第九十話:一緒に死んでくれなんて言われたら
エリーとオリヴィアが王都に着いてから、また少しの時間が経った。
オリヴィアは王都に着いてから全面的に狛の村の事件への対応へと奔走しており、殆ど王城にいない。
この件に関してだけは騎士団に任せっきりではなく自ら動きたい。
そう言って聞かなかった為に、自ら一部の騎士団員とジャム達を連れ、この特殊な状況整理に走り回っている。そして騎士団長ディエゴは大半の騎士団と共に通常の職務をこなしている。
つまりは、こういうことだ。
「アーツ、腰が引けてる。それじゃ力が入らないわ。見てなさい!」
エリーは気分転換も兼ねて、暇な時間にアーツへの剣の指導を行っていた。
漣でイリスへの盾の扱いに関する指導をしていた所、人に物を教えることで自身でもなんとなくでやっていたことが明確になる、復習が出来ることに気づいたエリーは、自ら積極的にアーツへの指導を始めることにしたのだった。
今まだその最初の段階。5歳の頃、師匠に教わっていたたった一つの形を、アーツに教えている。
これ自体は今でも毎日欠かさずに続けている為に、その価値を深く知っている。
足から腰、腰から腕にかけて余すことなく力を伝え、非力だろうが骨まで切断する為の、時雨流の基本。
僅か6歳から戦場に有り続けていたレインが、生き残る為にリシンから教わった技術。
そしてそれを、更に幼かったエリーが、更に体格的に劣っていたエリーが鍛え上げた、究極の基本。
そんな実は時雨流の奥義であるそれを、エリーよりも遥かに劣る、ただの人であるアーツに教えている。
「エリーさん、こうですか!?」
「違う、力みすぎね。それじゃ力が逃げちゃう」
そんな突き詰めたはずの究極の基本もまた、更に劣る者に教えることで、更なる真価が見えてくる。
自分では無意識にやっていたことも、彼の姉であるオリヴィアならばもっと上手く出来ることも、才能の無いアーツには全く出来ていない。
それがなんとなく面白くて、エリーは暇を見つけては剣術を教えていた。
もちろん、今の問題である狛の村の件に関して協力出来ることがあればそちらが優先、そして日々の鍛錬の方がアーツの指導よりも優先だ。
それは、アーツ側も変わらなかった。
「よし、それじゃ今日はこれで終わり。明日も暇が出来たら呼ぶわね」
「はい、僕もなんとか時間を見つけます!」
それでも二人はなんとか時間を作っては、こうして剣の鍛錬を続けているのだった。
――。
「あ、おかえりオリ姉。今日もお疲れ様」
オリヴィアの私室、客室も広過ぎるからといつもここに泊まっているエリーは、激務に追われながらもそれほど疲れを見せないオリヴィアをそう言って迎える。
「ただいま戻りましたわ。今日もアーツに剣術を教えて下さいましたのね」
オリヴィアもいつも通りの光景に少しだけ安堵の表情を見せながら、そう答える。
「うん。姉弟とは思えないくらいに才能が無いね、ははは」
アーツの無様な姿を思い出したのだろう、笑いながら言うと、オリヴィアもまた心当たりがあるのか、微笑んで見せる。
「ふふ、でも、頑張っているのでしょう?」
「そこは流石オリ姉の弟だ」
その位が、エリーのアーツに対する評価。
それを分かっていても、今日はなんとなく少し踏み込んでみようとオリヴィアは思う。
魔王を倒した後には時期王としてアーツを支持する王族と、オリヴィアを支持する民衆に分かれることが予想される。オリヴィアが既に後継から退いているつもりでも、民衆の力が弱くないこの国ではそれが覆される可能性も少なくはない。
だからこそ、なんとなく聞いてみる。
同じく英雄になるだろうエリーが王妃として嫁ぐのならば安泰だということは、オリヴィアもエリーすらも分かっている。
もちろん、エリーの気持ちが最重要。
その前提が読めるエリーが相手だからこそオリヴィアはこう聞いてみる。
「アーツは男としてはどう思いますの?」
「流石にまだ子どもかなぁ」
返って来たのは、そんな即答だった。
「アーツは良い子だからね。弟にならしても良いとは思うよ」
「ふふ、わたくしの弟ですものね」
王族に対してこんな風に上から言える人物を、オリヴィアは一人だけ知っている。
現王である父の親友であるディエゴを除けば、一人だけ。
エリーは着実に師匠であるレインに似てきているなと、どこか嬉しく思いながら、今日の追求はそこまでにしておくことにした。
以前は年の差が離れすぎていてそんなことを思われても困るとこぼしていたエリーが、弟にならと言っている。
それだけでもまた嬉しいものを感じて、オリヴィアは最近の激務に少し疲れた心と体を休める為、眠りにつくのだった。
――。
「ぐっすり寝なさいオリ姉」
気分よく深い眠りについたオリヴィアを、エリーはいつもの様により良い眠りへと誘う。
心に対する介入は、こうして時折疲れたオリヴィアを気遣う為に行使される。
こっそりと、きっとオリヴィアは気づいてもいないだろう程度に少しだけ、良い夢を見させてあげるのだ。
「まあ、私が欲しいなら本人が言わないとね。それこそ師匠の様に、一緒に死んでくれなんて言われたらドキっとするかもしれないわね」
ただ一つを守ることだけを突き詰めてきたエリーは、様々なものを必死に守りたがるオリヴィアを見て、いつもとは少しだけ違うことを思うのだった。
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