第八十話:幼馴染

 世界は順調に、終わりに向かって進んでいる。




 あの強さを見るとそんな実感が大きくなる。


 旅立つ前と今、私は随分と強くなった様に思うけれど、あの成長はそれを遥かに超えている。




 もう、とてもではないけれど勝てない。例え逆立ちしても、寝込みを襲ったとしても。


 勝つイメージを作る手段すら分からない。




 ――聖女サニィも、こんな気分だったのかな。


 いいや、少し違うか。


 聖女は出会った頃から圧倒的に離れていて、それに追いつこうと必死だった人。


 私は逆に幼い頃には上だったのに、どう頑張っても追いつけない人だ。




 【悪鬼】という二つ名は、随分と皮肉が効いているものだと思う。


 戦い方から付けられた二つ名だとあの人は言っているけれど、実際はそうでないことを知っている。


 あれはいつか必ずつく悪評に対して、精神的な耐性を少しでも持てる様にと名付けた二つ名だ。


 本人は割と気に入っているらしいのだから良いんだけれど、あの人はそれに少なからず罪悪感を覚えているのだろう。


 だからずっと近くで見守って可愛がっているのだろうけれど、実際は強い強いあの人が一番必死なのを、私は知っている。




 悪鬼クラウスはいつか必ず世界を終わらせる存在だ。




 全ての勇者は、クラウスの存在そのものに恐怖を感じる様に出来ている。


 鈍い者はそれをあまり感じない様だけれど、敏感な者はそれをきっちりと察知する。


 中でも、心を読めてしまうあの人は初めて見たクラウスに、産まれたての赤ん坊に、これまで感じたことの無い恐怖を感じたのだと聞いている。


 クラウスに比べれば魔王など、ハリボテの様な感情しか持たない人形に過ぎない、と。




 対して片割れと呼ばれる少女は、何故か少女の姿をしたコレは、言ってみれば救世主らしい。


 救世主と言っても子どもの今何が出来るのかは全く分からないけれど、魔物を美味しそうなんて感じることこそが、この子が片割れである何よりの証拠なんだそう。


 実際に心を覗くと、やっぱり全く同じもの・・・・・・を感じたのだとか。




 ――それにしても、名前がマナ、ね。


 それは一体誰の影響なんだろう。


 人々なのか、聖女なのか、もしくは皮肉なんだろうか。


 まあどれでも良いや。


 私はマナだと聞いていたし。




 ともかく、一先ずの目標は決まっている。




 私に課せられた課題は一つ。


 別に間に合わず失敗したなら失敗したで良いとは言われているのだれけど、英雄の娘としては達成したい課題だ。


 本当にそれで解決するのかどうかは、英雄のみんなにすら分からないのだし。




『マナを連れて、世界中の魔物を殲滅すること』




 パパの予想ではそれで、魔物が世界から居なくなるらしい。


 マナはクラウスと一緒にいないといけないと言うのだから、難しい課題ではあるけれど、クラウスも魔物と戦うだけなら大丈夫なはず、らしい。




 世界を終わらせる存在と救世主は、常に同じ所に居なければならない。


 もしも離れたのなら救世主は殺されて、世界は魔物で満ちるのだと、そんな予測が立てられているのだから。




 ……。




 時雨流三代目。


 本人は知らないそんな称号をクラウスは持っている。


 初代が二代目に託したことから、継承者には【不壊の月光】という剣が託されることになっている。


 それは決して壊れる事なく、常に作られたその瞬間の形を維持し続けている最上位の宝剣。


 決して変わらないことから、決して負けない強さを維持し続けることの象徴とされている、とは二代目の一人、オリヴィア談。


 だから本来で言えば、三代目と呼ばれる以上はそれを継ぐのはクラウスであるはずだ。




 ところが、クラウスに月光は託されていない。




 クラウス自身が三代目であることを知らないのだから月光を渡さないことも不自然ではないのだけれど、そもそもクラウスは自分のことを何一つ知らない。


 実は今クラウスが持っている旭丸は、本当にただ頑丈さに重きを置いただけのなんの変哲も無い汎用型の宝剣だ。


 それは月光と比べれば斬れ味こそ勝るものの、耐久性に関しては足元にすら及んでいない。




 クラウスは月光を持ってはならない。




 それがクラウスに三代目を密かに継承させておきながら月光を持たせられない英雄達の見解だった。


 クラウスの特異過ぎる力に月光が合わさればどの様な副作用があるのか、誰一人予想出来ないからだ。




 クラウスはそもそも、勇者ですら無い可能性が高い。


 その内に眠るものをマナだと言えるのならば勇者だと言っても問題無かろうが、それをマナと呼んで良いのかどうかは非常に曖昧なもの。


 一つだけ言えることは、その内に眠るものは、なんとか英雄三人がかりで封印しているそれは、魔王よりも遥かに危険な代物だということ。


 しかしながら、それを本人だけは、絶対に知ることがない。




 何故ならもしクラウスが内に眠るものを知ってしまえば、世界は今すぐにでも滅んでしまうかもしれないのだから。




 ――。




 はあ、と溜息を吐きたくなる。




 生まれた時から英雄の娘として盛大に誕生を喜ばれた私と、生まれた時から世界を滅ぼすかも知れないと心に封印を受けたクラウス。


 最初に彼に興味を持った理由は、同じく英雄の子どもなのに、いつも英雄の人達が少なからず警戒していることを可哀想だと思ったからだった。


 英雄達は警戒心を見事に隠していて、それにクラウスも気付いていない様だったけれど、一番近くで英雄達を見てきた私はそれに気付いている。


 だから、ちょっかいをかけてみた。


 確かそれが、一番最初だった。




 ずっと見ている内に、クラウスの本当の味方はとても少ないことに気付いた。


 溺愛している母親は置いておいて、英雄達と、ブロンセンの市民くらいしか味方が居ない。


 王都に行った時に、クラウスが託児所で「悪魔」と罵られたことを聞いて、それを思い知ったものだった。


 いくら抗魔王の中心国グレーズとは言え、個を重視する国の民が平気で他人を、しかも年端もいかない子どもを悪魔扱いすることなど有り得ないのだと聞いている。


 それでもクラウスは、大人にそう罵られたのだという。




 何も知らない大人・・・・・・・・に、そう罵られたのだという。




 その理由は簡単だ。


 クラウスが英雄譚を話した子どもの母親が、勇者だったから。


 見た瞬間にクラウスに恐怖を覚え、つい言ってしまったのだと、後の調べで確認が取れている。


「自分の子どもに悪影響を与えるから出来れば来ないで欲しい。そう伝えたかっただけのはずだった」


 ママがパパとそんな話をしているのを、夜にトイレに起きた時にたまたま聞いてしまった時から、あの幼馴染が気になって仕方がなくなった。




 魔法使いである私は、クラウスの驚異を全く感知できない。


 普通の男の子にしか見えなかったし、母にべったりな弱い勇者だと思っていたのが子どもの頃だった。


 それが成長するにつれてぐんぐんと力を伸ばし、15歳で初めて負けてしまった。


 悔しくて泣いたのもあるけれど、少しは英雄達が言っていることが本当なのだと実感して少し怖くなったことも理由の中には入っている。




 そう思って、初めて気づいた感情があった。


 このままでは私まで敵になってしまう。


 それだけは、絶対に嫌だということに。




 今目の前で暴れている幼馴染は、世界を滅ぼす存在だ。


 勇者に潜在的に恐れられ、マナがある限り際限無く強くなる化物。


 魔王と聖女の子どもにして、一人の英雄の力を全て奪ったマザコンで、そして、私の想い人だ。




 だから私は、この先どんな結末を迎えるのだとしても、私だけは味方でいると覚悟を決めた。


 聖女サニィにはなれないけれど、幼馴染サラとして。




 だから、返り血を大量に浴びて真っ赤に染まっている彼が戦い終わったのを探知して、一先ずそれを洗い流す為に水をぶっかけて、そして。




 お疲れ様、と微笑んでやろうと思ってる。

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