第九十一話:食物連鎖
その村は、男しか生まれない村だった。
全員が勇者だとか魔法使いだとかいうわけではなく、ただ男しか生まれないというだけ。
ウアカリの様に異性を惹く魅力を持ち合わせているわけでもなければ、何か特段優れた技能を有しているわけでもない、ただ、男だけの村。
その村の男たちは、簡単に言ってしまえば野蛮だった。
いつ頃から続いているかも定かではない風習のせいで、彼らは女性の扱いを知らない。
ただ子孫をつくる為に女が必要だと知っているだけで、女が居ない村に女性の扱いを知る者は現れる訳もない。
つまり、彼らは略奪者だった。
女が居なければ、何処か別の場所から持ってこれば良いのだ。
彼らにとっては幸いにも、連れてこられる女性達にとっては不幸にも、この世界には魔法というものが存在する。
彼らの悪しき風習は、連れてきた女性達を魔法の力で洗脳して、自分達の都合の良い道具に変えてしまうもの。
それを彼らは、悪いとは思っていなかった。
生き残るには当然必要なことで、女が居ないのだから仕方ない。
所詮女というのは道具に等しくて、男達の為に存在するものだ。
そんな風に、本気で考えていた。
連れてこられる女達がそれで不幸を感じていないのだから、それがおかしいことに気づく者も出てこない。
そして何より、彼らに伝わる洗脳の魔法は見事なもので、洗脳された女達は自分達でこの村に来たのだと本気で答えてしまうことが、国が彼らを取り締まれない理由の根底にある問題だった。
かつてオリヴィアはこの村に立ち寄った際、そんな洗脳の魔法を夜中に受けたのだと言う。
ある理由からオリヴィアに効かなかったそれを、効いたと勘違いした男達が夜這いを仕掛けてきたことで、オリヴィアは大層な恐怖を感じた。
彼らはオリヴィアよりも遥かに弱い。
しかしそれでも、そんなことをされそうになったという事実が、勇者では無くなったただのオリーブ・・・・・・・にとって、この上無い恐怖だった。
それをエリーやエレナにでも言っていればこんな事件は起こらなかったのかもしれないが、まだ小さいクラウスを必死で育てていたオリーブは、それを心の底にしまってしまった。
あれから十数年経って、ようやく過剰とはいえクラウスは母の復讐を遂げることになるのだが、それは置いておく。
その日、村は大いに盛り上がっていた。
前々から見つけていた魔物に襲われない呑気な村、ミラの村を襲撃し、無事に18人の女を確保したからだ。
帰り際に見つけた冒険者の二人組も含めて、これで20名。
数が多い為に洗脳は大変ながら、村そのものも全滅させてきた為に理由作りも簡単だ。
数人逃げ延びた男は戦い方も知らない連中ばかりで恐らく死んでいるし、ブロンセン側は塞いでいたので屈強な勇者達を呼ばれることもない。
もしも逃げ延びて助けを呼ばれたとしても、それまでに女達の洗脳を完了させてしまえば安心だ。
そんな考えで、その日の村は浮かれていた。
衝撃は、突然だった。
突然勇者の大半が、女子ども関係無く弱い者から泡を吹いて倒れだした。
魔法使いも魔法が上手く使えないと焦り出し、どちらでも無い者は突然の出来事にパニックに陥った。
なんとか動ける勇者の中で、村人の代表格であるドニという青年は、村に何か異常なものが近づいていることを察して叫ぶ。
「落ち着け! 俺が排除してくる。お前達は女共を見張っておけ!」
ドニは村で最も強い勇者だった。
素手でデーモンを屠り、彼さえいればどんな略奪も成功する。
人望と実力、そして卑劣な計算高さまで、村の中では図抜けた存在だった。
そんなドニが出てくれるのならと、村人達は抑えきれない動悸の中でなんとか平静を保とうとした。
出て行ったドニが見たものは、死だった。
相手が強いだとか、弱いだとか、そういう次元の問題ではない、純粋なる死。
ウサギとトラだとかアリとゾウだとか、そんな可愛いものではなく、ただ栽培されたトマトとそれを収穫する人間。
それ程に決定的な食物連鎖の上下関係が、そこには存在していた。
「お前はどの程度の強さだ?」
死はドニに向かって言う。
その言葉に対して、ドニは逆らう術を持っていなかった。
「デーモンなら素手で殺せる」
余りにもすんなりと動く口は、少しも震えてなどいなかった。
これで死ぬにも関わらず、それに恐怖を感じることさえ許されない。
ナマケモノは死の間際、苦しまない様に力を抜くと言われるが、まるでそんな風に、ドニはすんなりと生きることを諦めていた。
「そうか。なら良いな」
そんな声を聞いた直後から、ドニの記憶は飛んでいる。
死は、クラウスは、ドニの実力を聞いて、死なない様に・・・・・・その体を掴んで木造の家へと投げつけた。
そこからは、恐怖の連鎖だった。
村で圧倒的な実力を持っていたドニがやられた理由を理解出来る者は居ない。
勇者は得体の知れない死を直視すればその殆どが意識を失うし、それ以外はドニが恐怖を感じてすらいなかった様に見えていた。
つまり、負けた事実を認めることすら一瞬では出来なかった。
その日、男しか生まれない村が滅びるまで、かかった時間は10分もかからなかった。
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