第三十五話:王妃
「英雄達が一目置く程のその腕、興味があります。是非お手合わせしてくれませんか?」
王妃エリスがそんなことを言い出したのは、晩餐会も終わりを迎えた頃だった。
相変わらず女性の母性本能をくすぐりやすいのか、部屋に戻る頃には侍女達と打ち解けていたマナも拒むことなく参加したその晩餐会で、クラウスの戦闘能力についての話題になるのは自然なことだった。
王族とジャムのうち三名、その他少数の侍女達しか立ち入れないその会場には、オリヴィアが生きていることを知っている者しか存在しない。
そうなれば当然、かつては最強の勇者だと言われたオリヴィアの話になり、その矛先はその息子へと自然に移り変わる。
王が「いつも姉上から聞いている」とその戦闘能力の話になれば、元軍人だという王妃がそれに興味を持つのもまるでおかしい事では無かった。
「俺も気になるな。エリスを相手にどこまでやれるのか」
「俺は王妃サマじゃ勝てねーと思いますよ。あの英雄ルークの娘サラよりクラウス坊は強いんだから」
王の自信に対して、ジョンは否定的な意見を述べる。
軍のトップであるジョンとサラが同レベルだという話を聞いているクラウスとしては、それよりも下だったはずの王妃はサラよりも弱いのではと予想する。
しかしそれも、所詮は軍のことを知らないクラウスの予想でしかない。
騎士団と魔法師団から再編成されたグレーズ王国軍では、強いだけで上に行けるわけでは無い。
「俺は良い勝負するんじゃねえかと思いますよ。エリス様はまあ、俺達より大分強い」
そう答えたのがジョニー。
そしてそれに対して鼻息を荒くしたのが、灰色の娘だった。
「くらうすのほーがつよいもん」
本人の膝の上で、まるで疑っていないかの様に宣言する。
流石にその光景に微笑ましいものを感じながら、その場にいた皆がクラウスを一斉に見やった。
「……分かりました。お手柔らかにお願いします」
クラウスは別に戦いが嫌いではない。
ただ英雄に憧れていた頃から母の様に強くなりたいと思っていたし、毎月剣を求めて決闘していたエリーとオリヴィアのライバル関係を羨ましいと思っていた。
だから、そんな挑戦をされるのがどこか嬉しかった。
やぶさかではないクラウスは、敢えての困り顔を作りながら、そう答えたのだった。
――。
「くらうす、あの人つよいの?」
決闘が次の日の昼に決まり、部屋に戻ると、マナはそんな質問をしてきた。
王妃エリスは、今のグレーズの有名人の一人だ。流石にクラウスも噂くらいは聞いたことがあった。
「強いよ。エリス様と言えば、もう少し早く生まれていれば英雄になってただろうと言われるほどの達人だ」
国王アーツよりも年下で、魔王戦の時にはまだ六歳でしかなかったエリスは、成人して軍に入ってから数々の伝説を残している。
「でもくらうすまけないよね?」
クラウスの言葉に不安になったのか、マナは剣の手入れをするその膝に手を置くと、上目遣いで尋ねてきた。
「当然負けるつもりは無い。なんと言っても僕のお母さんは世界最強になったことがあるけど、エリス様は無いからね」
まるで根拠の無い理由で胸を張るクラウスに、ぱーっと目を輝かせるマナ。
マナはまだ、親が勇者だろうが子どもが勇者になる確率には関係がないことを知らない。
しかしクラウスは知っている。
エリスはかつて、最強の勇者であるエリザベート・ストームハートにたったの一手で負けていることを。
そして、正体を知らないとの発言から、その差は余りにも圧倒的だということを。
英雄を志すクラウスにとって、エリスに負けることはつまり、クラウス自身にとって英雄になる能力に失格の烙印を押すことに他ならない。
勝てる勝てないではなく、勝たなければならない試合。
英雄になるはずだった勇者にすら勝てない様では、強大な敵からマナを守りきることなど到底不可能だ。
「じゃあ、おーひさま? の力ってなあに?」
勇者はそれぞれ、優れた肉体と超常現象を引き起こす力を持っている。
傾向としては肉体が優れている程力は弱く、逆に肉体がそれ程でもない場合は力が強力なパターンが多い。
そんな中で、エリスは共に優れているパターンとの噂だ。
力を使わない戦いでも、かつての騎士団の上位陣と互角にやり合い、力を使った戦いとなれば魔法使い相手にならほぼ負けなし。
流石のルークやエレナ相手には勝てなかったらしいが、それでも良い試合をしたという魔法使い殺し。
魔物の種類によらず討伐実績も高い優れた力の持ち主。
そしてどこかエリー叔母さんに似ているアーツ王夫人。
「王妃エリス・A・グレージアの力はね、テレポートだ。瞬間移動。見える範囲にならある程度どこでも、一瞬で移動出来るらしい」
そして、マナの頭に手を置いて続ける。
そんなことより、と。
「僕はテレポートなんかを使う相手を一手で負かせたストームハートと手合わせしてみたいよ」
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