第五十話:霊峰を離れて
発狂した様子を心配した翌日から、幼馴染は早くも生き返っていた。
理由はエレナも教えてはくれなかったし、音声も遮断するとかで理由は想像の域を出ることはない。
しかし表情だけを見るに、幼馴染であるサラは何か明確な目標を見つけた様に見えた。
それを見れば、クラウスも随分と安心することが出来て、マナもまた陰ながら応援の言葉を送っていた。
そのうちママになるかもしれないとエレナに聞かされてから、どうやらマナはサラに随分と肩入れをしているらしい。まほーつかいにはなりたくないけれど、サラが凄いまほーつかいになるのは嬉しい。
そんなことを言っている。
なんだか順調に外堀から埋められている感覚を覚えつつ、クラウスも同じく頑張っている幼馴染を応援する。
それから更に数日、戻ってきたルークとの挨拶を交わし、ルークが付けるサラへの修行も霊峰に入るもの以外は見学しつつ、霊峰を後にすることにした。
なんだか甘い匂いの漂う霊峰は魔法使いである幼馴染が死に物狂いで修行をしている場所で、聖女の残した不思議なガラス質の気が美しい雪山だった。
そんな手紙を母にしたためることだけは忘れず、山脈を東に抜けることにする。
かつてエレナが淫魔を相手に修行をしていたという山々。
マナも眠ってペースを上げていた所、そこを抜けようとしたところで、後ろから声をかけられた。
「もし、そこのお方。少しばかり手伝って頂けません?」
背後に人の気配等感じていなかったクラウスは、もしかして強力な魔物かと思って背後を振り返れば、そこには一人の美女が立っていた。
いかにもな妖しさを孕んだ絶世とまではいかない美女。
艶っぽい藍色の髪に、つり目がちな瞳は真っ直ぐにクラウスを見つめている。
何故かその美女はこんな山道で大荷物を背負い、頬を染めながら「お礼はきっちりと」等と言う。
すると、眠っていたマナは目を覚まし、眼前に居る美女を寝ぼけ眼で認めると、じゅるりと涎を啜った。
それに、美女は一筋の汗を滴らせる。
なるほど、と思う。
即座に逃げ出さないということは、確かに強力な魔物なのだろう。
今までの経験上、マナが起きていても襲いかかってくる魔物はデーモンよりも格上、ゴブリンキング辺りが最下級。
となれば、この美女の種類も見えてくる。
突然怪しい登場をしておいて、それが当然とても言うべき振る舞いは、それを怪しんだ所で問題が無いと言えるレベルの魔物だからだろう。
それでいて、魔素量で表す魔物としてのランクならばゴブリンキングよりも下。
しかし、強力な魔法使いであるが故に、実際に人が相手をするのならゴブリンキングよりも危険とされる魔物。
つまり、魅了のスペシャリストだ。
「サキュバスクイーン辺りってところかな」
その名前を出した瞬間、クラウスの胸の内に熱いものがこみ上げてくる。
サキュバスクイーンと言えば出現の仕方は様々だが、餌となる男を見つければそれが複数人であろうが女連れだろうが魅了して誘惑し、骨抜きにしてしまう魔物。
魅了の力が強力である故に登場の仕方は随分と雑ながら、瞬時に男の違和感を消し去ってしまう。
その魅了にやられた男は何年連れ添った相手が居ようと、連れの女の方を間違っていると認識してしまい、そのまま連れ去られては精気を吸い取られ、数年でミイラの様な見た目になりながら死に至ると言われている。
もしも魅了に罹った男がいたら殺すしかない。
それはそんな風に言われている魔物だ。
しかしその魅了は、クラウスには通用しなかった。
別にクラウスがマザコンだからという理由ではない。
マザコンだろうがロリコンだろうがなんだろうが、サキュバスクイーンの魅了を無効化することは出来ない。
最善の方法は、魅了にかかる前に殺すこと。魅了にかかる前には、やはり登場の違和感を感じる時間が必ずある。もしもただの人であるのならば仕方が無い。そんな覚悟で殺すことだ。
時点で、自身の魔法で魅了を軽減すること。精神系の魔法をサキュバスクイーンか自分にかけることで、魅了の効果を相殺することが出来る。
それはあくまでサキュバスの魅了も魔法の一つで、サキュバスの場合はその体の造形そのものが魔法の道具として機能している。それがまた、男に対して強力に作用する理由なのだが、それはともかく。
クラウスには、魅了はほぼ通用しなかった。
良い女だな、程度には思う。
しかし見た目は絶世というほどではない。母には負けている。
なんてことを考えられる程度に、冷静だ。
その理由は簡単だった。
「くらうす、あれ、食べていーい?」
マナが、目を覚ましたからだ。
なんとか平静を保った様子で笑顔を浮かべているが、その心は乱れているのだろう。
魔法はパニックを起こせば正しく機能しない。
サキュバスクイーンはまるでマナに対して驚異を覚えているかのように、それを抱いている男に魅了をかけきれない。
それが、クラウスが魅了にかからない理由だった。
しかしとは言え危ないところだったのは事実で、クラウスはふと全く別のことを考えていて、思わずサキュバスクイーンへの処理が遅れてしまっていた。
それは、クラウスにとっては胸が高鳴る物語の一場面で、サキュバスクイーンにとっては唯一のチャンスだった。
マナを抱いていながら魅了をかけられる状況というのは、なんだか、妖狐たまきに初遭遇したレインとサニィの物語に、少し似ている様に思ってしまったのだ。
もちろんそれはただの幻想でしかなく、そのサキュバスクイーンは特殊な個体でもなんでもなくただのサキュバスクイーンで、クラウスはその油断に自ら素振り100万回を課すことにしたのだということは、言うまでもないことだったのかもしれない。
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