第五十四話:トーナメント
世界最強決定トーナメント。
魔王の居なくなった世界でこれが開かれる様になったのは、勇者の出生率が目に見えて落ち始めた頃。
魔王が居なくとも魔物に蹂躙される日が、いつかはやってくるのではないかと不安に駆られる人々が明確に出始めた時期になる。
そんな時、人々の士気を上げるために行われ始めたものがこの大会だ。
世界に英雄を見せつける機会、と言うと少しいやらしい感じがしてしまうが、通常の勇者や魔法使いとは隔絶した力を持つ魔王殺しの英雄達の戦いを間近で見ることで、人々に安心感をもたらす効果が得られるだろうというものが、この大会の主な趣旨となる。
そんな大会には、一つの元になった英雄の話がある。
かつて二人の英雄が毎月一本の剣を巡って決闘を行い、鎬しのぎを削っていた。
最新の英雄で、消えた英雄エリーと命を賭して魔王を討ち滅ぼしたオリヴィアだ。
二人は毎月毎月壮絶な戦いを繰り広げ、魔王討伐軍の面々の士気を盛り上げていたと言われている。
一人は既に死亡が確認されており、一人は何処にいるのかも分からない。
しかしながら、そんな二人の戦いは今や伝説だ。
比較的場所を選ばずに行われていたそれを見ていた人物は、中高年を中心に数多く存在する。
そんな二人の戦いを元にして、世界中の人々の士気を上げる為に毎年世界各国で交代で開催されることになったものが、この世界最強決定トーナメントとなる。
この大会の場に於いては、政治的な軋轢はその一切を無効としなければならない。
世界中全ての国が協力し、もしも大会の期間中に何処かの国が魔物に襲われれば、全ての国でもって対処する。
当然ながらそれに乗じたクーデターや宣戦などもってのほかで、その場合も全ての国、全ての英雄を敵に回すことになる。
選手は国毎に自由に決めて良いことにはなっているが、いつの間にか国の維新をかけて行われることになっているこの大会では、基本的にその国で最強と呼ばれる者が出てくることになる。
中には個人間の軋轢がある者もあるが、その程度は仕方が無い。
勝った者が正しいとまではいかないにしろ、文句があれば勝てば良いというのが半ばルールの様なものとなっている。
そんなわけで、この大会に懸ける各選手の意気込みはそれなりに熱い。
いくら政治問題は無効だとはいえ、個人間の問題と言ってしまえばそれまでで、現状孤立しているとも言える魔王擁護派の国の代表であるエリザベート・ストームハートがチャンピオンで有り続けていることに不満を持っている選手は多い。
どうにかして彼女を王座から引きずり下ろしてやろうと各国が力を入れているのだが、どう頑張った所で英雄達の四強は八年間ただの一度も崩れることが無かった。
実はこれには英雄すら知らないとある理由があるのだが、それは今は置いておくとして、ともかくこの大会は、様々な思いが渦巻いている年に一度のお祭りだ。
――。
「予想以上の人の量だね、マナは大丈夫?」
「うん。ブリジットちゃんのままのおうえんするの」
言葉に反してがっしりとクラウスにしがみつくマナの頭を撫でながらコロシアムの中を見渡す。
中には人が溢れかえっていて、自国の選手の応援幕を持っていたり、何やらよく分からないことを叫んでいたり、天井が解放されているにも関わらず熱気で気温が上がっているかの様だ。
クラウスとマナの二人はルークから貰ったチケットを見ると関係者席を用意されていて、そこに行けば見知った顔が何人も居る。
「クラウス君、こっちだこっち」
「マナー! いらっしゃーい」
そこにはグレーズ王とブリジット姫が居て、その奥にはエレナもいつもの調子で座っている。
王の後ろの席にはジャムの内の二名、ジョンとサムが座っていて、目を瞑っている。いつも通りに眠っているのだろうかと思うとなんだか変わりない様で安心だ。
他にもマルスクーリア夫妻も居て、さながら同窓会の様相を成していた。
確かにそのメンバーを見ればそこに案内されるのも納得出来る。
残念ながら母やエリー叔母さんやアリエルさんは居なかったが、母を中心として彼女達は公の場に出てはまずい人達ということなので仕方ない。
「はい、これが選手名簿だ。クラウス君には応援したい選手もいるんじゃないのかな」
「ありがとうございます。応援したい選手、ですか」
「座って落ち着いたら目を通してみると良いよ」
名簿を受け取って示された席に座る。
グレーズ王、ブリジット姫の隣にマナが座り、その隣がクラウス、そしてエレナという並び順らしい。
一通りの挨拶を交わすと名簿に目を通し始める。
参加者は128人。
七回の対戦で王者が決定することになる。
そこにざっと目を通してみる。
1:エリザベート・ストームハート(アルカナウィンド)
2:エリック・ソーウェル(グレーズ)
64:サンダル(スーサリア)
65:イリス・ウアカリ(ウアカリ)
「ああ、エリックという人は一回戦目でストームハートと当たってしまうんですか……」
クラウスは幼少期の影響もあって、グレーズ王国にそれ程肩入れしているわけではないが、自国ではある。
それに隣にはブリジットやアーツ王も居る為に、そんなつもりは特に無いが、下手なことを口には出来ない。
すると、答えたのは王ではなくジョンだった。
「ああ、エリックの坊ちゃんにはちょうど良い薬になるだろう」
「何かあるんですか?」
「エリックは魔法使いだが、個人戦なら俺より強いんだよ」
世界トップクラスのジョンより強い。それは凄いことではないのかと思うが、ジョンは首を横に振る。
「しかしな、俺達ジャムの本領はあくまで集団戦だ。個人戦で俺より強くても大したことはない。でもなあ、その坊ちゃんはちょっと調子に乗ってるんだ。貴族の出でもあるしな。
だから、敢えてこの大会に出してやることにした。下手に勝つよりちょうど良いだろうさ」
「……なるほど。しかしいきなりストームハートとは、心が折れませんか?」
「そりゃ、大丈夫だ。あんだけ嫌われてる国のストームハートを敢えて英雄と呼ぶ理由が、クラウス坊にはすぐに分かるだろう」
「それは……楽しみですね」
一回戦から、いきなり面白い戦いが見られるのなら是非もない。
エリックという魔法使いのことはともかく、そんな彼との戦いで英雄だと言われる理由が分かるというストームハートの戦いを見てみたい。
クラウスの気分は既に周囲の熱気に追従する様に盛り上がりを始めていた。
そして、更に名簿に目を通す。
99:エリス・A・グレージア(グレーズ)
上手く勝ち抜けば、準々決勝でルークと当たる位置に、その名前はあった。
ブリジットの母にして、元グレーズ最強。
クラウスとの戦いから三ヶ月、今はきっとずっと強くなっているだろう。
そんな、楽しみな選手の一人。
そして、その後にあった名前にクラウスは思わず「なるほど」と息を飲んだ。
そこにあった名前を見れば、確かにクラウスも応援せずにはいられない。
対戦カードもまたクジで決めるのだと言うが、運命のいたずらの様だ。
108:サラ・スカイウォード(ベラトゥーラ)
それは四回戦でエリスと当たる位置で、五回戦となる準々決勝で父であるルークと当たる位置にある、幼馴染の名前だった。
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