第百話:サラの呪い

「いやぁ、レインを英雄って敬うのは良いことだと思うんだけど、……どうしようね、この子」




 のそりと起き上がりながら、サラはクラウスに言う。


 結局サラの為の休み時間として取ったつもりなのに、大して休めていないサラはまだ目の下にクマを作っている。


 サラとたまらんタマリンのコンビネーションによる特別な魔法である『聖女の森』の守りはデーモンレベルまでなら容易く防ぐが、それ以上の魔物の侵入に対しては足止め程度にしかならない。


 その為眠ることは出来ないにしても少しくらいはのんびり出来たら良いと思っていたのだけれど、女勇者がクラウスに構い始めたことで気が気ではなかったらしい。


 手加減をするのも手間がかかるのか、女勇者は糸が切れた様に眠り始め、だらしない顔を晒している。




「サラはどうしたい?」




 これ以上この娘に構うのはサラにとって負担になると考え、逆に問い返してみる。


 英雄レインを好むのは良いにしても、瞳の色で問い詰められるのは流石に困る。


 クラウス自身は父が誰かを知らない為に問われても答えられないし、だからと言って危険を顧みず旅をする無茶な女、付きまとわれるわけにもいかない。


 そうなれば、今は下手にこの女勇者をかばうより、下手にサラの機嫌をとろうとして失敗するより、あの『悪夢』の娘であるサラに任せておくのが一番サラとしても楽だろう、という考え。


 するとサラは少しだけ首を捻って考えると、予想通りとんでもないことを言い出した。




「んー、私が英雄の子って言っちゃったのが原因だし、クラウスのお母さんがオリヴィアだって言っちゃおう。実は生きてるとも。で、口外できない様にする呪いをかける」




 いとも簡単にそんなことを口にする。


 先ほどまで魂を抜く呪いをかけられて壊れかけていた女性に向かって、平然と新しい呪いをかける、なんてことを。




「……それは、危険じゃないんだよね?」


「危険じゃない呪いにするよ。エイミー大先生の髪の毛が陰毛になるみたいなさ」


「確かにそれは危険ではないけど女性にとっちゃ口外出来ない理由だな……」




 今はエイミーさんどこにいるのかなー等と呟きながら、早速女勇者に呪いをかけ始めるサラは、心なしか楽しそうな顔になっていた。


 聖女の魔法書を改造しようとする邪教徒を相手に日夜世界中で暴れているあの狂信者は、ルークとエレナの恩師でサラの名付け親だ。


 今回使う魔法は、そんなエイミーから教わった安全な最悪の魔法、らしい。


 一通りぶつぶつと何事かを呟き終わると、よっしと言って立ち上がる。




「この魔法はママには使えない奴なんだよね。なんだかんだでエイミー先生はちょっと頭おかしいけど平和主義者なのに対してママは根っから狂ってる部分あるからさ。私はどっちかってと性格はパパ似なのか、むしろ残虐なイメージは苦手なんだよね」




 自分の母親に対して随分なことを言うサラに多少呆れながらも、クラウスもそれに納得してしまう。


 肝心の母親はそれをきっと毛ほども気にしないのだろうからこの家族は上手く行っているんだろうな、なんて妙な感心を抱く。


 母に溺愛され、また自分も強く母に依存していたクラウス家とは随分違う家族の在り方が、また面白い。


 そんなことを思いながら、一応聞いてみることにした。




「どんな呪いをかけたんだ?」


「んー、まあ、説明するときに分かるよ」




 微笑みながら、サラはそう言い残して元々休んでいた場所に戻っていった。


 何故秘密にするのかは気になったものの、それからは随分と落ち着けた様で表情は段々と良くなっていく。


 それから2時間、クラウスに話しかけてくる者は一人も居なかった。


 女勇者はクラウスの座る木の根元で呑気に「クラウス様が英雄レインだったら聖女様が魔王落ち……んー、美味しい」等と寝言を言い始めたので、それを気にしない様にしながら周囲の警戒に務めるのだった。




 ……。




「サラ、大丈夫か?」


「うん、たまらんタマリンの再生能力で結構疲れも取れるからね。まあ、精神力だけは回復しないから、村に帰ったら少し眠らせてね」




 空が明るくなって来た頃、サラはそんな風に甘えた声で言った。


 直前に少しだけ魔物の群れがざわついていたのでそれを処分してきたクラウスが戻って来た所で、立ち上がってきたサラが「一晩の見張りお疲れ様」と言って来た所からの会話だ。


 一晩中寝ることもなく、ずっと魔法で自分の森を遠視していたサラは、いくら再生能力があるとはいえ疲れが取れるわけもない。


 物の再生と、人の疲労回復は違う。


 その精神力の部分だけで、随分と大変なはずだった。




「ああ、なんならここからはおぶっていこうか?」




 そうすれば、歩くよりも比較的に楽に遠視を継続出来るはず。


 なんとなくただそれだけを考えて、ただ労うつもりだけで言った言葉に、サラは赤面して答えた。




「いや、……それはまた今度で。ほら、臭いし」




 ただ、幼馴染だと思ってすんなりと言ってしまった言葉にそう返されれば、クラウスもサラを意識してしまう。


 自分の服のにおいを嗅ぎながらそう言うサラは、いつもとは違う、女の子の顔をしていた。




「おはようございます。朝から目の前でありがとうございます。いやー、初々しいですねー」




 不意に、足元でそんな声で聞こえてくる。


 何かと思って見てみると、クラウスが座っていた木の根元で眠らされていた女勇者が、二人のやりとりを見上げてにやにやとしている所だった。


 クラウスは、それに対してはあ、とあえて溜息を吐いて見せる。


 母がずっと独り身で頑張って来たのを見ていたからだろうか、起きたところなら寝ている振りをしていれば良いものの、わざわざ関わってくるのは余り好ましくない。


 対して自分の気持ちをここ10年以上隠そうとしていたサラは、顔を先ほどより更に赤くして顔を強ばらせていた。




「マヤ、ちょっとこっち来て。女同士の大切な話があるからさ」




 そう言って、蔦で拘束して無理やり草陰へと連れて行く。


 しばらくしてから戻ってきたサラのすっきりとした顔と、青い顔をしたマヤの顔を見たクラウスは、どちらがどう悪いのか、最早分からなかった。




 ちなみに、オリヴィアのことを伝えた上で呪いを一度無理やり発動させたらしい。




 ――。




「あ、そうそうクラウス。呪いってね、言うと失禁するの」


「え?」


「言うと失禁するの。一回言わせてみたからもう言わないはず」




 そんな会話があったことは、クラウスとサラとマヤしか知らない。

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