抱えている。


 そうして二人で、英雄と悪鬼の様子を見学することにした。




 最も英雄らしい英雄と、既に悪鬼なんていう二つ名が付いている、世界を滅ぼす剣の、鍛錬風景。




 それは、とても綺麗だった。




 いつもの様に脚を使って自分の限界を確認するお父さんは当然の様に見てる女性がいれば声援が飛ぶんだろうなあと言うほどに鬼気迫る迫力がある。


 いつもの甘いマスクとか言われてる普段の顔と、英雄として戦う時のお父さんの顔は、真逆と言っても良いほどに違う。


 それがなんだか面白くて、わたしはたまにこうしてお父さんの鍛錬を見学する。




 まあ、お父さんはわたしに良いところを見せようと一人の時より気合を入れてるってことまで分かってるんだけどね。




 そんなお父さんはともかくとして、クラウスさんはとても意外。


 てっきり悪鬼なんて二つ名が付くくらいなのだから乱暴な剣なのかと思えば、その剣の洗練された美しさはお父さんを優に上回ってる様に見える。


 表情は余裕で満ちていて、でも真剣な目付きはまるでお父さんとは真逆の雰囲気。




「綺麗……」




 思わず呟いてしまって、マナちゃんに聞かれていないか下を見てみると、いつの間にか袖を掴んでいた小さな少女は居なくなっていた。


 何処に行ったんだろうと思って周囲を見渡すと、視界の端に何かが動いているのが見える。




 それは、クラウスさんの足下だった。




 マナちゃんは、知らない間にクラウスさんのすぐ近くに並んで木剣を振るっていて、その表情はまた真剣。




「ふふ、かわいい」




 普段からお父さんや、お母さんの暗殺紛いのいたずらを見ている身からすれば、それはお遊戯も同然。


 本当に小さい子が、ただ頑張って木剣を振るっているだけ。


 そこにはまるでセンスも感じられず、とてもではないけれど勇者の身体能力も感じられない。




 それでも、その小さな女の子は、英雄の中の英雄と、それを上回る綺麗な剣の隣に立って、必死に緩和振るっていた。




 その三人の鍛錬はどこまでも美しくて、……。




「追いつけるわけないって、思わないのかな」




 ついつい、そんなことを呟いてしまうのだった。




 ――。




「いつかその才能は、完全に消失する。それでも今努力して、君は耐えられるのかい?」




 いつの日かそう宣告された魔法使いの様に、ただの一般人の少女もまた、少しだけ変わろうとしていた。

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