第百二十二話:魔女の呪い

 夕食後、落ち着きを取り戻したサンダルが鍛錬をすると言うのでそれに付き合って、クラウス達は広大な庭へと出て行った。


 マナやタラリアも付いて行った為に、残るはサラとナディアだけ。


 そんな中で、二人は食事の後片付けをしながらある話をしていた。




「良かったんですか? あんな、タラリアを認める様なことを言って。少なくともあの子は私の子ですから、興味は持ってしまってますよ」




 他に誰も居ないことを確認して、ナディアはサラに話しかける。


 先程の会話の中で、結論はどうあれタラリアなら自分と一緒にクラウスとくっついても良いと言う旨の発言をしたのは、紛れもなくサラだった。




「けしかけたナディアさんがそれを言うかなぁ……。うーん、私は私で、なんというか、卑怯な打算みたいなものがあったんですよ」




 少しばかり苦い顔をしながらサラは言う。




「打算?」


「そうなんです。私、魔法使いですから」


「ああ、なるほど。……タラリアが一般人なのは、あなたにとって都合が良いってことですか」




 魔法使いだから、一般人が側に居てくれるのは都合が良い。


 その理由を、ナディアはよく知っている。


 それは相手がどうあがいても追いつけないクラウスなのだから、尚更。


 それはナディア自身がかつてそうだったから。


 どれだけ頑張ってみたところで、追いつけないレインと、勝てない聖女。


 そんなフラストレーションを喧嘩相手として受け止めてくれていたライラは、気付けばナディアの心の支えになっていたことを、覚えている。




 だからナディアは自分の娘をそんな打算で考えられても、その顔色を変えない。




 それが直視出来なくて、サラは少しばかり顔を逸らしてしまう。




「あはは、そうなんですよ」




 そして更に俯いて、懺悔の様に告白を続ける。




「そうなんですよ。私は英雄の娘で聖女のおかげか魔法の才能もあったものだから、挫折を知りません」




 それは聞く人が聞けば、ただの嫌味だろう。


 しかしナディアは、笑顔でそれを受け止める。




「好きな人も、手に入れてしまいましたしね」




 ナディアの発言も嫌味では無いのは顔を見ればすぐに分かった。


 その表情には妬みも無ければ、蔑みの視線も無い。ただただ、穏やかな微笑みがあるだけだった。




「そうなんです。私よりも格上のはずの、エリスさんにも勝っちゃいましたし」




 それは予想外だったとでも言わんばかりに、サラは言う。


 グレーズ王妃は時代が違えば英雄だったと言われる英傑。ナディアが見ても、本当の実力でトップ5を決めるとしたら、5番目は準優勝の父に負けたサラではなく、そのサラに負けたエリスの方だと考えている。




「あの闘いは見事でした。流石はあのエレナの娘だと感心しましたよ」




 決着は、覚悟の差だった。


 実力はエリスが上だとしても、覚悟はサラの方が遥かに上回っていた。


 本来なら覚悟だけでサラが勝つことは無いのだけれど、サラは少しばかり特別だ。




「私の覚悟ってママ似ですかね?」




 手首を落として覚悟の勝利。


 それはどちらに似ているのか、と問う。




「いや、あなたの性格はどちらかと言えば父親似ではないですか?」




 ナディアからすれば、それはきっと、ルークに近い。


 勝つ為に、守る為に自分を犠牲にすることを、エレナはきっと選ばない。


 その答えにサラはやっぱり、と項垂れる。




「そうなんです。きっと、私の問題はそこなんです。私、ママみたいにあなたが居れば他は何も要らない、なんて出来ないかもしれないんですよ」




 エレナなら、大切な人を守る為にはその他全てを犠牲にする。あの場面で自分の手首を犠牲にするとしたら、ルールは関係無く死ぬまで相手を叩きのめすだろう。


 きっと、ルー君の好きなこの手を斬るなんて許されない、なんてことを考えて。


 だからこその、エレナ出場枠が存在しないのがあの大会だ。




 そんなことを想像したのか、ナディアはふっと息を吐いて、こう言った。




「そうですね。流石にそれを割り切れるのはエレナ位のものかもしれません」




「ナディアさんでも難しいんですか?」




 それは、サラにとって少し意外な言葉だった。


 ナディアはエレナ寄りなのかと考えていたし、好きな人を手に入れる為ならなんだってしようとする所は似ていると、エレナ自身が言っていたことがあるからだ。




 しかし、それも次の言葉を聞けばサラも納得する。




「私はどちらかと言えば、並んで歩きたいタイプですから」


「あはは、確かにそうかもしれませんね」




 思えば、母はそんなことは言わない気がする、とサラは納得する。


 守るのは私、守られるのは私、世界の中心はルー君で、私はそれを一番近くで見守るの。


 そんな存在意義とも言える思想が母の根底にあることを、サラは流石に分かっていた。


 娘にも確かな愛情を注ぎながらも歪な感覚を持つ【悪夢】と、力に逆らえなかった【魔女】とは、考えてみれば根本的に違うのかもしれない。




 そう考えたところで、魔女はふむ、と頷いた。




「となると、あなたはいつか来るその日に、あの子を支えられなくなると」


「その可能性だけはずっと考えてました。だから、私の大会前の修行は精神修行を主にしてきたんです」




 あの修行は、言ってみれば何よりも無意味な修行だった。


 これまでサラは、魔法使いだから・・・・・・・修行をサボってきたし、父も母もそれに何も言わなかった。


 しかしそんな父が、クラウスと共に旅をしたいと言った途端に課してきた、厳しい修行。


 それは無意味だからこそ、意味があるものだった。




「でも、不安ですか」




「はい。だから、もしもの時に時にリアちゃんが居てくれたら、私は楽だなって、そう思っちゃったんです。……卑怯ですよね」




 ナディアの言葉に、サラは素直に答える。


 この魔女は、人の弱さを誰よりも分かっている英雄の一人。


 そんな人が親身に話を聞いてくれるのだから、ついつい安心感から本心を告げてしまう。




「うーん、難しい所ですね。もしもあの魔女がそんな情けをかけて来ていたのなら、私は全力で彼女を殺そうとしたと思います。でも、ウアカリ的に考えれば男のシェアなんか普通も普通ですから」




 ナディアはやはり、気を悪くした様子もなく答える。


 それに少し我慢が出来なくなったのは、サラの方だった。




「男のシェアって……。ナディアさんは、娘が私に利用されるって場合、許せないってならないんですか?」




 サラは、たしなめられたかったのかもしれない。


 一番は自分だと結論付けておきながら、タラリアが居てくれると心休まるなんて、どう考えても卑怯者だ。


 しかしナディアはそれまでの微笑みを直し、真剣な顔で言った。




「あなたなら、なりません。私の場合は人を選びます。言ったのがあの魔女なら殺してタラリアを一番にさせてあげたいですよ。でも、あなたなら……。


 これから先のあなたの苦労はよく分かっているつもりですしね。


 どちらにせよ、タラリア一人にクラウスを支えるのは不可能です。あの子は一度も世界に満ちるマナと触れ合ったことが無いんですから。英雄に守られる、力無き女の子として生まれて来てしまったのですから。


 でもあの子にも、あなたなら支えられるかもしれません」




 サラは悪くないのだと、ナディアは言い切った。




 ナディアは母として、娘の心境も理解している。


 英雄と英雄の間に生まれた、一般人の子。


 偉大な両親に比べて、平凡な勇者すら下回る、なんの力も持たない凡人。


 そんな子がこれまで持ってきた夢は、諦めてきた夢は、誰かを救いたいということなのだと、本当は知っている。


 どれだけ努力したところで、必ず両親と比べられる。それがどうしようもなく辛いのだと、本当は知っている。


 だから、もしかしたらサラの弱さは娘を救うことにも繋がるのかも知れないと、そんなことを思いながら表情を崩し、言葉を続ける。




「まあ、全てはあの子次第なんですけどね。私は母親として、あの子の幸せを願わなければなりませんから」




 結局、タラリアが言葉通りクラウスに気がないのであれば、そもそも話は成り立たない。




「流石、ナディアさんはそういう所冷静で頼りになります。リアちゃんの様子は、私も注意して見てみますね。ところで」




「どうしました?」




 話は一旦終わり、もう一つ気になったこと。




「なんでナディアさんは、そんなクラウスに肩入れするんです?」




 ナディアはどうにも、クラウスのことを気に入っている様子が見受けられる。


 世界を滅ぼすかもしれないという危険を持っているにも関わらず娘を近付けようとしたことからも、その異常さは際立っている。




 すると、ナディアは一度大きく溜息を吐いてからこう語った。


 それは、きっと今でも残る【魔女の呪い】なのだろう。




「憎らしいことに、本当に私とあの魔女は、どこまでも似ているみたいです。


 どうしてもあの子は魔女の子と言うよりも、私とレインさんの子の様な、二人目の子、息子を見ている様な気分になってしまうんです。


 どうしても、一目見た時からクラウスのことは、我が子を思うかのように、幸せになって欲しいと願ってしまいます。


 私は本当は、タラリアの幸せだけを願わないといけないんだと、分かっているのに……」




 ナディアの持つ勇者の力は、最強の男に好かれる為だけに出来上がったもの。その伴侶が運悪くちょうど自分とほぼ同じ人物だったのなら、その子どもは自分の子どもと変わらない。


 それは確かに、どうしようもない思い。




「……その思いは、まだ私には少しだけ重いかもしれません」




 サラは、聞いて悪かったと俯きながら答えた。


 それを見て、ナディアは気にしないでといった様子で微笑む。




「ふふ、まあ、全てはタラリアの気持ち次第ではありますけど」




 そんなナディアの言葉に、サラもまた笑顔で返す。




「そうですね。リアちゃんがクラウスなんて嫌いだって言ってくれれば、ある意味解決なわけですし」




 その笑顔は、少しだけ無理があったのかもしれない。




「そうなっても、あなたは大丈夫ですか?」




 ナディアの言葉は、今度こそちゃんと、サラを笑顔にするものだった。




「ナディアさん、やっぱり優しいです」




 それが今回の相談で、サラが感じた全てを纏めた言葉。




 ――。




 ナディアはそれに、少しだけ驚いた顔をして、返してみせる。




「私はほら、鬱陶しい英雄に苦労させられてますから……ふふっ」




「ん、どうしました?」




「いえ、まさか私が優しいなんて言われる日が来るとは、……脚が動かなくても、あの人が死んでしまっても、目覚めてみるものですね」




 ナディアの言うあの人はきっと、レインだけではなくライラも指しているのだろう。

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