第四十二話:勝率は0%
「またねマナ、こんどはどこで会える?」
王都を発つ日、ブリジット王女がそんなことを言うと、マナはクラウスの方を見上げてきた。
何やら随分と仲良くなった様で、その目で次はいつ? と訴えている。
「三ヶ月後にエリス様も出場する世界最強を決める大会がヴェラトゥーラであるから、そこに行けば会えるけど……」
「じゃあそのとき!」
ママは良いのかと問うまでもなくマナは即答する。
王妃が出る以上、国王と王女はベラトゥーラに行くだろう。
ブリジットも「じゃあその時ね」と笑顔で手を振り、次の目的地は自然と決まることになった。
王城で書いておいた手紙を出して、クラウスとマナは北へと向かうことにした。
北西の門を出てしばらく歩くと、マナが思い出した様に言う。
「せかいさいきょーってくらうすもでるの?」
確かにエリスが出場すると言った以上、より強いクラウスが出るのは不思議ではない。
世界最強を決める大会、英雄に憧れたクラウスは興味があるのも事実だった。
しかし、そういうわけにもいかない。
「僕は出ないよ。お母さんに出ちゃダメって言われてるんだ」
「なんでー?」
マナは不満を見せる様子もなく、純粋な顔で首を傾げる。
「分からないけど、あんまり叔母さんや英雄の人達以外と戦うなって言われてるんだ」
絶対に戦うなと言われているわけではないので今回はエリスと試合をしてみたが、連戦は禁止されている。
盗賊相手には、殺さずにある程度無力化したら絶対に逃げろと言われている。
その理由は、もやがかかった様に分からないが、母が言っていることに逆らうつもりはない。
するとマナも納得した様で、顔を正面に向けた。
「そうなんだ。ブリジットちゃんはでるのかな?」
「ブリジット姫? 強いの?」
「わかんない。でも、まほーつかいなんだって」
「そうなんだ。それは初めて聞いたな」
王家の情報は大抵入ってくる環境にあるクラウスも、ブリジット姫が魔法使いだという情報は得ていない。
ということは最近力に気づいたばかりということだろう。
どちらにせよ、感情のコントロールがしきれない六歳児ではどれだけ天才であろうと強くはないが、マナが期待のこもった眼差しをしているのを見るとどうしたものかと少し悩んでしまう。
「そうだな……。ブリジット姫もそのうち出ることもあるかもしれないね。でも、今回はエリス様を応援しに行くんだ」
なんとかマナが怪訝な顔をする前に言葉を絞り出すと、マナも「そっかー、ママのおうえんはしないとだもんね」と笑顔に変わる。
「うん、僕も今回はエリス様を応援しようかな」
「わたしもブリジットちゃんのママおうえんする!」
そんな決意のマナに、クラウスはつい口を滑らせてしまった。
「他にもルークさんとかイリスさんとか応援したい人はいるんだけどね」
「どんなひと?」
まずいと思ったが、しかしマナも興味を示してくる。
別に応援すると言った手前他の人もということを責めるよりは、単純に興味があるようだ。
だから、いっそのこと本当のことを教えてやろうと思ってしまう。
「ルークさんは僕よりも強い魔法使いで、イリスさんは僕よりも強い戦士だ」
すると、今度は不安そうな顔で見上げてくる。
「ブリジットちゃんのママはまけちゃう?」
ころころと表情が変わるマナを見ていると面白いが、流石に話してしまった以上無条件にエリスが勝つと言う事は出来ない。
何より、クラウスは二人の強さを深く知っている。
「うーん、二人は英雄って呼ばれてる人達で本当に強いんだ。エリス様もまだまだ強くなるだろうから、流石に見てみないと分からないな」
エリスは確かに、クラウスに傷を付けるという時点でデーモンを遥かに上回っている。
個人でオーガ三百体の討伐も可能だろう。
しかし、ルークやイリスの様な本当の英雄クラスはレベルが違う。
ルークならオーガ三百程度、一発の魔法で始末できる。
イリスなら、デーモンが五十体来ても平然と耐えきるだろう。
「えいゆう……。くらうすがはなしてくれる、れいんとかさにーとか?」
マナには旅の間何度か英雄譚を聞かせている。
それは母に教えられたほぼそのままで、マナはかつてのクラウスと同じ様に、食い入る様に聞いていた。
「そうそう。そんな人達。同期のサンダルさんって人も英雄で、めちゃくちゃ強いらしい」
「へえ、ブリジットちゃんのママもたいへんだねぇ」
若干興味がブリジットちゃんのママよりも英雄に寄り始めてしまったようなので、ここらで纏めに入る。
「そうだね。でも、応援は無駄じゃない。僕達はそれしか出来ないけど、応援を頑張ろうか」
「っうん!」
満面の笑みを浮かべるマナを一撫でして、北へと歩く。
実際の所、エリスが優勝できる確率を考えてみる。
現状であれば、英雄の内の誰一人にも勝てはしない。
英雄達は、例えエリス五人がかりで挑んでも平然と勝利を納めるだろう。
エリザベート・ストームハートは言うに及ばず、究極のオールランダーとも言えるイリスの言霊と防御力を突破する力は持ち得ない。
更に壁なのはサンダルだ。
まだ会ったことが無い、彼の加速する英雄は、英雄達からのを話を聞く限り、現状ではほぼ完全にエリスの上位互換と言って問題無い様な力を持っているだろう。
クラウスの左手にすんなりと顔を覆われている様では、加速する英雄の動体視力にはとてもじゃないが追いつけない。
価値の目があるとすれば魔法使いであるルークだけだが、それでもコンマ1%にも満たない勝率。
その勝率はあくまで魔法使いはパニックに陥ればただの人と同じという考えに基づいての計算だ。
つまり、パニックを誘えなければ勝率は0。
そしてルークは幾度とない実践を積み重ね、その欠点をほぼ克服している。
つまり結論を言えば、
「エリス様の成長が楽しみだ」
この一言に集約されるのだった。
かつて覚悟の一つで最強の座を守り抜いた英雄オリヴィアの様に、エリスもまたほんの少しのきっかけで変わるかもしれない。
最早急激に伸びることは有り得ないと言える程に磨き抜かれた英雄達に対抗するのは、たった一つのそんな偶然だろう。
英雄に憧れたクラウスはやはり母オリヴィアが好きで、その予想外の成長が楽しみだった。
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