第五十三話:ハーフグラスにて
「久しぶりだね。いらっしゃいクラウス君。そして初めましてマナちゃん」
二人がベラトゥーラ共和国首都ハーフグラスに到着すると、門前でルークが待っていた。
恐らくルークの遠視魔法の応用なのだろう。まるで待った様子も無く告げるとクラウスに抱かれているマナの頭へと手を伸ばす。
珍しいことに、マナは何処か緊張の様子は見せながらも全く嫌がる様子を見せず、頭を撫でられている。
ルークが見えてすぐにあの人がサラのパパだと言ったのが効いたのだろうか、なんてことを思いながら挨拶を返すことにする。
「お久しぶりですルークさん。霊峰では会えませんでしたけど、サラの修行は順調ですか?」
「はじめまして……」
借りてきた猫の様に大人しく挨拶を返すマナに、ルークもまた頬を緩めると、「サラもこんな頃があったなあ」とクラウスにとっては信じられないことを言い始める。
クラウスの知る限りでは、サラはやんちゃというイメージがぴったりだった。
それは今のマナ位の歳でも変わらず。
「ははは、信じられないって顔をしてるね。たまーにあったんだよ。ストームハートに初めて会った時とかね。まあ、本人の居ない所ではこのくらいにしておこう。サラの修行は順調だよ。直ぐに見せてあげることも出来ると思う」
まあ、大会に出るからね。と心の中で思いながらルークはハーフグラスの案内役を務めると言って歩き始めた。
門は顔パスだ。英雄であるルークが二人は知り合いだからと言えば、ろくにチェックされることもなくすんなりと門を通る事が出来る。
流石に有名人のルークだ。チェック待ちの冒険者や旅行者達の列の横を通って行こうが、それを不満そうにする者すら居ない。
逆になんだか申し訳なくなる程に羨望に近い表情をされることに居心地の悪さを感じていると、それを見たルークが理由を答えてくれた。
「まあ、僕に文句を付けるとエレナが出るからね……」
遠い目をしながら言うのはそんな簡潔な理由。
エレナが出る。これ以上の悪夢はこの国では起こりえない。
逆に言えば、ルークに案内をされる以上はこの国ではトラブルは起こらない、ということなのだろう。
盗賊団と言えば盗賊団の一つなのだが、この国には暗部がある。
王国ではない共和国という政治体制故だろう、チンピラを裏で束ねる更なるチンピラとでも言えば良いのだろうか。そういった連中が存在する。
そんな、裏で政治をしているつもりの連中に下手にちょっかいを出せば重大なトラブルに巻き込まれることになる。
そいつらはどこに潜んでいるかは分からず、しかし門を通る時の情報は必ず仕入れている様で、実際に門番等の公務員と癒着があるのではとも言われているが、それは定かではない。
ともかく、そんな国なのだからルークはわざわざ門でこの二人は自分の客なのだとアピールをすることにしたということ。
もしもそれでも裏の連中がルークの客人にちょっかいを出すのなら、エレナが出てその組は壊滅する。
だから、もしも大会中に問題を起こせばエレナは自ら出ると宣言することで、この国では大会中のトラブルはチンピラの上澄みか他国の人間しか起こすことはない。
ルークはそんなことを簡潔に説明してくれた。
過去にエレナが攫われたサラを救う為に起こしたという事件を思い出す。
倉庫と人が一体化したまま生きていた、という話。
サラも連れ去られた所は覚えているが、助けられる所は寝ちゃって覚えてないと言っていたエレナの襲撃が、この国では15年経った今でも教訓としてしっかりと息づいているらしい。
そこでふと、先ほどのことが脳の隅をつついて来た。
「あれ、エレナさん襲撃の件って、サラは絶対助けてくれるからってのんびりしてたって言ってましたけど」
「ああ、サラは肝は座ってるからね。でも、たまに緊張する相手もいるみたいなんだよ」
なんじゃそりゃ、と思わず口に出してしまう。
それはマナの様に基本的に他人が苦手で、たまに大丈夫な人がいるのとは真逆らしい。
ルークがマナが大人しくしているのを見てサラの小さい頃のそんな希なことを思い出すというのは、もしかしたら以外と親馬鹿なのかもしれない。そんなことを思ってしまう。
まあ、男親は娘が可愛くて仕方がないと言う。
それならば、こんな可愛いマナとやんちゃなサラが同じに見えてしまっても仕方ないのかもしれない。
それが既に親馬鹿な思考だということにも気づかず、クラウスはそう納得した。
――。
「それにしても、今年の大会は楽しみだね。クラウス君も出られたらもっと盛り上がったんだろうけど、そこだけ残念だ」
街を一通り案内されて入った喫茶店、ルークは思い出したかの様にそんなことを切り出した。
クラウスが出られないということはルークも知っているらしい。
「今年から各国二人の代表者ですもんね。僕はルークさんの本気が見られるだけでも楽しみですが」
冗談ではなく、そう答える。
クラウスは英雄の本気は、まだ一度として見たことが無い。
エリー叔母さんに簡単に負けてしまう時点でそこまで行っていない実力で、英雄の本気を見られるこの機会がクラウスにとっては非常に貴重だ。
「ははは、ありがとう。でも残念ながら、優勝するのはストームハートだ」
しかしルークは、あっさりとそう答える。
「それ程強いんですか……」
そんな、まだ本気を見たことすらない高みに居るルークがあっさりと答えるルークの様子は、とてもじゃないが諦めているわけではなさそうだ。
少しだけ悔しそうな顔をした後に言う。
「彼女には、魔法使いでは絶対に勝てない」
諦める諦めないの問題ではなく、単なる事実として。
そんな確信の篭った言葉と表情に思わず喉を鳴らすと、少しだけ表情を和らげる。
「伊達に8年間チャンピオンの座を譲らないだけはあるのさ」
そう言うルークを見て、思わず胸が高鳴るのを感じる。世界最強と言われる英雄はそこまで強いのか、と。
それを見てか、クラウスは一つくすりと笑うと、こう尋ねてきた。
「ところでクラウス君は英雄以外で注目選手はいるかい? あ、名簿はまだ選手しか目にしていなかったね」
少しだけ抜けたその質問でようやく空気が弛緩するのを感じて隣を見ると、マナは既に船を漕ぎ始めていた。
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