第四十三話:マナへの対応

 グレーズとベラトゥーラの間には山脈が連なっている。

 3000mを超える山々には凶悪なグリフォンが巣くい、ただ山を越えるだけでも訓練になる。

 その為国交のあるベラトゥーラにある魔法使いの訓練場、マナスルという山に軍の魔法使いが修行に行く際には、転移を魔法を使わずこの山脈を越えることがグレーズ軍恒例の行事となっている。

 グリフォンの強さは一体ずつはデーモンに劣るものの、上空というアドバンテージを生かしてくる強敵だ。

 しかもそれらは群れを作り、連携をとった攻撃を仕掛けてくる。


「んー、グリフォンは結構訓練に良いって言ってたんだけど出てこないな」


 しかし、それが出てこないことに不満を漏らす青年が居た。


「ぐりふぉんって?」

「獅子の体に鳥の顔や翼を持った魔物だよ。この山脈を通れば00%出るって話なんだけど」


 マナがいる為に戦わない方が良いと分かっていながらも、どうしても疼いてしまうクラウスだ。


 ここしばらくは素振りばかりで、戦ったのはエリスとの一戦だけ。

 正確にはゴブリンキングなんかも居たのだが取るに足らない。

 やはりある程度強力な魔物であっても、マナが起きているというだけで来ないのかもしれない。

 安心する様な、どことなく不満な様な、そんな微妙な感覚がクラウスを襲っていた。


 マナは地上に降りて歩いてみたり、すぐ歩き疲れて抱っこをせがんだりと色々だけれど、今のところは高山病の様子すらなく、これまで通ってきた熱帯林や森林とはまるで違う景色に目を輝かせている。


「グリフォンもたべれない?」

「うーん、グリフォンも普通は食べられないな。魔物って普通は食べ物じゃないんだよ」


 マナを絶対に守れとの伝言を聞いて以来、マナへの対応をどうしたものかと考え続けている。

 一応母への手紙には『マナがスライムやゴブリンキングを美味しそうだと言った』ことや、『マナが起きていると魔物が出ない』ことを書いてある。

 母の対応を考えれば、恐らくそれすらも分かっていて、何があっても・・・・・・絶対に守れと伝えてきたのだろう。


(だったら詳細を教えてくれても良いと思うんだけどな……)


 そんな不満を覚えながらも、何があってもという言葉の意味を考えてみれば、マナの言葉をただ否定するだけでは間違いだと感じてしまう。

 そして母やエリー叔母さんの性格を考えれば、それは間違いなくそうだろう。

 あの二人は、絶対に無意味な隠し事はしない。

 特に母の溺愛具合を考えてみれば、本当は隠し事をすることすら大変なはずだ。


 もしもマナに魔物を食べさせたらどうなるのか、それも気にならないわけではない。

 それでも、やっぱり全ての人間が取り込んではいけないのだから今は【魔素】と呼ばれているのだ。

 そう考えると、今のところは食べさせるわけにはいかないというのが常識的な正解ということになってしまう。


 勇者が魔物を食えば体内の魔素、陰のマナと混ざり合って力を落とし、魔法使いや一般人が魔物を食えば狛の村の人々の末路や、狛の村で生まれた子ども達の様に凶暴化してしまう。

 それは月光が周囲に与える影響を失ったと言われる現在では、人間であれば100%間違い無く。

 そもそも人間が魔物を美味しそうだと思うことすら無いのは、それが理由。


 そっかーと残念そうなマナを眺めていると何が正解か分からなくなりそうだけれど、そう考えるとグリフォンが出てこないのは正解だと改めて思う。


「じゃあ、山を越えたら何処かで美味しいもの食べようか。なんでも良いよ」

「うん! じゃあハンバーグ!」


 相変わらず笑顔で肉食系なマナを抱きかかえ、クラウスは山脈の先を目指すことにした。

 ベラトゥーラで大会が行われるまでは三ヶ月程の期間がある。

 それだけの期間があれば、クラウスの脚なら随分と余裕だ。

 となれば、行く場所は決まっている。


 行き先は、きっと今頃修行している幼馴染が居るだろう、霊峰。

 クラウスの出発時に付いてこようと幼馴染は恐らく最速で修行を積む為、今頃は霊峰10倍コースなんかをやっているのだろう。

 マナに会った時の言い訳も、なるべく早い方が良い。

 そんな浮気の言い訳を考える夫の様なことを思いつつ、しばらくぶりの幼馴染に会いに行くことにするのだった。


 負けず嫌いのサラは10倍どころか、100倍コースで修行していることなど思いもよらずに。

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