第九十六話:正義とは

「久しぶりね、アーツ。何か問題があるのかしら」


「ええ、他国の要人にこんなことを頼むのは悪いとは思ってるんですが、我々にはどうにも難しくて」




 一つの盗賊村がクラウス達の手によって壊滅してから一月程後のこと、国王アーツ・G・グレージアは三人の女性を連れてアルカナウィンドの王城を訪ねてきていた。


 女性達の手は縄で結ばれ、足も同様に走ることが出来ない様に短い距離しか動かせないよう結ばれている。


 口には布が噛まされており、一目見れば重犯罪者の様相を呈している。


 その三人とアーツ、そして護衛達を歓迎する形で城に迎え入れたのが、アルカナウィンド女王アリエル・エリーゼとその直属の護衛であるエリザベート・ストームハートだった。




「構わんよ。我らは表では仮想敵国等という形を取っているが、裏では同盟国ではないか。何より、エリザベート?」


「そうね。あのオリヴィア姫の弟と息子が関わっていて、私に断れるわけないじゃない」




 今では小国となったアルカナウィンドの女王と世界最強の勇者はそう言いながら微笑む。


 元より姉絡み、断られることは無いと分かっていながらもそんな風に微笑まれてはアーツも素直に事を伝えるしかない。




「他の女性達は魔法を解き家族の元へ返しました。しかし、問題は最初の一人目で発覚しました。


 脳そのものを弄られてしまった女性達は元の家よりもあの村が大切だという新しい記憶で埋められていました。それを無理に解いたものだから、一切の記憶が無くなる者も多く出てしまい、子どもと変わらない状態になってしまったり、発狂してしまったり……」




 何年にも渡って魔法に浸かってしまった影響だろう、新しく捕まった20人は無事に記憶を取り戻すことが出来たが、村で最初から生活していた女性達の殆どは過去の記憶を失ってしまっていた。


 魔法はイメージだ。


 彼女達の過去を何も知らなければ、例えルークやエレナであっても元に戻すことは出来ない。


 ましてやそれは変異してしまった人の脳。


 久しぶりに出会えた家族達の希望で殆どの女性達が魔法を解くことになったが、実体は想像以上に悲惨だった。


 当然の様に本人達は魔法を解かれる位なら一緒に処刑してくれと懇願し、魔法を行使する際には見ているのも辛い位の抵抗を見せた。


 それでも家族の元へ帰すのが正しいと信じて、アーツ達も家族もそれから目を逸らさずに向き合ったのだと言う。




「それで家族の居る者はその様に対処をしたのですが、この三名はその家族が皆殺されていたり、別の理由で既に死んでいたり、孤独の身なのです」


「それで本人達の希望は、村の男達と共に処刑されること、なのね?」


「ええ」




 何が正義か分からない、とアーツは言う。


 王とは決断する者。それが亡き父が普段からアーツに向けて言っていた言葉だった。


 今回の選択は簡単だ。


 ミラの村を皆殺しにした盗賊達の一味として、女性達もろとも処刑台送りにすれば良い。


 家族が居ないのならばアーツの決断に意見する者も無く、本人達も望んでいるのだから最も平和的な解決案。


 この時代の流れに則って不要な悪が居なくなれば、喜ぶ者こそいれど悪政だと罵る者はいない。




 そう、アーツ自身を除いては。




 アーツは、どうしてもその決断をとるのが嫌だった。


 何故なら、女性達は純粋な被害者だ。誰がどう見ても悪は村人達で、女性達は無理やり脳をいじられただけ。


 それを、運が悪かったという理由で罪人として処刑することを、アーツはどうしても受け入れられなかった。


 ただし、問題は彼女達自身だ。


 純然たる被害者であるはずの彼女達は、現在悪であるはずの村人達を心から慕い、共に死のうとしている。


 現在は被害者が悪人を慕い更に被害に会うという状況で、しかも彼女達にとっての正義は現在村人達にある。


 こんな状況で処刑を行う王など、誰が認めても自分だけは認められない。


 ならば更生するシステムでも造って村人達と共に隔離すれば良いのかと考えれば、やはり拉致した上に洗脳などする悪人の側に置くことなど有り得ない、となる。




「アーツはやっぱりオリヴィアの弟だね。ほんと、甘いよ」




 ふと、アーツの耳にそんな声が届いた。


 視線の先を見ると、普段は竜のマスクを付けているストームハートがそれを取り、微笑んでいた。


 まるで、そんな場合じゃないのに、とでも言いたげな嗜める様な表情ながらも、優しく見守ってくれる姉を連想する様な、そんな顔。




「ははは、全く、自覚はしてるんですけど芯は変えられないですね」




 それに思わず気恥かしさがこみ上げてきて、アーツは頭を掻いた。


 一頻り一国の王を相手に満足気に微笑んだあと、ストームハートは女王を振り返る。 




「さて、アリエルちゃんの力的には、どうなの?」




 アリエル・エリーゼの力、かつて正しき道を示すと言われていたその力を、現在のアリエルはその時の判断で利用している。


 それに頼れば大切な人が死ぬ。しかし頼らねば愚王となる。


 そんな厄介な力に振り回されながらも、なんとかかつての広大なアルカナウィンドの一部であった国々に平和をもたらしているアリエルは、しばし逡巡した。


 いや、逡巡どころではなく、明確に言いたくないという意志が表れた顔で、唸った。




「ふぅーむ……」




 それを見て、ストームハートはもう分かった、と再びアーツを振り返る。




「アリエルちゃんの力では、一緒に処刑が最良だってさ」

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