第九十二話:完璧な連携
「うわー、えげつな……。何あれ……」
クラウスが正門から村へ入るとほぼ同時、サラは裏の塀を越えて村へと侵入していた。
目の前には慌てる村人達が何事かと家の外に飛び出したり、外でそのまま倒れたり、まさに阿鼻叫喚といった状態。
サラは一応背景と同化する魔法を使ってはいるが、上手く使えず丸見えといっても良い状態。
それにも関わらず、誰一人、全く気づく気配すらない。
その注意は完全に幼馴染に向いていて、長らく一緒にいたサラ自身もまたそれに注目してしまうことから、村人達が背後にいる別の侵入者には気づかなくとも仕方ないとは思う。
サラもまた、同じ様に幼馴染のせいで上手く魔法が使えていないからだ。
「たまらんタマリンが完全に萎縮しちゃって全然使えないよ……。今日の服お気に入りだから代用出来るかな」
クラウスの現状を見誤っていた、とサラはボヤく。
魔法使い達も勇者ほどではないが、何かの異常を感じ取っている。
魔法は使えない訳ではない。ただ、上手く扱うにはより高度なイメージを必要とする様になっている。
その程度ではあるけれど、たまらんタマリンだけは別だ。
聖女が造った神器とでも言うべきこのタンバリンだけは、この事態に魔法の増幅装置としての役割を果たすことを拒否してしまっていた。
魔法の道具は、思い入れさえあれば何でも良い。
サラの場合は幼い頃から共にあったこのタンバリンが最良で、それ以外だと出力が落ちてしまうけれど、使えないことはないはず。
その考えは、こういう事態を一応は想定していたこともあって、思ったとおりの結果を生み出した。
「あ、よし。服でなら魔法使えるや。でも、やっぱり魔法そのものが弱まっちゃってるかな。まあ、勇者がほぼ全滅だから大丈夫だけどさ」
改めて探知を使ってみれば、随分と村の中は静まり返っていた。
現勇者らしき人達はバタバタと倒れているし、自称デーモンを素手で倒せる男は家の壁に突き刺さったまま動かない。
「……ってかあれ死んでないよね……。本当にデーモン倒せるなら気絶してるだけだろうけど、誇張だったら即死だよ?」
まあ、クラウスさえ無事なら一人くらい死んでも問題ない。
というよりこれで種は発動するんだろうか、とそんなことを考えたところで、一般人らしき何人かの人々が逃げ出した。
彼らは、未だに上手く迷彩を使えておらず体から適当に草を生やした様な状態のサラには目もくれず、そのまま柵を乗り越えていく。
「へぎゃっ」
サラが予め仕掛けておいた捕縛の魔法は、最早何を心配したら良いのかも分からない心配をよそに無事に発動すると、柵を乗り越えた人々を縛りその顔面を地面に打ちつける。
「ちゃんと発動して良かったぁ。で、私は何をすれば良いの?」
ほんの少しの成り行きを見守っていると、遂に勇者らしき者の最後の一名も泡を吹いて倒れ、魔法使いは何も出来ず立ち尽くすだけの状態。
一度魔法が使えないことにパニックになった魔法使い達は、落ち着いて魔法を再行使することも出来ず、そのまま魔法を使えなくなってしまったのだろう。
そして一般人は半分程が逃げようとして縛られていて、残り半分は魔法使い達の様に呆然としている。
更に深く探知をしてみれば魔法使い達が魔法を使えなくなったことで地下もしっかりと見える様になっており、18人中3人が泡を吹き、残り15人は呆然としている。
地上の小屋に縛られていた2人も、片方は泡を吹いている。
そして当のクラウスは、敵地のど真ん中で首を傾げていた。
強大過ぎる敵が来たせいか、地下の18人と小屋に捕まっている2人の女性、そして家の中で気絶してしまった勇者達を除けば全員が外に出て来ていた。
その状況で、クラウスはどういうことだろう、とでも言わんばかりに首を傾げて威圧を解いたのだ。
つまり。
「もうたまらんタマリン使えるのね……。条件関係無し。見える範囲全員蔦で捕縛……」
しゅぱっと小気味良い音を響かせながら、外で呆然としている村人達が蔦に絡みとられ、動くことが出来なくなっていく。
最早それは作戦でもなんでもなく、ただの作業だった。
クラウスが首を傾げているということは、アレは無事に制御出来ていて、今は素のクラウスだということ。
それならば、ただ恋人となった幼馴染として接すれば良いだけの話。
「クラウス、今から蔦を出すから、家の中の人達全員縛り上げてくれる? もう全滅だからさ」
「えーと、……無事に地下の人達は救えたんだね、サラ?」
「うん。完璧。完璧に、連携も何も無かったよ。クラウス一人で全部解決って感じ」
特に何もしたつもりもないクラウスは、より深く首を傾ける。
そんな幼馴染に向かってサラはいい加減に蔦を投げつけると、あえて少し怒った様子で足早に地下へ向かって立ち去って行った。
『僕達にしか出来ない連携とか格好良いこと言っておいて全部一人で解決って、ちょっと酷くないですか?』
その後少ししてサラから届いたそんな念話に、クラウスは妙な冷や汗を覚えるのだった。
なるべく殺気は放たない様にしよう。
何が起こったのか自分でも今一把握出来ていないクラウスがこの日覚えた教訓は、それだけだった。
一方のサラはちょっと抜けてる所は話に聞くレインに少し似ているのかも、とその血をこっそりと面白がっていたことを、当然ながらクラウスは知らない。
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