第十四話:最初の手紙

 朝起きると、角の少女は両肘を付いて、クラウスの顔を覗きながら足をぱたぱたとさせていた。


「おはよ、くらうす」


 そう言うマナの角は剥き出しで、警戒心も無いままに嬉しそうにしている。

 そう言えば、フードを被れとは言ったものの、角を隠せとは言っていなかったことを思い出す。


「おはよう、マナ。起きて早々だけど、マナにプレゼントがあるよ」


 昨日女将から貰った青いリボンを取り出すと、マナの角を包む様に髪ごと結んでやる。女将に教わった結び方で、綺麗に蝶が作られる。


「わあ、ありがとうくらうす!!」


 満面の笑みでそう言うマナを見ていると、クラウスも親心の様なものが刺激されてくるのが分かる。

 良い服でも買ってやって、もっと可愛くしてやりたい。そんな欲求が芽生えてくる。しかしその前に、言っておかないといけない。


「マナの角はね、隠さないといけないんだ。だからこれからもずっとそのリボンを付けてないといけない」

「そーなの?」

「うん、角が生えてる子ってマナだけなんだ」

「……そっか。でもリボンうれしいから良いよ」

「ははは、良い子だ。そのリボンは僕じゃなくて女将さんからのプレゼントだから、女将さんにお礼を言ってきな」


 頭を撫でて送り出すと、マナは笑顔のまま店の方へと駆けていった。そしてすぐに聞こえてくる「女将さん、ありがとう!」という声に、クラウスもまた自然と笑顔になってしまう。

 どこからどう見ても、マナは角が生えている以外にはなんの変哲もない可愛らしい女の子だ。そんな確信を抱くほどに、それは微笑ましい感情だった。


 角の生えた少女。

 麻の布らしき簡易な服一枚でジャングルで泣いていた、不思議な少女。

 灰色の髪に灰色の瞳、白い肌で灰色の角の生えた、色の抜け落ちた様な五歳にも満たない見た目の少女は、新たに青いリボンを髪に着けて嬉しそうに駆け戻ってきてはクラウスに抱きついてくる。


 彼女がもしも魔物であったのなら、と考えると、クラウスは最早手をかける自信は無くなっていた。

 それならばいっそ、例え魔物だったとしても唯一の例外たまきの様に、この娘をちゃんと育ててしまえば魔物だろうが関係ないんじゃないか。

 クラウスがそんな結論に行き着くのも、また自然なことだった。

 そうと決まれば話は早い。

 今は芽生えてしまって父性に則って行動するのみだ。


「今日はマナの服を買いに行こうか」

「いいの?」

「もちろん、女の子はお洒落しないとな」

「わーい!」


 そんな親馬鹿なやりとりをしていると、自分があの母の息子なのだと思い出す。

 町の兵士達と魔物討伐をすれば給料が貰えるから小遣いはいらないと言えば泣きそうな程に悲しげな顔をする親馬鹿の母。

 結局そんな母のおかげもあって、地獄の訓練の後は同じく小遣いをくれるエリー叔母さんのおかげもあって、クラウスの所持金は潤沢だった。

 好きなだけ良い服を買ってやろうと思いつつ、親馬鹿な母を思い出すとしなければならないことも思い出した。


「そういえば、母さんに手紙を書かないとな」

「てがみ?」

「そう、手紙。町に寄る度に手紙を書く約束なんだ」


 すると、少し思案顔をした後にマナはぱあっと顔を輝かせて言った。


「まなもかく!」

「僕の母さんに?」

「うん! 字、おしえて?」

「そっか、よし、何て書くんだ?」


 どちらにしろマナのことは手紙に書く予定でいたし、マナが良い子だと伝わるのならば問題ない。

 ところがマナにもまた、考えがあったらしい。


「ないしょ」


 そう言って人差し指を唇の前に持ってくる。


「ないしょか、それじゃ教えられないなぁ」


 意地悪く言ってみると、「じゃ、おかみさんにおしえてもらう!」と再び店の方に駆けていった。

 その様子が面白くて、準備中の女将には悪いなと思いながらも見守ることにして、手紙を書き綴る。

 ここ二十年程で製紙技術は大幅に成長し、現在では紙も比較的安価に手に入る。『聖女の魔法書』とは随分と違う質の紙。


「結構油断してしまうこと、は、下手したら母さん追いかけて来ちゃうから置いておいて、問題無く魔物は倒せることと、マナのこと、後は元気だってことと、このささみ亭のことかな」


 次に向かう町を書いておけばそこで母からの手紙も受け取れそうに思うけれど、マナの親探しも兼ねた旅と考えると目に付いた町には片っ端から寄って行く他ない。

 まあ、少し寂しいけれどマナの為には仕方ないとクラウスは手紙を書き終える。

 ……当然、マナの親に会える可能性は限りなくゼロに近いのだけれど。


 そんなことを考えていると、マナがとたとたと満面の笑みで部屋に入ってくる。

 手には一枚の紙を持っていて、既に封筒のサイズに折りたたんである。


「くらうす、かけたよー」

「そっかそっか、女将さんにお礼は言ったかい?」

「うん!」


 嬉しそうに答えるマナは「てがみ見ちゃダメだよ」と念を押すと、クラウスと一緒に丁寧に封筒に手紙を入れるのだった。

 内容も気になるにはなる。ただ、女将がその内容を見ているのならば特別なことは書いていないだろう。

 そう考えてそのまま封をして店を出る準備をすると、女将から声がかかる。


「二人共ー、朝飯が出来たよ!」


 どうやら、そこまで面倒を見てくれるらしい。

 昨夜の大量の料理も代金は要らないと拒否され、宿代も同じく。その上マナの相手もしてもらって、朝食まで。至れり尽くせりの状態で申し訳ない気持ちもあった。

 それでも、女将は昨夜「25年ぶりなんだ。これくらいはさせなさい」と懐かしむように言っていたことから、それを甘んじて受けることにした。


「はい、今行きます」


 そう一声かけて、クラウスはマナを抱いて店の方へと歩き出した。

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