第三十四話:狛の予言の

 それはクラウスが最も聞きたい言葉だった。

 場合によっては殺さなければならないと思っていた少女マナを、何があっても守れという言葉。

 つまりそれは母や王がマナの正体を知っていて、それでも生かせという意味だろう。

 一先ず、その確認を取ってみる。

 知っているのなら隠す必要はないし、知らないのなら角のことは隠さなければならない。 


「アーツ……叔父さんはマナのことを知ってるんですか?」

「ああ、俺は知っている。まあ、確実ではないが、それでも9割以上は間違い無いだろう。ただし、その話をするにはエリスに出て行って貰わないといけなくなるし、全てを教えることは出来ない」

「……なるほど」


 王妃といえど伝えられない様な秘密がマナにはあるらしい。

 と言うことは、少なくともこの場で角の話をするのは止めた方が良いだろう。

 でも、クラウスにはそれで十分だった。

 随分と愛情を注いでしまったマナを殺せと言われたらどれだけの覚悟が必要だったことか分からないし、その覚悟をするくらいならば、一人でドラゴンを相手にする覚悟の方が簡単だ。

 例え勝てなかったとしても、それでもドラゴンを前に立ちふさがる方が。

 その位クラウスにとってマナは大切な存在になっていた。


 しかしそうなると、ここで教えられた情報が行き着く先の心当たりと言えば。


「もしかして、僕の役目はマナをアルカナウィンドのエリザベート・ストームハートまで送り届けることですか?」


 世界最強の勇者に預けられるのなら、マナを確実に守ることができる。

 魔王擁護の国というのが危ないところではあるものの、ストームハートはそれすら跳ね除けられるほどに強い。

 しかし王は首を横に振る。


「いや、マナは君が守るんだ。なんなら行くまでの間に聖女様や鬼神の様に世界を回ってみるのが良い」 

「僕が守るのが重要なんですか?」

「そうだ。アルカナウィンドに行くのは最終的にで構わない。まあ、30年後とかになるのは困るが2、3年なら構わない」

「それは母さんの意向もあるんですか?」

「そうだね。どちらかというと、世界を回ってみて欲しいと思っている。僕も、君の母も」


 やはりクラウスがマナに出会うことは確定事項だった様で、その上でクラウスとマナという部分が特に重要。

 確かにストームハートの所に連れて行くのが目的なら最初からそちらで探せば良かった話だし、転移を使えば済む話だ。

 となればクラウス自身がその足でマナを守ることが大事だということも分かる。

 その理由には検討がつかないものの……。

 ということはしばらくはやはり、マナの行きたい方向に行ってみるのが良いのかもしれない。


「ほかに話は無いかな? 無ければ夕飯まではのんびりと過ごすと良い。考えることもあるだろう」


 重要な話は終わったのだろう。

 王はそう言って正していた姿勢を少し崩した。

 それでも気品のある座り方には変わりない。

 それを見て流石は母の弟と思ってしまう辺り、クラウスの母親好きも相当なものだが……。


「はい。失礼しました」


 そう言って、クラウスは謁見の間を退室した。

 随分と話し込んでしまったが、曖昧に教えられる情報があまり増えても仕方が無い。

 確定したマナを守るという一言だけが分かっていれば、それほど悩むことも無いだろう。

 今はそれよりも、マナが暴れて侍女達に迷惑をかけていないかが心配だ。

 そんなことを考えながら、幼い娘が待つ部屋へと向かう。


 ――。


「あなた、少し質問してもよろしいですか?」


 クラウスが出て行った扉を見つめて、エリスが問う。

 元々グレーズ王国軍の勇者部隊に所属していた精鋭の一人であった彼女は、常にクラウスを警戒していた。


「良いよ。何が聞きたい?」


 エリスは王妃とはいえ、知っている情報はそれほど多くはない。

 精々魔王レインが世間で言うような存在ではないことと、オリヴィアがまだ生きているということくらい。

 軍人であった彼女が情報を漏らすことはまず無いとは言っても、それでももしもエレナやイリス、エリーの様な精神系に秀でた者に問い詰められれば情報を漏らしてしまうことは避けられない。

 王であっても一般人であるアーツもまたその危機はあるものの、知っているものは少しでも少ない方が良い。

 ところがやはり、アーツは王だった。

 世界のあらゆる国と国交を結び、例えアルカナウィンドとでも口八丁手八丁で他国に不信感を持たれることもなく和平を結んでいる。

 賢王と呼ばれるアーツにとって最も大切なものは何かと言われれば、クラウスでもエリスでもなく、グレーズ王国だ。

 それを、英雄レインを悪に仕立て上げた時から決めていた。


「あの青年は何者ですか? あの威圧感と不信感、どう見ても常人ではありません。

 オリヴィア姫の子どもということは聞いていましたが、父のことは世界的秘密とは……」


 エリスにとって、クラウスは異常だった。

 対峙した姿勢とは真逆の言い知れぬ不安感と、明らかに秀でた実力。

 そして、秘密の多さ。

 王は少しも悩まずに言う。


「その質問には答えよう。ただし、もしも口外したり君が誰かに捕まって口を割らされたりしたら、見捨てなければならなくなる。それでも良いかい?」

「……ええ、王家に嫁いだ時点で覚悟しています」


 今まで聞いたことの無い様な淡白な物言いに、流石に冷や汗を垂らしながら答えると、王は「仕方ない」と続きを話し始めた。


「彼はレインとサニィの実子だ。サニィの魔法によって保管されていた受精卵を姉上が代理出産した、正真正銘魔王と聖女の息子」

「魔王と聖女の……なるほど。……では、本人に秘匿する理由は?」


 確かにそれは世界に知れればとんでもないことになる。

 王がクラウスに頭を下げた理由もよくわかるし、世界には隠さなければならないこと。

 ただし、何故クラウス本人にまで隠しているのかと言われれば分からなかった。


「クラウスは自分のことを知ってはいけない人間だ。問題は魔王の息子というだけではないんだ」

「……というと?」

「彼は狛の予言の世界を変える者、世界を変えたもの。器にして鍵、もしくは一振りの剣つるぎ。言い方はなんでも良いんだけどね」


 今一的を射ないその言葉に、エリスは首を傾げる。

 それに対して王は「せっかくだから」と更に続きを話すことにした。


「実は、クラウスさえ死ねば世界は平和になる。一時的にだけどね。だから、ここでエリスが彼を殺してくれても、俺は構わない」

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