第十三話:『ささみ亭』
結局ジャングルを抜けるまでにジャガーノートは襲っては来なかった。
的となる為に蛇行しながら北に向かいながらも先の二匹を除いて一匹もやってこないという事は、ジャガーノート自体がもう居ないこととほぼ同義となる。
それほどにジャガーノートは仲間内でリンクしている。幼体で生まれるジャガーノートは、近くに生まれた幼体を育て上げ、互いにリンクを結ぶ習性がある。ある一体の個体を倒せば、それを倒した相手を狙ってリンクしているジャガーノート同士が人々を積極的に襲い始めるようになるのだ。
大抵は最初の一体の死亡地点に向かう為に、のんびりと歩いていれば必ず遭遇することになると言っても良い。
それが一匹のみで留まるということは、つまり他の個体は存在しないか、リンクしていないということだ。
ジャングルで厄介な魔物の討伐は、一先ずこれで終了ということで良いだろう。
「くらうす、つかれてない?」
相変わらず左腕に抱えられていたマナがジャングルを抜け地面に下ろされると、早速とばかりにそんなことを尋ねる。
「疲れてないよ、どうしたの?」
そう答えれば、マナは自分自身と、クラウスが右手に持っている剣を指指して言う。
「ずっとふってたし、まなもだっこしてくれてたから」
どうやら小さな少女は、自分が負担になっていないかが気になっていたらしい。
英雄達に日々鍛えられていたクラウスに、小さい女の子を抱えた程度で疲れるという発想そのものが無かった為に、苦笑いしながら言う。
「ははは、剣を振るのは僕が好きでやってることだし、マナは軽いからいくらでも抱っこしてあげられるよ。なんなら街までも抱っこしようか?」
本当は油断した自分への戒めがずっと終わらなかっただけなのだけれど、剣を学ぶ事自体は好きでやっていることに変わりない。いくらでも抱っこしてあげられるというのも本当で、肉体的に優れているクラウスが15kg程度の少女を抱えるのはまるで問題が無いのもまた事実だった。抱えながらも負担をかけないように剣を振るうのも、また鍛錬の一環になる。
ところがマナはそんな発言を聞いて、ふるふると首を左右に振る。
「ううん、わたしもあるく」
「そっか」
「うん、でも……」
言いながら、口ごもる。
マナはそのまま視線を落とすと、クラウスのズボンの裾を小さい手で握るのだった。
流石にそんなことをされれば、何が言いたいのかもすぐに分かる。
「マナ、手、繋ごうか?」
そう声をかけてみれば、マナは「っうん!」と元気に手を伸ばしてくる。
今まで動物に怖がられてきた過去を思えば、角が生えているとは言え小動物の様な少女が懐いてくるのは、とても心地の良いものだった。
少女の母親が見つかる可能性は、凄まじく低い。
それならば、一度拾ってしまった以上は身元引受人が現れるか自立するまでは育て上げなければならない。
いや、彼女は角が生えた、言ってみれば異形の少女だ。
身元引受人すら見つかる可能性は極めて低い上、場合によっては魔物と判定されてしまう可能性すらある。
そう考えれば、魔物でないのならば守りきらなければならず、魔物であるのならばせめて……。
クラウスはその小さい手を放さない様に気を引き締めると、サウザンソーサリスの街へと歩き出す。
マナの歩幅に合わせるようにゆっくりと、ローブを切り取ってマナサイズに変えて、その異形の角を隠す様にフードを頭にかけてやりながら。もちろん、肩幅や袖の幅はクラウスサイズだからだるだるではあるけれど、それを気に入っている様子のマナを微笑ましく思いながら。
……。
街に着いた時には、既に夕方になっていた。
マナのお腹が少し前からきゅるきゅると鳴き出しているので、食堂を探す。
少女の角が余り目立たないようにと、大通りから一本脇に逸れた道で、雰囲気の良さそうな食堂を見かけた。
居酒屋兼定食屋、『ささみ亭』
そんな看板が書いてある食堂。クラウスはどことなく気になって、その店に入ってみることにした。
「いらっしゃい。……おや?」
入るなり、女将らしき老婆がクラウスを見て首を傾げる。
未だ戦えそうな程に元気な、体格の良い老婆で、じいっとクラウスを見つめると、「おやおやこれはこれは……」と嬉しそうな顔をして、「カウンターに座りなさい」と二人を案内した。
「あんた、母の名前はオリーブだね?」
「え、なんで知ってるんですか?」
「はっはっは、あんたの両親、いいや、祖父母とも、縁があってね」
そんなことを言いながら、何も注文していないのに料理を出してくる。
「ほら、食べな。今日は好きなだけ食べて行くと良いよ。お嬢ちゃんもどうぞ」
それを聞いて、マナは目を輝かせてフォークで料理を刺し始めた。
「あ、ありがとうございます。僕の両親を、知ってるんですか……」
「ああ、あんたが何処まで知ってるかで話す内容も変わるけどね」
女将は楽しげに、そんなことを言いながら追加でひと皿持ってくる。巨大なカニだ。
「えーと、母はオリーブで、それが偽名でその正体くらい、……です」
「ってことはオリヴィア姫だってことは知ってるってことだね」
「はい」
「ははは、それなら私から話せることは殆どないね」
言って、女将は背中を向けて料理をし始めた。
現在は店内に一人。何やらクラウスが店に入ってきた時にたまたま客がおらず、席に付かせる時には既に魔法で看板を閉店に変えていたことが分かっている。
その料理はクラウス達へ向けたものだろう。
女将は、背中越しに語る。
「あんたはそうだな、目は父親似で、鼻や口は母親似かな。どっちにしても、見た瞬間すぐにあの子達・・・・の子どもだって分かる位、両親にそっくりだよ。剣は姫に教わったのかい?」
「はい、母と、その妹に」
「その妹、ね。会ったことはないけれど、元気みたいだね」
「エリー叔母さんを知ってるんですか?」
「そりゃ、有名人だからねぇ。何も知らぬは本人位ってところかもね。はっはっは」
女将は豪快に笑う。
そして、完成した料理を次々とカウンターに置くと、言う。
「この店は英雄レインと聖女サニィも来てた店だ。同じコースを振舞わせてもらうよ」
「え、あの、こんなに食べられないんですけど……」
「まなはまだたべられる!」
「はっはっは、頑張りなよ嬢ちゃん、坊ちゃん、好きなだけ食べろってのは、私が好きなだけ出すから全部食べろってことだからね」
その後、すぐにお腹いっぱいと食べきれなくなったマナは奥の部屋に寝かせて貰って、一人で料理と格闘する。
「あの、先ほど英雄レインと言いましたけど……」
「ああ、レインは英雄だ。サニィがあれだけ幸せそうにしてたんだからね、世間に出回る風評は殆どデマだよ」
嬉しそうに、女将はクラウスの頭をぽんぽんと軽く叩く。
そして、ちらっとマナが眠る部屋を向いて言う。
「あんたもまた、不思議なことをやってるみたいだね。あの嬢ちゃんの角、隠しといて正解だと思うよ」
「……気づいてたんですか。ジャングルで一人で居たんですよ」
「ああ、魔物じゃなさそうだけど、この国はレインの影響でピリピリしてるからね。……あ、そうだ。ちょっと待ってな」
女将はマナを気遣うようにゆっくりと奥に歩いていくと、暫くして一本の布切れを持ってやって来た。
「これ、角を隠すリボンとして使ってやりなさい。きっとあんたが付けてやるのが良いと思うよ」
「あ、ありがとうございます。……でも、リボンのつけ方なんて分かりませんけど……」
「なにぃ? 女の子を着飾ってやるのも親の役目だろう、教えてやるから早く食べちゃいな」
そんな風に嬉しそうにする女将が出す料理を食べきるのは、結局日付が変わる頃になってしまっていた。
――。
「……リーゼ、あんたの娘は世界を救っちまったけど、あんたの孫は一体何をやってくれるんだろうね」
クラウスとマナに一部屋を貸出した女将はかつてリーゼ、聖女サニィの母にプレゼントされたリボンをその孫に預けて一人、酒を飲みながら昔を懐かしんでいた。
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