第九十話:僕達にしか出来ないこと

 サラが準備を完了するまでは、15分程を要した。


 種を受け付けることそのものも難しいイメージが必要らしいのだが、その上で状況確認も並行して行った為だ。


 並行して二つのイメージを続けるのは非常に難しい。


 その為多くの魔法使いは並列にイメージし続けるのではなく、片方を長時間持続する様に予め準備しておき、そこに新しい魔法を重ねて使うということをする。


 ただし、その場合は予め行使した魔法は細かいコントロールが効かない。


 探知の場合、単純に視線を逸らして横目で見る様な形になり、何かがあった場合に気づくのが遅れる可能性が高いらしい。


 その為サラは、敢えて別々に行使した場合の三倍程の時間をかけて慎重に、地下以外全ての人に種を植え付けた。




 もちろん、それは単に慎重に慎重を重ねるだけでなく、クラウスをより落ち着かせる為の時間でもあった。


 そのおかげもあって、クラウスは完全に平静を取り戻していた。


 幼馴染から見て、いつも魔物討伐に出る時と変わらない、緊張感の無いクラウスだ。




「よし、準備出来たよ。それじゃ、存分にどうぞ」


「了解。人質は頼むよ」


「ん、任せて」




 そうして分かれようと一歩踏み出したところで、クラウスは足を止めた。


 せっかくだから、なんて不謹慎なことを言うつもりは無いし、これも何かの導きだなんて言うつもりもない。


 ただ、これから少しだけでも救おうとしているミラの村は、英雄レインと聖女サニィが初めて人助けをした村。


 生涯連れ添い、互いに故郷を救えなかった二人が、初めて守れたと言っても良い村。


 もう半壊してしまっているそれを、少しでも救えるなら、クラウスはサラに言っておきたいことがあった。




「サラ、僕達は、互いに中途半端だよな。英雄達には勝てないし、魔王を倒して世界を救えるわけでもない。


 今回だって、攫われた人達意外は殆ど全滅だ。


 まだまだ未熟だし、僕なんか英雄に憧れてるなんて言いながら、直ぐに助けるという選択肢すら持てなかった。


 レインは背後にエリー母娘が居たのに、見てろなんて言いながら平然とドラゴンを倒しにかかったらしいし、エリーオリヴィアは覚悟を決めて自らの師をその手にかけた。


 一方僕なんか、最初はマナすら殺そうとする小心者だ。


 だからせめて、これ以上は被害を増やしたくない」




 クラウスの真実を知っているサラからすれば、それは勘違いも甚だしい告白だった。


 既に実力だけなら英雄クラスな上、その自分やマナを何より大切にしてしまうのは、単なる思考誘導のせい。




 それでもサラはその言葉を最後まで聞くことにして、何も言わず耳を傾ける。


 クラウスの本心は、思考誘導なんかされていてもここにある。


 そう思ったから。




「今回僕達は、レインとサニィにも、エリーとオリヴィアにも出来ないことをしよう。


 僕達の出会いはつい一ヶ月前でも無ければ、互いに競い合わなければならないライバル関係でもない。


 僕達は一緒に育ってきた幼馴染だ。


 幼馴染で、旅に連れて行くと決めた以上は、……これからもずっと一緒にいるだろう?」




 大変な修行、頑張った甲斐があったな、とサラは思う。


 クラウスの母、かつてのオリヴィアの様に、模擬戦で腕を切り落とす様な激戦を演じてみせた。


 あれは正直、その位の覚悟があるのだと見せつけたかっただけ。


 もちろんそうしなければ負けていたけれど、だからといってそこまでする程の大会ではない。


 普通はあのシーン、負けを認めて決着となっても、誰もそれを批判しない様な場面だった。


 それを敢えて勝ちに行ったのは、ただそれを見て欲しかったから。


 見て、その覚悟を汲み取って欲しかったからだ。




「はっきりと好きだって言ってくれないのは不満だなあ……」




 口を尖らせつつも思わず出てしまう笑みをなんとか抑えつつ不満を口にするサラに、クラウスは頬を赤らめながら言う。




「ま、まあ、だからさ。出会って18年、互いを知り尽くした恋人関係? なんて言ったら分からないけど、ともかくだよ。


 たまたま僕達は勇者と魔法使いだ。


 レインとサニィよりも、オリヴィアとエリーよりも、より強い連携を発揮出来るはずだ。


 だよな?」




「あはは、焦り過ぎ。


 それに、大きな戦いの前にそういうこと言うのって不吉らしいよ。戦いには勝っても、帰りに事故であっさり死ぬとかさ。転移が出来る様になる前は結構あったらしいよ」




 早口で捲し立てるクラウスが面白くて思わず笑ってしまうと、クラウスは一気に意気消沈し始める。


 縁起が悪いにも程があると言うか、やっぱりあの悪夢の娘だと残念がれば良いのか、ともかくクラウスは目の前の残念な幼馴染を見て露骨に嫌そうな顔をして見せた。




「……今それを言うか…………。まあ良いよ。僕達にそういうのはまだ早いのかもな。チームワークも何も無いよ全く」




 拗ねるクラウスに、サラは強引に近づいてその頭をわしゃわしゃと撫で付ける。


 それはもう定番の、いつもの小さい頃からのやり取りだった。




「はいはい良い子良い子。……二人で無事に、皆を救出してマナの所に戻りましょう。ちょうど、私にしか出来ないこととクラウスにしか出来ないこと、今回はぴったりと分かれてるからね」




 そんな風に二人で肩の力を抜いて、互いにいつも戯れている時の様な、気楽な全力の姿勢をつくる。


 魔法使いのサラは特に、楽でいる時に最も力を発揮出来るからだ。




「それじゃ、行こう。サラ、くれぐれも気をつけろよ」


「りょーかい」




 最後にそんな一言を交わして、クラウスは布切れで顔を覆うと小さな街道を堂々と歩く。


 クラウスの仕事はとても簡単だ。


 とても簡単だとは言え、これが出来るのはきっと、歴史上でも4人程だろう。


 間違い無く史上最強の英雄であるレインと、心に侵入するエリー、そして幻術のスペシャリスト悪夢のエレナ。


 後は、勇者の天敵・・・・・であるクラウスくらいだ。




 クラウスは門の手前まで歩いていくと、村に向かって全力の殺気を放った。

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